01.アサメタウン

オッス!オラ、レイコ!何が何だかわからないままカロスにやってきたポケモンニートだ。今度こそ安らぎが待っている事を信じているぞ。

昨日、父からいきなり飛行機のチケットを渡され、ほぼ身一つで旅立つはめになった私は、カロス地方のアサメタウンという田舎にやって来ていた。空港まで迎えに来ていたタクシーにぎょっとしながらも乗り込み、どんどん田舎道になっていくと思ったら、田舎っつーかほぼ町外れに連れて来られたよね。その辺で子供が遊んでなかったら、タクシーの運転手に誘拐されたかな?って疑うレベルの外れ感。タウン付ける必要なし。何故ならここも、家が三軒しかないマサラパターンの町だったのだから。人里に住まわせろ。

そんな事だろうと思ったよ…と溜息をつき、しかしマサラほどひどくはない事が、まだ私の正気を保っていた。というか普通におしゃれだった。
都心からは外れてるけど、でも道路も整備されてるし、広場も街頭もちゃんとある。何より一番でかいのは、研究所らしき建物が見当たらない事だった。これが最も安心できるポイントなのだ。

今まで最初に派遣された町には、必ず研究所が存在していた。そこから博士に図鑑をもらい、地獄の旅がスタートするという筋書きだったけど、このアサメタウン、どう見ても民家しかない。ビル的なものはみんなビルであるように、家的なものはみんな家でしかないのだ。私の期待値は、徐々に上がり続けていった。

これ…マジなんじゃないの?マジに住むだけパターンなのでは?
正直、絶対罠だろうって思ってた。それに屈しないだけの心構えをして出てきたけれど、今度こそ本当に、全部杞憂だったんだ…と涙ぐむ。
とうとう自由を得たんだ私は…夢のようだよ…。感動で泣きそうになりながら、しばらく世話になる家に向かい、歩みを進めていく。

三軒のうちの…確か真ん中の家だったか。引っ越しトラック停まってるし、間違いなくここだろう。
でも…私こんなに荷物頼んだかな?積荷を下ろすゴーリキー達を横目に見ながら、私は首を傾げる。
昨日急いで用意したから、そもそもこんなにすぐ来るわけなくない?つか頼んだのパソコンだけだし。あとは手荷物で持ってきた。トラックで運んでもらうものなど無いに等しい。
もしかして家電を用意してくれてるのかしら?なんて気が利く家主なんだろう。利きすぎて逆に怖いよ。見ず知らずの小娘に家を貸し、衣食住にかかるお金は全て負担とか普通ありえなくないか?そんなに儲かる研究やってんのかな。ノーベル賞受賞者だって圧倒的な資金不足を嘆いてるくらいだし、ここまで景気のいい話があるもんかね。家買ったばっかりなんだろ?疑わない方がおかしいでしょ。
まさに半信半疑あっちこっちとはこのことで、ユニゾンスクエアガーデンが歌っているのは私のこと…?と血迷いながら、意を決し家へ入る。

まぁいいや、とりあえず移動で疲れたから今日はもう寝よう。夜型ニートに朝一の飛行機を用意するんじゃねぇよ。
非常識な父を心の中で罵倒しつつ、玄関に入った途端、その平穏は凄まじいスピードで崩れ落ちた。これ以上ない出オチを食らい、やっぱり罠だったな…と確信するまで、一秒とかからなかった。

「あ、よぉレイコ。遅かったな」
「…は?」

何故か私の新居に、見知った顔がいた。いや、見飽きたと言った方が正しいかもしれない。
荷ほどきをするそのパリピは、田舎は田舎でも真のド田舎に住んでいたはずではなかっただろうか。我が物顔で段ボールを開ける彼に、私はしばし呆然とし、やっとの思いで率直な疑問を投げた。もうわけがわからなかった。

「グリーンちゃん…何してるの?」

少女のように無垢な声で、私は尋ねた。何故ならお前がここにいる理由、一つもわからないからな。
問いかけておいて何だけど、別に答えを聞きたいわけじゃない私の目の前にいるのは、元祖クソガキのグリーンだった。カントー1周の頃から付き合いがある彼とは、まぁ確かに気心が知れているとはいえ、家主の私より先に家に上がり込んでもいい仲ではなかったと思う。ていうかねぇよ。何だテメェ。登場早々訴訟起こしてもいいんだぞ。

混乱のあまり弁護士を雇おうとする私だったが、向こうも私の態度の意味がわからなかったらしい。訝しげな顔で首を傾げ、自分の行動をそのままに説明した。

「何って…引っ越し」

だろうな。見たらわかるわ。

「なんでここに引っ越してんのかって聞いてんだよ…!」

キレた若者と化した私は壁を殴り、借家なのも忘れて暴れ狂いそうである。

もう何…どういうことですか?ここに引っ越すのは私だったはずだが?まさか…シェアハウス…?本人の承諾なしにテラスハウスさせるんじゃねぇよ。テイラー・スウィフトもマイクを置くわ。
飲み込めない状況に頭を抱え、しかしどう考えても嫌な予感しかしない。絶望で足元がふらつき、頼むから私に快適な生活を送らせて…と神、仏、唯一神たしけ等に祈った。
しかし、新テニを読んでいない私に、許斐剛は微笑まない!

「留学だよ留学。聞いてないのか?」
「聞いてね…いや聞いた気がする…」

グリーンの返答に、そういえばクソ親父がそんな事をぬかしてた…と思い出した私は、あそこからフラグだった事に気付かされ、あと一歩で泣きそうだった。

何なの?いやまだ諦めてないから。お前もカロスに引っ越しね、それはわかったよ。私はニートをしに、お前は留学のために。勤勉で結構な事じゃないか。祖父のコネに甘んじる事なく、自ら勉学に励むその姿勢、本当に素晴らしいと思うよ。思うけども。
でもなんでここ?重ね重ね言うが、ここ、私の家なんですけど?

なかなか解消されない疑問に困惑するばかりだったが、とうとうグリーンは私にとどめを刺した。哀れむような目でこちらを見たかと思うと、彼は立ち上がり、同情を込めた声を出す。やめろ。そんな目で見るな。私はまだ…まだ…騙されてなんか…。

「お前の親父さんが留学中この家使っていいって言ってくれてさ、助かったぜ」
「いやいやいや…住むのは私なんで…」
「でもお前…またすぐ旅に出るんだろ?」

はい詐欺ー!立件!裁判の始まりだよ!

私は激怒した。必ずかの邪知暴虐の父を除かなければと決意した。
レイコには詐欺師がわからぬ。レイコは、善良なニートである。いくら騙されようとも、でもやっぱ実の父だし…と信じ、身一つでカロスまでやってきた。けれども非道な詐欺に対しては、人一倍に敏感であった。

「クソ!騙された!」

夜神月の顔で、私は借家の壁を殴る。この家が私の家にならないのであれば、もはや遠慮はなかった。

はー!?マジで意味わかんないんですけど!旅に?出る?出ねぇよ!何なの?あの親父本当に死にたいのか?うちのカイリューはもうアップ始めてっけど?もちろん破壊光線のだよ!フスベ産なめんな、一撃で仕留めてやるから首洗って待っとけ。大罪を犯す覚悟を決めながら、壁に頭を打ち付け、やり場のない怒りをどうにかやり過ごそうと奮闘する。しかし結果は虚しく、全然過ごせなかった。当たり前だ。

ちょっともう本当…なに?どういうこと?親父は私にもグリーンにもこの家を貸すっつってたのか?そんで私はすぐ旅に出るから実質グリーンの家みたいな?そういう話?死んでほしい。もう実父とか関係ねぇよ。極限まで薄まってた親子の絆がいま完全に消滅したね。
家の話は私をカロスに行かせるための口実だったのだと知り、はらわたが煮えくり返る思いである。完全に騙された。ここまでするかよ?ていうかどこまでが本当?知り合いの研究者が家買って住む人探してるところまではマジだったのか。それを利用して純粋な私を派遣したと。人間のカスだな。今すぐ帰って刺そう。もう迷いはないよ。
殺意が極限まで達すると、人は落ち着くものらしい。急におとなしくなった私に、グリーンはドン引きしながら、机の上に置いてあった何かを渡してきた。それは白い封筒で、何だかいい香りがする。レノアハピネス?

「お前に手紙来てたけど…博士から」
「…葉加瀬?」

そんな世界的ヴァイオリニストから手紙をもらう覚えはないんだが。
小ボケをかましながら受け取り、何故引っ越した初日に手紙をもらうのか意味がわからず、そしてそもそもこの家は私の家ではないという事実が、どうにも悲しみを引き出してしまう。つら。本当につらいね。

とはいえ、いくら私を単身カロスに送り込んだところで、ニートするか旅に出るかは私次第である。ここでグリーンと一緒に住むという選択肢を取れば、別にそれで済むわけだ。
だが、あの親父の事である。何か手は打ってあるに違いない。笑いの刺客に怯えるガキ使メンバーのように鬱になりながら、とりあえず手紙の差出人を見た。やけに達筆であった。

「…プラターヌ?」

誰だ。知らん。四文字以上は覚えられない体なんだから横文字を並べるのはやめてくれ。

謎の人物からの手紙を受け取ったところで、見計らったかのように、突然電話が鳴り出した。呼び出し音の大きさに驚き、どこにあるかもわからない電話を探し出して、ついつい反射で受け取る。しかし私にはわかっていた。このタイミングで掛けてくるのは奴しかいないという事を!

「もしもし!」
「あ、レイコ?もう着いた?」
「貴様だと思ったぞクソ親父!」

ここで会ったが百年目!電話だけどな!
白々しく電話をかけてきたのは、ゲマより許せない事で有名な憎き実父であった。私はもちろん激怒し、電話回線を通じてシネシネ光線を送り続ける。

この電話がニート人生を脅かす事になると、悲しいくらい察している私は、半分泣きながらキレていた。遥々やってきたアサメタウン、やはりどの地方でも最初に赴く田舎町ってのは、地獄の入口なわけである。

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