02.メイスイタウン

遅刻遅刻〜!と慌てて走っても、曲がり角で誰かとぶつかりもしなければ、ロマンチックな恋も始まらない、てか仮にぶつかったとしたら普通に事故である。免停だけは勘弁したい私ことポケモンニートのレイコは、原付のおかげで時短が叶ったけど、結局十分ほど遅れてメイスイタウンに到着していた。

田舎を越えても、まぁまだ田舎である。アサメほどではないが小さな町で、私は手紙に書かれていた博士の弟子とやらを探していた。
図鑑持って広場にいるはずなんだが…どこのこと言ってんだ。全体的に広すぎてもはや全てが広場だろ。
まさか遅刻したからもう帰ったとかないよね?海外の人間は時間にルーズって聞くからそんな事ないと思うけど、でも見た感じ…ジョギングしてる兄ちゃんとかしか見当たらない…。あとはカフェテラスにブランチに来た主婦や、四人組の少年探偵団みたいなガキがいるのみである。

いなくねーか?ただでさえド田舎、いくらお洒落レンガを道路に並べていようとも、圧倒的過疎地である。とにかく人がいなさすぎるのだ。

博士の弟子って事は…研究職っぽい奴だよなぁ?いやそもそも弟子って何?趣味の空手の弟子とかだったら本当殴るからなプラターヌ。信じられるのはこの紺青の拳だけよ。
連絡先も知らないし、ここで会えなきゃ詰みなので、カフェの中も覗いてみようと私はテラスに近付いた。すると子供の集団の中から何故か声をかけられ、意外な展開に驚く事となる。

「あ、お隣さん」

聞き覚えのある声に、私は視線を向けた。そのフレーズ…どこかで…と目を細めたら、なんとさっきやり過ごしたクソガキ、いや少年がいるではないか。

「ああ…どうも…」

他人行儀に一礼し、テラスで集会中の子供連中をガン見する。いま見かけた少年探偵団…お前の集団だったのか。私がだらだら原付と格闘してる間に追い抜かれたってわけ?なかなか素早いじゃねーの。お前が遅いんだクソニート。
他の子供たちはお隣小僧の友達だろうか、男子が二人と女子が一人、優雅にティーカップを構えている。
おいおい…ガキの分際でカ…カフェですって?なんと小生意気な。カントーの下品なガキとは違う、これがカロスの上流階級お洒落ボーイ&ガールだとでもいうのかよ。
カルチャーショックもそこそこに、大人の私は先程の非礼を詫びながら少年に近付く。

「さっきはろくに挨拶もできなくて悪かったね。待ち合わせに遅れそう…いや遅れてたもんで」
「奇遇だね。俺たちも待ち合わせしてるんです」

早々に平気で遅刻をする女である事を印象付けてしまったが、おおらかなカロス人は特に気にした様子もなく、自己紹介をしてくれた。

「俺はカルム。サナ、さっき話したお隣さんだよ」

カルムと名乗った隣のお子様は、紅一点の女子に向かって私を紹介した。ツインテールと呼ぶには激しすぎる髪型の、小学生読モみたいな格好をした活発そうな女の子であった。名前はサナちゃんというらしい。ニコラの表紙にいそうだな。

「あたしサナでーす!よろしくお願いします!サナもお隣さんなんだよ」

親の勧めでオーディションでも受けていそうなサナは元気よく挨拶し、八割方把握できるプロフィールを告げ、ひとまずここ二人の関係は理解した。
なるほど、反対側の隣家の子か。正面から見て右隣がカルム、左隣がサナね。人口数の少ないアサメで唯一の同級生…ちょっと大人びたカルムに支えられながら過ごすサナも、その天真爛漫さでカルムの支えとなっていた…限界集落が生んだ美しい幼馴染の絆である。って感じかな。いつまでも仲良くあれよ。
どうでもいい考察を展開しながら、サナと軽く握手をして、私もしっかり名乗った。二度と会う事もないだろう二人に…。つらい。

「私はレイコです。カントーから引っ越してきたけど…今日から家を空けます…」

言いながら悲しくなってしまい、自然と語尾が弱まる。何言ってんだこいつ?って思うだろ?私も思ってんだよ。もう帰らせてくれ。
名乗った途端、子供たちは驚いたように目を見開いた。無理もない、越してきて早々家を空ける奴などどうかしているとしか思えないからだ。困惑の視線を浴び、でも私のせいじゃなくてさぁ…と弁解しようとした時、彼らが驚いたのは別の部分であった事に気付く。

「…レイコ?さん?」
「えー!あなたがレイコさんなの!?」

サナの突然の大声に、私は思わず飛びのいた。何故か名前が知れ渡っている事に驚き、まさかカロスでは私の伝説が轟いているの…?と戦慄する。
何なんだその反応。あなたがあのシーア…!?みたいな態度はどういう事なの。顔出しNGアーティストとして名を馳せているわけではない私は、四人が驚く理由がわからず困惑する。

いや…私ほどのニートレーナーともなれば、世界各国に知られていても無理はないかもしれない。自身の経歴を思い出し、最強伝説の揺るぎなさを痛感する。
カビゴン1体でセキエイリーグを制覇し…その後も各地のポケモンリーグで勝ち続け、何気に世界を救ったりしながら、強すぎるあまりチートを疑われていろいろ出禁になっているこのレイコ、著名でないはずもないな。別に泣いてねぇよ。
どうせカロスのジムもすぐに出禁になるさ…とやさぐれつつ、オフだからサインはお断りよ、的な態度を取っていたが、もちろん出禁ニートなどがド田舎で名を馳せているはずもないので、素直に事情を確認した。

「私をご存知で…?」
「ご存知も何も…博士に呼ばれて来た人ですよね?」

そんな事まで知ってんのかい、と引いてしまう私だったけど、即座に状況を察し、カッと目を見開いた。情報量が不足しすぎている手紙のせいで、我々は微妙に擦れ違っていた事を、今ここでようやく知るのだった。

「ええ…?」

待って。という事は…。
博士の弟子って、この子供達のことなわけ?

スペースキャット顔で、私は放心した。何故なら想像と全く違ったからだ。
いや当たり前だろ、博士の弟子と言われて白衣の人間を想像しない奴がいると思うか?まぁお前らのボスが阿笠博士っていうんなら完全理解って感じだけど、マジでプラターヌの?弟子?私のような有能な人間にわざわざ研究依頼をしてくる偉い博士のおつかいが、このガキ共ですって?

もはや混乱でしかない。何を考えてるんだプラターヌ博士。能力に年齢は関係ない、彼らは優秀な弟子なんだ!って話なのか、ニートに図鑑渡すくらいガキでもできるっしょ、という舐め腐った態度なのか、未来ある子供達を天才トレーナーに引き合わせて良い経験をさせてやりたいという親心なのか…わからない。わからないけど、この面子だと私はきっと灰原哀のポジションなんだろうなって事はわかるよ。
いまいち状況を飲み込めないでいると、江戸川カルムが話を続けた。

「俺達も博士に頼み事をされたんだ。あと一人、レイコっていう人が来るって聞いてたんだけど…」
「まさか大人のお姉さんだったなんて…」

大人のお姉さんなのに遅刻してすまん。

「じゃ、とりあえず紹介するよ」

遅れてきた事を謝罪している間に、段取りを優先するカルムがさっさと話を進めていくので、私も郷に入り郷に従う事にした。正直何も掴めてないけど、とりあえず整理するのはあとにしよう。ただでさえ遅刻して申し訳ないし。すまん。
みんなは博士に何を頼まれてんだろ…と全員の顔を見回し、最後にカルムと視線を合わせた。

「こちらがさっき話してたレイコさんらしい。俺たちのお隣さん」

すぐに隣でなくなるが、軽く会釈をして応えると、それまで黙っていた元太ポジの少年が声を掛けてくる。

「へぇ…カントーから来るって博士に聞いてたけど、随分遠いよねぇ」
「遠かった。直行便で半日」

具体的な時間を告げると、大変だったねぇ、と元太は労ってくれたため、その優しさが胸に沁みた。うな重を食べてそうな外見とは裏腹に、物腰の柔らかそうな少年である。ブタゴリラってよりは鉄血のビスケット寄りだな。何故かバニプッチ柄のTシャツを着ているが、それを着ても体が冷える事はない。脂肪を着ている限りな。
そして元太がいるなら光彦もいるはず!と期待を込め、残った少年を凝視した。

「で、こちらにいるのがパワフルなダンスが得意なティエルノくんに、テストはいつも満点!だけど控えめトロバくんだね」
「オーライ!よろしく!」
「よろしくお願いします」

え?ティラノ剣山とトロワ・バートン?
昭和の前振りみたいな紹介をするカルムに動揺している間に横文字を並べられ、私は困惑した。待ってくれメモるから…とボールペンをカチカチ鳴らす。

えっと…元太がティエルノで、光彦がトロバな?
渡辺直美タイプのアクティブなティエルノとは対照的らしいトロバは、礼儀正しくお辞儀をし、一層の光彦感を醸し出している。ヘルメットヘアーは内向的な性格を表しているのだろうか、服装も真面目なキャラがよく着ている感じのやつなので、もう総員どこからどう見ても完全に少年探偵団。ちゃんと剛昌に菓子折り持って行くんだぞ。
覚えやすくて助かるよ…と小学館に感謝し、顔合わせも済んだところで、そろそろ本題に移っていただきたい私は、そもそもこれが何の集まりなのかいまいち理解できていなかった。

で?どれが博士の弟子なの?全員なわけないよな?俺たちも頼まれ事してるって言ってたから、まさかみんな私と同じで図鑑を受け取りに来たパターン?確かにどの地方にも、十歳越えたら博士からポケモンをもらう文化はあるみたいだけど…。
プラターヌの意図が読めないまま黙っていると、とうとうサナが核心的な一言を言い放ち、私の理解はぐっと追いつく事となる。

「ねぇねぇ!早くパートナーになるポケモンに会わせて!」

はしゃぐ少女の言葉で、謎は全て解けた。サナの視線がティエルノとトロバに向けられている事から、博士の弟子はこの二人!そしてここに集められたサナとカルムは殺人事件の容疑者…ではなく、プラターヌによって呼び寄せられた、初めてトレーナーになる少年少女なのだという事を!
私は撃沈した。一人拳を握り、対応の雑さに憤りを隠せない。

いや自分で渡せよ!なんで弟子に代行させる!?初めてのポケモン、初めてのポケモン図鑑でしょ!?博士から直接渡される事で責任感、義務感を胸に刻む事ができる重大イベントだってのに、さほど年齢も変わらない子供に頼むな!いやもうこの際頼んでもいいよ、きっと信頼してんだなティエルノとトロバの事をさ。でも私には直接渡せよ!来いよこのド田舎まで!私だぞ!?私です!あの有名な実力派、ニートレーナーのレイコです!

萎えるわーと背もたれに体を預け、無気力に事の成り行きを見守る私に、律儀なカルムが耳打ちで説明をした。

「今日、俺とサナは博士からポケモンをもらうんだ」

だろうな。お前達が私のついでか、私がお前達のついでか知らないけど、一緒くたにされたと。だから到着早々に呼びつけられたと。そういう事だね。真実はいつも一つ!
博士からっつーか弟子からだけどな、なんて野暮な指摘はせず、少年たちの和やかな空気に私は身を浸した。ここでキレても仕方がない。いつかプラターヌを殴る事を決め、今は静観に徹した。大事な旅立ちの日を邪魔する老害にはなりたくないからだ。

「僕とトロバっちがポケモンと出会った時の感動、サナたちも味わってねぇ」

若干先輩らしいティエルノ達は、そう言うと持ってきた荷物からモンスターボールを取り出した。三つの中から好きなのを選べというあのイベントである。もちろん私は未体験だ。ポケットモンスターのシステムを根底から覆す邪道なニートは、いつもの癖でカロスのポケモンを撮影しようとしたけれど、まだ図鑑が手元にない事を思い出し着席した。普通に持て余すわこの時間。

どの地方も例外なく、草と炎と水と思わしき三匹の初心者用ポケモンが、机の上に並べられる。ショーケースのケーキを見ているが如くはしゃぐサナと、落ち着きのあるカルムは、それぞれに意見を交わしてポケモンを選んでいた。二度と戻らない青春の眩しさに、私は思わず目を背ける。

プラターヌ…何故…私にこの光景を見せた?腐り切ったニートレーナーの私に、初心を取り戻せって言ってるんですか?余計なお世話だよ。ずっと純真だっつーの。
一点の曇りもなくニートを目指す私の横で、ようやくサナがボールを掴む。

「決めた!あたしはこの子にする!よろしくね、フォッコちゃん」

サナが選んだのは、炎タイプの可愛いポケモンだった。語彙を失ったオタク風に言うなら、普通に顔がいい。映える。
カルムは蛙のポケモン、ケツマロ…いやケロマツを選んでいたため、残されたハリマロンの事を思うと目をそらさずにはいられない。まぁ今回はご縁がなかったかもしれないが…いつか良いパートナーに恵まれる事を祈っているわ…そして博士の元に戻ったらこの憎しみを代弁しておいてくれ。もはや何にキレていたかも忘れるくらい色んな事に憤りすぎて情緒不安だけど、とりあえず許さん。これは引導のハリマロンよ。
何の罪もないハリマロンを血走った目で見つめていると、ティエルノはボールをしまい、今度はトロバが荷物を展開していく。

「あのう…僕も預かってきたものがあるんです」

そろそろ出番か、と私はアップを始めた。ポケモンと共に博士から貰うものといえばもちろんあれなので、私の分ももれなく彼が持ってきてくれているのだろう。そうじゃなかったらびびるわ。普通に早く渡していただきたい。遅刻したから急かせないけど。ごめんて。
トロバはやけに大きな鞄を広げ、そしてそれがでかいのは私のせいだと瞬時に気付き、こんな小さな子にクソデカ鞄を持たせて罪の意識はないんですか?と再びプラターヌを責めた。福山結婚時のアミューズなみに、私の中でプラターヌの株は暴落していくのだった。

「言い換えれば、ポケモンを深く理解するための大事なものです」

そして私にとっては呪いのアイテムである。
トロバが開けた鞄から、一層薄型になった二つの機械が出現した。どう見ても最新型のポケモン図鑑だ。とうとうここまで薄くなったかってくらい薄い。温水洋一の頭部よりも薄い。親の作るカルピスよりも薄い。こんな薄いものを、わざわざ馬鹿でかい鞄で運ぶ意味がありますか?きっとみんなそう思うに違いない。その横の、何やら厳重に梱包された包みさえなければな。
私はパーツごとに分けられた精密機械を見て、思わず固唾を飲む。うっかりこいつの製作費を聞いてからというもの、震えが止まらない日々を送っていた。何故博士が直接渡しに来ないのかと憤っていたのは、子供やニートに託していい値段ではないからであった。

「あ、レイコさんのはこちらです」

控えめに指差すトロバに、私はゆっくり頷いた。前澤社長が配った総額を優に超えるこの機械は、私用に作られた特注のポケモン図鑑なのであった。心底いらねぇ。

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