「…何これ?」

他と比べて明らかに異質な図鑑を見たサナは、もうほとんどカメラじゃね?と言いたげな様子でそれに手を伸ばそうとする。ぶっちゃけそうだ。もはや多機能搭載のカメラなんだよ。ポケモン図鑑がオマケなの。つまりカメラが高ぇ!子供がうっかり手を触れてはならないほどに!

「ストップ!」

私は思わずサナを制し、メイスイ中に響き渡る声で叫んだ。金と権力に弱い私の突然の絶叫に、当然子供たちは驚いていたけど、なりふり構っていられない事情がある事は知っていただきたい。

「それ…高いから…お手を触れないでください」
「え?高いって?」

ポケモン図鑑の値段など気にした事もないサナは、キョトンとした顔で首を傾げる。
考えても見ろ、このサイズで変態画質の映像が撮れるんだぞ。本来ならテレビ局で使われるような大きい機材が必要なところを、科学力を結集させてこのサイズに収める事に成功しているんだ。それだけポケモン研究がこの世界で重要視されているわけで、つまり狂ってる。こんなものを作る奴も、それをニートに使わせる奴も、そして子供に持ち運ばせる奴もみんな狂人だろ…もう胃が痛ぇよ私は…。
腹を押さえながら、私はサナにこっそりと耳打ちして、桁がぶっ飛んでいる価格を告げた。すると彼女はそのとんでもない数字に驚き、私のカメラ兼図鑑を二度見する。

「うっそー!?どうして!?」
「レイコさんの図鑑は特注品みたいですね…」
「何者なのレイコって!」
「まぁ大した者ではないですが…」

正体を不思議がるサナに、つい癖で謙遜してしまったが、実際は大した者すぎる私である。しかし訂正するのはやめた。この華々しいプロフィールをひけらかしたい気持ちはあるけど…でもやっぱ黙っとこう。素晴らしいトレーナーだと勘違いされて羨望の眼差しで見られでもしたら、良心の呵責に耐えられなくて死ぬからな。チェレン事件の尾を引く私は、るろうに剣心のように過去を語らず、ささやかに生きていく事を誓った。

かつて五つの大陸を股にかけ、あらゆるポケモンを記録し、そして四つのリーグでチャンピオンにまで登り詰めた女…それがこのレイコよ。誰もが羨む美貌を持ち、どんな悪党にも片膝をつかせた伝説のトレーナー…その正体は!泣く子もドン引く、親の脛をかじって生きるクソニートであった!絶対言えるかこんなこと。
それよりも今は君達の旅立ちの方が大事だから…と雑に話をそらし、カメラを組み立てながら、私は会話の進行を促した。図鑑を渡し終えたトロバは、弟子としての仕事を全うするべく、初心者たちに説明をする。

「あっあのですね…今お渡しした図鑑は、出会ったポケモンを自動的に記録していくハイテクな道具なんです」

ハイテクを通り越した私の図鑑をみんなでチラ見しつつ、話は続く。グレードが違いすぎてすまない。

「ちなみにプラターヌ博士は、僕たちがポケモンと旅をして図鑑を完成させる事を期待なされています」

全く姿を現さないプラターヌだが、ここで新たな情報を得た。やはり博士は、初めてトレーナーになる少年少女にポケモンを託す権利を持つわりと偉い奴で、これまで出会った博士同様、図鑑の完成を目標としているようだった。何の研究をするにしてもまず図鑑のデータは必要になるわけだしね。手紙には書いてなかったけど、プラターヌって奴は一体何の研究をしてるんだろう。そういえば親父が変なこと言ってたな…私をカロスに呼んだのは…とある現象に立ち会った事がある人間だからとか何とかって。

とある現象って…なに?まさか…ポルターガイスト現象…?
確かにイッシュを発つ時にNの生き霊も一緒に連れ帰ったかもしれないけどさぁ…と首を傾げ、悩んでる間にも話は続いていく。

「言い換えれば…博士からの大事なミッションです…きっと」

大袈裟な物言いをするトロバに、旧知のティエルノが緊張をほぐすような言葉をかけた。

「もう!トロバっちはマジメマジメしすぎなんだから」
「そ、それからレイコさんにはこれを…図鑑の説明書です」

マジメマジメなトロバっちは、そう言うと綺麗に折り畳まれた紙を私の前に置いた。このペーパーレス時代に…紙…?と驚くも、最近ゲームに説明書が入っていない事を寂しく思う世代の私はしかと受け取り、重要そうなところに目を通しておく。もはやボタンは古いようで、全てタッチパネルでの操作を強いられるらしい。他にも謎要素がいろいろ搭載されていたが、加工機能だけはマジにいらないと思うんだけど何なの?ビューティープラスと提携してんの?

理解不能な現実と格闘していれば、ふと、少年探偵団から凝視されている事に気付き、私は動揺で二度見をする。八つの瞳に見つめられ、おなご先生の気持ちってこういう事…?と困惑した。
一体どうした。なに?私が美しすぎて見とれずにはいられないのはわかるが、そんな一斉に見つめられるとさすがに驚くぜ。茶番もそこそこに、とりあえずお高い図鑑だけはリュックに詰め、静聴の姿勢を取った。すると、まさかの発言がサナの口から飛び出し、認識のギャップを思い知る事となる。

「レイコはポケモンもらわないの?」
「え!いや、私は…あれだから。持ってるから」
「ポケモントレーナーなの?」

ええ?
そこから?

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