サナからの純粋な問いかけに、レイコは恥を知った。私が最強有能トレーナーである事は世界中に知れ渡っていると何気に思っていただけに、無知な彼女の言葉がショックであった。
そりゃ今日からトレーナーになる奴が知ってるわけないだろ。ないだろうけどさぁ…でもこれまで、あなたまさかあのレイコさん?とか、こんなところであの有名なレイコさんに出会えるなんて!とか言われ続け、隠れた人気を誇っていた私である。常に一目置かれる人生だったのだ。しかし、それを平然と足蹴にしていく無礼な存在も、いるにはいた。それがそう、地方名物クソガキである。つまりお前らの事だよ。

やはり私の事は教科書に載せるべきだろう。あのナショナルジオグラフィックにも載った事あるんだから…と謎マウントを取り、ショックをごまかしながら、悪気がないだけ可愛いサナに解説をした。

「私、父のポケモン研究の手伝いでカロスまで来たんだよ。トレーナー歴はまぁ…そこそこかな」

ベテランBBAと思われたくない一心から、そこそこなどと言ってみたけど、実際はわりと…な。各自の想像にお任せしたい感じなので、それ以上伝えはしなかった。ただ一つ言える事は、お前たちは今日が初めての旅立ちかもしれないが、私はこれが七度目だという事である。旅立ちすぎだろ。
無駄に二回もイッシュに行かされた件を怒りながらも、探偵団が私に羨望の眼差しを向けている姿を見たら、すぐにまんざらでもなくなってくる。レイコは単純であった。

「そうなんだ!サナね、旅に出た事ないからいろいろ教えてほしいな」
「うん…まぁ、私もあんまり詳しくないけどね」

純粋なサナの申し出は、私の胸を突き刺した。これが私が遥か昔に失った素直さ、眩しさ、ひたむきさなの…?と慄き、そもそも元から持っていなかった事は置いといて、やんわりと牽制する他ない。ノーニートノーライフな私の旅がサナの役に立つとは思えないからな、教えを請う相手を間違えるなよ。お前の目の前にいるのは最も手本にしてはならないカスなのだから。うるせぇ。
とりあえずお互い頑張ろうね、的に適当に締めると、お開きの空気を察したのか、ティエルノが立ち上がって荷物を持った。

「よーし!博士に頼まれたおつかいも無事済んだし、僕とトロバっちはポケモンを探すとするよ!」

行こう、と声をかけられたトロバっちも腰を上げ、丁寧に一礼したのち、手を振りながら二人は去っていった。阿笠博士…もといプラターヌ博士の弟子っていうくらいだから忙しいのかもしれない。小走りで駆けて行く元太と光彦を見送り、残されたコナンと歩美と灰原は、図鑑とボールを手に顔を見合わせた。急に静まり返ったので、激しい落差に苦笑気味である。

「カロスでは、選ばれた子供がポケモンと図鑑を持って冒険の旅をするんだ」
「へー。私は子供じゃないってのにな」

異文化に困惑してると思われたのか、現状を説明してくれたカルムに、私はおとなげなく皮肉で返した。カロスに限らずどこの地方も子供は冒険の旅に出るものなんだが、でもなんかその言い方だと誰でも彼でもポケモンもらえるわけじゃないみたいだな。選定方法も博士が一任されているのか?何者なんだよプラターヌ。そして何故私を呼んだ。遥々カントーからやってくるのがどれだけ大変か考えてもみてくれ。人を何だと思ってんの?ニートだぞ。何のしがらみもなく渡仏できるわ馬鹿野郎が。
即フライト可能な悲しい人生はさておき、選ばれし大人が気になったのか、カルムは率直な疑問を私に投げかける。しかし、それどころではない展開がレイコを襲った。

「レイコはプラターヌ博士と面識ないのか?」

え?まさかの呼び捨て?

「え、あ…ないですけど…」

動揺のあまりこっちが敬語になってしまい、私は思わずカルムを二度見した。このタイミングでクソガキの洗礼を受ける事を想定していなかったため、その衝撃は計り知れなかった。

嘘でしょ。そりゃサナちゃんはあれだよ、まぁそういうキャラだろうなって思ってたから呼び捨てに違和感はなかったけど…キミはなんか…ちゃんとしてそうな感じなのに…捨ててくると。それともそんなもう…ダチって感じなの私達?出会って早々にマブ?それならいいけどさ…いやよくねぇわ。
納得のいかない顔を晒しつつ、田舎の子供に呼び捨てにされる事には慣れているので、結局スルーしてしまうレイコであった。こんな事に慣れたくなどなかった。

「じゃあ…どうして博士はレイコを選んだんだろう…?」

何だか真面目に考えてくれているようなので、呼びタメとはいえ良い子なのだろう。それについては私もよくわかんないし、そのうち本人を問い詰めると決めたから、親父の知り合いだからじゃね?と適当に返しておいた。実際その線が濃厚だしな。早く親子の縁切らせてくれ。

何はともあれ図鑑は貰ったんだ、一刻も早いニート化のため、私はそろそろ行かせてもらうぜ。早く終わらせて早く帰る、それが旅の目標だからな。まぁ達成された事はないんですけど。泣ける。
カフェで何も注文せずに立ち去るという暴挙に出る私は、席を立ったところで、思わぬ相手に引きとめられる事となった。それは店員…ではなく、出会ったばかりのガーリーガール。

「待ってレイコ!」

駆け寄る足音と共に響いた声は、サナのものだった。呼ばれるがまま振り返り、何か言い忘れた事でもあるのだろうかと首を傾げる。
自己紹介もしたし…経歴もざっと話したし…まだ用事あるのか?あ、ラインかな?連絡先の交換は定番だからね、申し出があってもおかしくはないだろう。でも国外で携帯を使うと料金がやばい事になるから家に置いてきたんだよ私。あとあんまり言いたくないけど、通信機器は旅の途中で誰かがくれるシステムがこのゲームには存在するんだ。だからその時に交換しような。以上です。

現金な事を考える私だったが、サナが引きとめてきたのは、そんなパリピみたいな理由ではなかった。パリピはパリピかもしれないけど、それ以上に彼女は、たった今新たな称号を得たのである。
ポケモントレーナーっていう、少年少女憧れの肩書きを。

「デビュー戦をお願いします!」
「…え?」

そう言ったサナの手には、モンスターボールが握られていた。もちろんさっき貰ったポケモンだ。レベルは…たぶん5だろうな。引っ掻くか尻尾を振るか火の粉を噴く事しかできないであろうフォッコのボールを持っているという事は、サナの言うデビュー戦は、当然ポケモン勝負の事だろう。瞳を輝かせる彼女に、私は冷や汗を流して狼狽える。理由はもちろん…わかるよな?

私、デビュー戦で戦っていい相手じゃないと思うんですけど、大丈夫か?

  / back / top