「実は僕も、厳密に言えばトレーナーじゃないんだよね」

ヒトカゲをボールに戻しながらそう暴露した不審者は、一撃で相手を沈めた恐ろしいカビゴンに近付いていく。バトルは言うまでもなく私の圧勝だったが…二人共トレーナーじゃないなら今のやり取りは何だったの…?目と目が合っても何も起こらないはずだったのでは?
不審者から変人に格上げした男を訝しげに見つめ、私は表情を歪める。マジで何なんだこいつ…風貌も不審だし行動も不審すぎ。真性の変態ってこういう事ですか?
やっぱ通報した方がいいかもしんないとドン引きしていると、お構いなしに変人は近付いてきて私を称賛した。

「でも君は実にマーベラス!」
「マーベラス」
「素晴らしい腕前だ。その才能、これからもっと開花していく気がするな。まさにダイヤの原石だよ!」
「原石」

鬼のように褒められ、私は変質者の言葉を復唱する事しかできない。あまりのハイテンションに呆気に取られてしまった。
はしゃぎすぎだろ、子供か。まぁ私のような可憐な女児が鬼トレーナーだったら驚きのあまりそうなってしまうのも仕方ないかもしれないけど。親父の反応がドライだから気付かなかったわ、自分の才能に。カビゴンの圧倒的強さを見ても、そんなもんちゃう?とか言うし。そんなもんじゃねぇよ。眼球は飾りか。
ダイヤの原石とまで言われてしまっては、もう有頂天になる事を止められない。そう?と言われ慣れてる風を装いつつ、内心では相当浮かれていた。
これこれ、この反応が欲しかったんだよ!特に努力をした覚えもなくある日突然元007が手に入っただけですけども、承認欲求の充実を感じる。よかったなカビ公、と背中を叩き、絆を深めたところで不審者は話を続ける。

「卒業したら是非カロスにも来てほしいねー」
「カロス?」

聞き慣れない単語に、私は眉をひそめた。
カロス…文脈からいって地名だろうけど…どこの事だろう。日本かな。少なくともカントー圏ではなさそうだ。
何にしても行かないから安心してくれ。縁起でもないこと言わないでくださる?卒業したらニートなのこっちは。家からほとんど出ないの。じめじめと腐っていくのよ。トレーナーとしての才能を発揮する事なんてもうないんだからね!
カロス行きフラグを立てながら、私は不審者の発言により彼が余所者である事を察したので、もしかしたらこの奇行もお国柄ゆえのものかもしれないと納得しかける。怪しいファッションも彼の国では伝統なのかもな…絶対違う気がするが。

「…お兄さん、カロスの人なの?」

おじさんかお兄さんかで迷ったが、おじさん呼ばわりして逆上されても困るので、心象のいい言葉を選んでおいた。それが功を奏したのかは知らないけれど、相手は機嫌よく頷く。

「そう。カントーへは学会で来たんだよね。知り合いの家に寄ってきたんだけど、せっかくだからカントーのポケモン探そうと思って散歩に」
「物好きな…キルフェボンとか行けばいいのに…」

どう考えても変人だろ…こんな寒い日にポケモン探しとは…哀れむような視線を向けると、変質者は気にしていなさそうに笑う。トレーナーならカントーで珍しいポケモン探しててもおかしくはないだろうけど…でもトレーナーじゃないって言ってたよな。じゃ何なんだよお前。やっぱ不審者だろ。学会って単語がすでに怪しさ全開だよ。
言われてみればインテリっぽい気がしなくもない。学会か…何かの研究員かな。それにしちゃ若いけど、とサングラスの奥の瞳を覗き込もうとする。しかし私の目に映るのは漆黒。何も見えんジョンレノングラサン。ガード固すぎ。やっぱ不審者?
そういえば父も学会発表があるからと言ってずっと忙しそうだった事を思い出し、まさか同業じゃないよな…と変人をじろじろ凝視した。同業だったら変人でも全然おかしくない。もはや変人しかいないだろポケモン研究者なんて…生息地によるメノクラゲの毒性の違い及び見分け方についての何やかんやを調べるために娘を夏中海に潜らせるような奴だぞ、研究者ってのは。年齢一桁の子供に毒ポケモン触らせる?理解できない。児相に行ってやろうか?

ヤマブキは都会だ、学会なんていろいろ開かれてるだろうからさすがに同業じゃないだろう。そう結論付け、そろそろ帰ってくれないか?と公園を純粋に使いたい小学生は祈る。
カビゴンがサンドバッグで遊びたがってんだよ。帰らないならお前をサンドバッグだぞ。
しかし、今時の物騒な子供の願いは届かず、不審者は急に肩を落とすと、苦笑気味に何やら語り出した。

「本当…カフェでも行ってればよかったんだけど…」
「…なんで?」
「実はここに来る途中、大事なものを落としてしまったんだ」

小学生に愚痴を零すやばい不審者は、どうやらドジっ子属性まで持ち合わせていたらしい。もう救えないわ…とついには同情した。
不審な上にドジとか…生きてて楽しいか?何か心配になってきちゃったよ。今はまだ若いからいいかもだけど、年取ったらつらいぜ?研究職をクビになった冴えないおっさんの行きつくところ…それはコンビニレジバイト。自分より若い店長に、お前本当に使えねぇなとパワハラを受けても、すいません…としか言えない毎日…家に帰っても誰もいない、友人もいない、電球の下で孤独に弁当を食べている時、男はふと思う。何のために生まれたのだろう、と。
やばいな。不吉なビジョン見えちゃったよ。落とし物、しかも大事なものをなくすという致命的すぎる失態に、こいつは不審者じゃねぇとついに私は結論付けた。何故なら不審者は用心深いからだ。私も部屋着でコンビニに行く時とか後ろめたい事がある場合は同級生に会わないよう細心の注意払うし。着替えろよ。
物をなくした上に小学生にポケモン勝負で負けた憐れな男に、私は同情に満ちた眼差しで問いかける。

「…大事なものってなんですか?」

心のかけら…とか?

「うん…このくらいの綺麗な石なんだけどね…」

途方に暮れている男は、指で小さな輪っかを作る。ちょうどビー玉くらいのサイズだ。来た道を辿って探したけど見つからなくて…と続け、深い溜息をつく。大事なものって石?と私は引いた。
石って。そんな子供の宝物みたいな。いやでも誰かの形見とかそういう系かもしれないから茶化すのは悪いな…変なところで性格がいい私は、一緒に探そうか?と声をかけようとする。
ドジは救えないけど…でも大事なものが消えてしまうのは普通につらい…わかる…石だろうとなんだろうと。感受性が豊かな私である。何だか悲しくなってきて、ポケットに手を入れながらこの辺りに落ちてないだろうかと地面を見回す。
その時、指に何か硬いものが当たった。ハッとしてポケットを探り、そういえば拾い物をした事を思い出した瞬間、様々な情報が頭を駆け巡る。

家の近くで拾った七色に光る石。
今朝の占い。
ラッキーアイテム。
運命の人。

今日は運命の人に出会っちゃうかも!?ラッキーアイテムは、綺麗な石です!

「…これは?」

私はポケットから取り出した石を男に見せた。相変わらず七色に光っている。異質だ。確かに綺麗な石だけど、でもさすがにこんなおかしなものではないだろう。石ってたぶん宝石とかそういうやつの事だろうし…。
母の形見のネックレス的なものを想像している私だったが、男はハッとしたように口を開け、ゆっくりこちらに近付いた。少しサングラスを下げ、肉眼で現物を確認する。このとき見えた目元がちょっとイケメンだったような気がし、私は石より変人の顔面に集中してしまった。今ちょっと青みがかった瞳が見えたと思うんだけど幻覚か?もう一回やってほしい。そのサングラス似合ってないからもう一回取って!取って取って!お願い!はしゃぐなよ。

「マーベラス!」

二回目。
私がもう一回やってほしかったのはマーベラスじゃなくてサングラスを取る行為だったんですけど。何故か再びマベってきた男は、手の中の石を見て興奮気味に叫んだ。

「これこれ!これだよ!君が拾ってくれたのか!」

感極まったのか、ついに暫定イケメンは私の手を石ごと握りしめた。有罪。この瞬間実刑が決まりましたね。執行猶予はつくとしても、私の心の傷を考えたら決して軽い罪ではないですよ。反省してください。
何だか随分感動しているので手を振り払いづらく、私は目を細めて犯罪者を見る。どうやら彼が探していたのは本当にこの石だったらしい。こんな玩具みたいな…でも何か不思議な感じがする謎の石。これが大事なものなんですか?石研究とかしてる人なのかな。微塵も興味ないけど、見つからないまま終わってたんじゃこっちもモヤモヤしてただろうし、とにかく戻ってきてよかった。私が下を向いて歩くタイプの子供だった事に感謝するんだな。良い子は真似せず前を向いて歩きましょう。

「家の近くに落ちてたんで…偶然拾ってよかったです」
「偶然なんてものじゃないよ!これは運命だ!」

いよいよアウトな気がしてきた。
私は変態の手を振り払い、投げるように石を返して身を引いた。
運命て。小学生にキモいこと言うなよ。マジで事案だぞ?天然なの?本当気を付けた方がいいですよあなた。絶対いつか捕まるし私が訴訟起こしたら娑婆の空気にさよならバイバイは確定だからな?一体何なのこの人…防犯ブザーを鳴らしたい気持ちと庇ってあげたい気持ちが交差するよ…。
初めての感覚に戸惑いを覚えながら、ふと私は運命という言葉に引っかかりを覚える。
そうだ、さっきも思い出した。毎朝見てるニュース番組の占いコーナーで、今日はずいぶん意味深な事を言っていた。いつもは、ラッキーアイテムは黒い家!とか無茶振りをしてくるのに、今朝は比較的まともだったように思う。
運命の人と出会う。ラッキーアイテムは、綺麗な石。

…私の運命の人って、不審者なの?

「本当にありがとう!助かったよー!」
「うん…よかったね…」
「何かお礼をさせてよ」
「いや単に拾っただけだから。謝礼をもらうような事じゃないので」

喜び勇んでいる変質者の申し出を、私は即座に拒否した。知らない人から物をもらってはいけない、それは防犯の基礎中の基礎だからだ。
恐らく悪い人じゃないとは思うから、パフェを奢るなどと言って車に乗せて誘拐したりはしないだろうけど…でも素でやばい事してるからなこの兄ちゃん…女児の手を握るのはマジでないわ…防犯意識が低すぎる。自分の身を守るためにもやめてほしい。本当に拾っただけだし、その変な石を拾得した5%程度の謝礼じゃ大したもん貰えないだろうしな。レイコは手間と報酬のリスク計算が瞬時にできる女であった。
私の現実的思考を控えめな性格と受け取ったのか、変態は感激した様子のままゆっくりと頷く。

「…そうか。君は実に謙虚だね!大和撫子ってやつなのかな」

自衛ってやつですね。ミュートブロックと一緒。

「子供は知らない人から物もらっちゃいけないって教わってるんだよ」
「確かに!」

真実を教えてあげると、それはそれで納得した顔をされたから、脳がスポンジなのでしょうこの不審者は。吸収率が良い。しっかりしてるねー!と褒められ、お前はもっとしっかりした方がいいぞとマジレスしかけた。
よっぽど平和な国なんだろうな、カロスって。こんな人種が横行してるんだろ?間違っても最終兵器で吹っ飛びかけたりしない感じ。一瞬見えた不吉なビジョンを振り払った時、何か冷たいものが手に当たった。直後に目の前を白い物体が落下する。
雪だ。そういや大寒波が襲い来るって言ってたじゃん。

「戻らなきゃ。お兄さんも早く帰った方がいいよ、今夜は大雪だってさ」
「そのようだね」

私はカビゴンを連れ、公園の出口に向かう。遊べなかったけど仕方ない、こういう日もたまにはあるさ。いや二度とあってたまるかよ。
私のあとを不審者もついてきたから、まさか尾行されないよな…と焦ったけれど、どうやら幸いにも反対方向だったらしい。僕はこっちだから、と自宅とは逆の道を指差され、安堵からとびきりの笑顔を向けて差し上げた。よかった。くれぐれも職質には気を付けてな。

「本当にありがとう。必ずお礼をするよ」
「だから何も貰えないんだって」
「なら、君が大人になった時に」

無駄に義理堅い不審者の申し出を断れば、ついにそんな事を言われてしまった。大人になった時?想像もできなくて苦笑する。
大人になった時にまた会う気か?源氏物語かよ。ヤダよこんなジョンレノンみたいなサングラスの光源氏。仮に約束しても絶対忘れるね。私は家から出ないニートになるつもりだから、もはや擦れ違いもしないだろう。むしろ忘れたい今日の出来事は。朝の占いごと抹消予定。
まぁこの不審者も本気じゃないだろうが…と戯れの言葉に頷こうとすれば、その考えの甘さを思い知らされる事となる。

「きっとまた会えるさ!本当に運命の人だったらね」

普通にゾッとした反面、今のはちょっとロマンチックだったな…とカロス人に毒された自分を恥じ、私は小走りで帰路を進む。最後まで礼を述べていた変質者を時々振り返り、ちゃんと反対方向を歩いている事に安堵しながら、深い溜息をついた。

一体何だったんだ…余計なもん拾うんじゃなかったぜ…たまにいい事するとこれだもんな。やっぱり家から出ないのが一番だと思う。早くニートになろう。卒業と同時に。
どう考えてもビー玉としか思えない石を大事にしてるのも変だったが、なんかいろいろ引っかかる人だった…最後まで顔見えなかったし。どうしよう本当に運命の相手だったら。私はアンラッキーアイテムがもたらした状況に怯え、思わずカビゴンの手を握る。
もう…忘れよう。どうせ会う事もないだろうし。でも会っちゃったら?いよいよガチで運命の人なんじゃない?怖い。私の運命の赤い糸は石油王と繋がってるはずだったのに…まさかの光源氏だなんて…一生一人でローラースケート走っててくれ。
大人になるの怖いな…と未来を案じている私に、残念ながら再会の時はすぐさま訪れてしまうのであった。

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