ダイヤモンドは砕けるU

窓を叩く雪と風のすさまじさに、私は悩んでいた。

オッス!オラ、レイコ!ロリロリの小学生さ。
昼間に不審者と出会った心の傷が癒えない私は、ポケモンセンターに預けたカビゴンを案じ、窓の隙間から外を見つめている。雪が顔面にぶち当たり、寒さで歯はガタガタ言っていた。
まずいな…これ迎えに行けないんじゃないか?
一体何を心配しているかというと、今日の昼、見知らぬ変人とポケモン勝負をしたので、一応ポケモンセンターでカビゴンを診てもらっているのである。もちろん無傷の大勝利だったけど、念には念を入れてってやつだ。変態ウイルスとかに感染してるかもしれないし。その間私は家で宿題を真面目にやっていたのだが、段々と雪がひどくなり、気付いたら相当な積雪となっていたので、どうしたらいいのか悩んでいるのである。

いやこれ無理だろうな。絶対外出れねぇよ。雪と風で大荒れだし、視界が悪すぎるから普通に危ない。噂によると松岡修造がソチ五輪に飛んだためにこの惨事になっていると聞いたが、真相は定かではない。ちなみに母はそのオリンピックを見に行っている。あの人いつ家にいるんだ?
母親のプチネグレクトはさておいて、私はポケモンセンターに電話して今日はカビゴンを預かってもらうようお願いをしたいんだけど、さっきから親父が占領してて全く動かないものだから途方に暮れていた。
マジでいつまで喋ってんだこのクソ野郎…どうも仕事の話っぽいから邪魔をしにくいところがまた腹立つぜ…レイコは変なところでいい子であった。

「ホテルに戻れないようでしたらうちに寄ってくださっても大丈夫ですよ、そこからだと近いですし。まぁ娘が散らかしてて汚い家ですけどね」

それにしてもあの石は実に不思議でしたね…と、さっきから電話相手の帰路を案じる話と、石だとか進化がどうとかの話を繰り返しているので、いい加減ブチギレそうだ。何回その話してんだよ、もうよくない?研究資料散らかしてんのはお前だし、個人的にいま石ってワード聞きたくねぇんだわ。とんだアンラッキーアイテムだったんで。二度と朝の占いは見ない決意をし、終わりそうにない電話は諦めて風呂に向かった。
まぁジョーイさんも察してくれるだろ…連絡先伝えてあるから異常があれば電話が来るはずだ。このとき何となく倦怠感があったのだが、基本的にニートはいつもだるいので、気にせず入浴し横になった。そして数時間後、私は今日の占いの真価が発揮される事を知るのである。


「体が…おかしい…」

風呂上がりにだらだらテレビを見ていた私は、微々たる変化が重篤な結果を生んでいる事にようやく気付いた。

なんか…倦怠感っていうか…体、重くないか?
初めは目のかすみだった。テレビがぼんやりとしか見えなくなり、異様な熱さと手足の重さにはほぼ同時に気付いた。体を起こそうとした時、激しい頭痛が走り私はその場に崩れ落ちる。
風邪だわ。大寒波、風邪をいざなうの巻。

何がラッキーアイテムだよ!と私は今になっても昼間の謎イベントを忘れられず、心の中で叫ぶ。
不審者に会って風邪引くってどういうこと?何もラッキー起きてないんだが!?もしかして綺麗な石ってあれじゃなかった?水切りの石のように平たいやつを拾わなきゃいけなかった可能性が微レ存?
もう無理、と仰向けになり、散々な一日を呪う。何なんだよ今日は…人生で一番不幸なんじゃないの?メノクラゲと触れ合おうとも無傷健康だった私が風邪に倒れるなんて…やっぱあの不審者のストレスかな…それとも窓開けて雪を浴びてたせいか…確実にそっち。
カビゴンより私が病院に行くべきだったと思い、這いずってひとまず体温計を取った。一歩進むごとに鈍痛が頭を襲う。いてぇ。マジだりぃ。もしかして本当にやばいんじゃないの?動悸すらしてきて、鳴った体温計を見ようにも焦点が合わない。何だか朦朧としてきた。

今、この家には私と父だけである。頼りになるカビゴンがいない状況で、私の生存本能が警笛を鳴らした。この駄目親父を当てにしてたら死ぬぞ、と。
生きねば!と覚醒し、電話を終えた父に体温計を見てもらうべく声をかけた。娘の異常に気付いた時にはもう…という展開になりそうだったから、全力のSOSである。しかし声量がいつもの半分だ。本当にやべぇ。暑いのか寒いのかもわからなくなってきた。

「…父さん」
「ん?」
「これ何度?」
「0度だって。寒いよねー」

気温の話じゃねぇよ。
こっち来い!と中森明菜なみのかすれ声で呼び付けると、だるそうに歩いてきた父は渋々体温計を見て、その瞬間から態度を改めた。

「40度!?」

父も驚いていたが、私も驚いた。朝が弱いニート、平熱は高くても36度代だからである。
40て。死ぬやん。人間が蓄えていい温度を越えてるだろ。聞いただけでも具合が悪くなりそうで、症状は悪化の一途を辿る。
どうしよう。病院行った方がよくないかな?夜だけど。救急外来があるでかい病院はそんなに近くないので、車で行かなくてはならない。父さん徹夜明けっぽかったし、熱じゃなくても事故って死ぬかもな、この雪じゃ。
縁起でもない事を考えた時、ハッとした。
そうだ、大雪なんだった。

「おいレイコ!」

さっきはまだ吹雪いてたよな…と記憶を辿っていると、高熱に驚いたきり消えていた父が戻ってきた。さすがに親の自覚はあったのか、血相変えて揺さぶってくる。いてぇわ。病人だっつってんだろ。

「救急車もタクシーも雪で来られないって…どうしよう!」

どうしよう!じゃねぇ。頼むから自分で考えて。大人でしょ。今の私IQ2とかだから何も考えられないですよ。
どうやらスピーディーに電話をしてくれたようだが、そんな絶望的な事実は聞きたくなかったため、私の死期は早まるのみって感じである。
本当こういうところが無理だわー。大丈夫、お前は何も心配しなくていい、くらい言ってくれんか?不安煽ってどうすんだよ。本当の事を言えばいいと思ってるあたりが共感能力ゼロ、BBC版シャーロックと一緒。やってらんないね。
とりあえず毛布とマスクを持ってきてもらい、それらを装備しながら私はかつて海水浴場で出会った海パン野郎の言葉を思い出していた。熱が出た時はとにかく温かくすること、それから水分を取る、ビタミンCの摂取も効果的だね、そしてメノクラゲに刺された時は迷わず119番。かつて父の研究でクラゲの毒について調査をさせられていた時に出会ったその男は、そう言い残すと救急車で運ばれていった…メノクラゲに刺された傷を治すために…。
なんだか走馬灯のようにこれまでの出来事がよみがえってきて、このまま死ぬのかもしれないと私は虚ろな目で天井を見た。海パン野郎の助言だけじゃ生き残れる気がしないよ…だって40度だからね。夏場の風呂なみの温度。
またいつの間にかいなくなっていた父は、今度こそ親としての責任を放棄したのかと思ったけど、頭に雪を乗せた状態で戻ってきたので、外の様子を見に行っていたようだ。そしてその姿を見るに雪はいまだご健在、松岡修造不在の影響は根強い事を思い知らされる。
今こそ試されるぞ親としての能力が…と父の出方をうかがっていたら、いつになく決意に満ちた表情で私に告げた。

「…よし、車を出そう」

微塵も生存率上がらねぇ。私は一瞬気絶した。

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