ダイヤモンドは砕けるT

「今日は運命の人に出会っちゃうかも!?ラッキーアイテムは綺麗な石です!」

ふざけたテレビの占いが、頭の中で蘇る。

「…綺麗な石だ」

家まであと数歩という距離での出来事だった。私は明らかに異質な物体が落ちているのを見つけ、それを思わず手に取った。ビー玉のような丸い石だが、どう見ても七色に光っている。これが自然の物だとしたらこの世はおかしくなっちまったんだろうな、という感じだったので、確実に人工物、つまり誰かの落とし物だろう。あとで交番に持っていくとして、ひとまず私はカビゴンのボールを取りに一度家へ入った。今日はカビ公と公園に行く約束をしているのだ。

私はレイコ。義務教育真っ只中の小学生である。
将来の夢はニートです、といった作文を書いたら書き直しを命じられるというシビアな教育機関で日々を過ごしている私は、一刻も早く卒業を願う可憐な美少女だった。そして学校には内緒でポケモントレーナーをやっている不良でもあった。
通常、小学校を卒業する十歳まではポケモンを持ってはいけない事になっている。しかしひょんな事からカビゴンをゲットしてしまった私は、年齢を偽って夜の街でポケモン勝負三昧…なんて事はせずに、普通に公園などでカビゴンと日々戯れている。
ヤマブキの格闘道場の裏には一風変わった公園があって、遊具はブランコしかないにも関わらず、何故かサンドバッグがやたら置いてあるという子供には不人気なスポットなのだが、カビゴンはそこがお気に入りだった。ひたすらに己を鍛えたいとでも言うのか、ロッキーのようにパンチを繰り出しては休み、頭突きを食らわせては休み、を繰り返している。その間私はブランコに座ってソシャゲだ。全然戯れてねぇ。

別に近所だから連れて行くのは全然構わないんだけど、季節は現在冬…夜から大寒波なんて天気予報が流れていたから、当然のように寒い。寒いけど厚い脂肪のカビゴンにそんな事は関係なかった。ストレス発散のために春夏秋冬外出に付き合わねばならず、トレーナーがいかに大変かというのを同級生たちより早く体験してしまったわけである。
生きるって…苦労が絶えないな…幼いながらにして悟るレイコであった。早くニートになりてぇ。

白い息を吐きながら公園に行った私は、いつも無人なので今日も当然そのつもりで赴いていた。たまに格闘道場の人が訓練してるけど、前にポケモン勝負でボコボコにしてからは譲ってくれるようになった。一緒に使いましょうよって言っても遠慮された。強さの代償に大切なものを失っている気がする。
しかし、今日は無人でも、道場の人がいるでもなく、非常にイレギュラーなケースが発生した。見知らぬ人がいたのである。
まだ日は高く、平日の日中と言って差し支えない時間帯だ。普通の人なら仕事をしている時に、公園のブランコに座った成人男性と、サンドバッグを微笑ましく蹴飛ばすヒトカゲの姿があり、無垢な子供である私は棒立ちせざるを得ない。

誰やねん、この不審者。
何だか危険な香りがしたので、私はボールからカビゴンを出して身構えた。
マジで何?こんな時間にこんなところでブランコに座った男?確実にやばいだろ。
よく見ると男はニット帽にコートとマフラー、極めつけにジョンレノンのようなサングラスをかけていて、まさに完璧な不審者、これぞ不審者の鑑、どう頑張っても職質は免れないでしょうねという格好だったため、警戒しない方が無理というものだった。物騒な世の中である。防犯ブザーをポケットに仕込みながら、逆にこれで不審者じゃなかったらファッションセンスを見直してほしいと私は願った。
あそこでサンドバッグ蹴ってるヒトカゲは不審者の手持ちなんだろうか…あの空間の和やかさが不穏さを緩和しているけど、可愛さで釣って児童を誘い込む作戦かもしれないし、微塵も油断はできない。とにかくここにいるのは得策ではないね。なんか嫌な感じするわ。父さんも直感は大事にしろってよく言ってるし。私も母の産道通ってる時、アッこの親父の子供になっちゃいけない気がするって思ったもんな。生まれ直したい。

今日は遊べないよカビゴン…と腕を引っ張りつつ、しかし私は強いポケモンを持つ正義のトレーナー…不審者を野放しにしていいの?という健気な気持ちもあって、どうするべきか考えあぐねている。
私がここで逃げたら…他の誰かが犠牲になるかもしれない…とりあえず道場から大人の人を呼んでくるべきだろうか。ポケモン勝負は私には及ばないが、リアルファイトなら右に出る者はいない人々である。頼りにさせてもらおう。
そうと決まれば道場に駆け込みだ!と後ずさった時、私の足音に不審者が気付いてしまった。やばい!と硬直した時にはヒトカゲ共々こちらを向いていて、思わずカビゴンの手を握った。そしてモールス信号で伝える。タスケテ、と。

「やぁ」

話しかけられた!やばいぞ!
ほとんど口元しか見えない不審者だったが、口調が随分フレンドリーで私は逆にひるんだ。こういう犯罪者は大体話しかけてこないってプロファイリング系刑事ドラマでよく言ってるからだ。テレビっ子をなめないでいただこう。
どうしよう…とカビゴンの横で固まりながら、近付いてくる男とヒトカゲを見つめる。おいヒトカゲめちゃくちゃ可愛いな。こんな可愛いポケモンを犯罪の道具に使ってんじゃねぇよ。
距離が縮まると、不審者はなかなかスレンダーな男だとわかる。年は若いな…サングラスが邪魔だけど、イケメンかもしんない。背も高いし、着てるコートもブランド品っぽい。想像していた犯罪者像とどんどんかけ離れていくから、私は混乱を極めていく。

不審者…なのか?本当に?単純に公園で休んでただけ?
いや待て、と疑いを解こうとする自分を律した。落ち着け。まだ結論を出すのは早いぞ。油断させておいてっていうパターンもあるからな…最近の犯罪は手口が巧妙なのだ。振り込め詐欺も、あれだけ注意喚起されているにも関わらず被害に遭ってしまう人が絶えないくらい巧みな話術で騙してくる…私のように判断能力が低い子供なら尚のこと注意が必要である。気を引き締めていこう。
おどおどしてると付け込まれるかもしれない!と私は大きな声で返事をしようとした。弱い者は狙われる!ジャングルもコンクリートジャングルも同じ!

「そのカビゴン…きみの?」
「えっ?あ、はい…」

口を開こうとしたところでにこやかに尋ねられ、私は素で頷いてしまった。馬鹿野郎。学校で習った不審者対策を忘れたか。
防犯ブザーの栓をいつでも抜けるようにしながら、慎重に見極めようとしていると、男はヒトカゲの尻尾に手をかざしながら微笑む。暖取ってんじゃねぇ。

「すごく強そうだ」

お目が高い不審者に、私は思わずニヤついてしまった。自分のポケモンを褒められて喜ばないトレーナーはいないからだ。
ふーん…不審者のわりにはなかなか見る目あるじゃん。そこの格闘道場のおっさんなんか、このエビワラーの引き締まった筋肉に脂肪の塊が勝てるわけなかろう!とか言ってボロ負けしてたけど、それに比べたら随分マシなコメントだね。
疑いは晴れていないが、チョロい私は少し警戒を解いてしまい、得意気な顔をしてカビゴンの腹を叩く。

「強いよ」

本当に強い。私も初めてバトルした時ビビり倒したもん。トレーナーにも関わらず残像すら見えなかったから。何故か最初から強いんで。苦手な格闘タイプのエビワラーを一撃だよ?どうかしてるよ。私と出会う前なにしてたんだよ。007か?
ヤマブキのジェームズ・ボンドを興味深そうに見つめると、不審者はヒトカゲに何やら合図をし、自身の前に立たせる。ついに痴漢する気か!と私は一歩引いた。
いい度胸じゃねーか。007は殺しの番号だって知らないのか?この最強のカビゴンを前にして女児に犯罪行為とは余程愚かなのか、もしくはそのヒトカゲがめちゃくちゃ強いかのどっちかだな。暖取ってたけど。私にも貸してくれ。
来るなら来いよ、と拳を握る。ヒトカゲ諸共戦闘不能にして警察に突き出してくれるわ。今時の小学生なめんなよ。威勢は良くとも心音はかなり速まっている私に、男は口角を上げたまま、想像と全然違う言葉を投げかける。

「トレーナー同士、目と目が合ったら…」

合ったら…?

「する事は一つだよね」

なるほど、クッキングバトル…ですね?
ふざける私をよそに、好戦的なカビゴンは一歩前に出た。トレーナー同士、目と目が合ったら、それはもちろんポケモン勝負である。お前サングラスしてるから目見えないけどな。意外な展開に拍子抜けしつつも、私は相当ホッとした。
トレーナーなんだ、この不審者。ポケモントレーナーならまぁ平日にうろついててもおかしくないかもな。公園で黄昏れてるのはおかしいけど。リストラサラリーマンかと思われるぞ。
いろいろ迷ったが、カビゴンがすでにやる気なので私はあえて止めない方向で行くと決めた。まぁきっと…大丈夫でしょう。たとえカビゴンに何かあっても裏には格闘道場があるし、防犯ブザーもあるし、何より誇示したい、この力!自慢したいの!学校には内緒だからフラストレーション溜まってんのよ!是非見ていただきたいカビゴンの強さ。そして自首してほしい、罪を犯したのならば。

「だけど私小学生だから、本当はトレーナーじゃないけど」
「えっ、そうなの?」

そう、小学生だから…もし手を出したらお前の人生は終わる…。軽い牽制をしたが、小学生がポケモン持っちゃ駄目だろ!などという説教が来るでもなく、そうなんだと軽い感じで流された。違法行為を見過ごすという事はやはりお前は不審者なのか…それとも単におおらかなのか…わからない、ブザーを鳴らすべきか否か!

「でも僕あんまり強くないからねー。君がトレーナーじゃなくても負けちゃうかもな」

そう言った不審者は本当に強くなかったので、単に変わった人なのかもしれない…と防犯ブザーから手を離す私であった。

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