「プラターヌさんはね、進化研究で有名なナナカマド博士のお弟子さんでね、なかなか将来有望な若者なんだよ。お前が学校行ってる間うちに尋ねてきてくれたんだけど、その時こういう…石を持ってきて、この石と同じエネルギーのものを探してるっていうから一緒に資料を見てたんだけど…」

病室のベッドでリンゴを食べる私は、どうでもいい父の話を聞き流しながら凝りまくった首を回す。

高熱を出し、雪の中で立ち往生していたはずの私は、気付いたら病院にいた。
ひどい頭痛はおさまり、汗一つかいていない状態で横たわっていたわけだが、なんと二日間も寝込んでいたというのだから驚きである。微塵も記憶がない。夢さえ見てない。なんか親切なイケメンが助けてくれたような覚えはあるけど。プラターヌだかなんとかって名前の。
そこそこ危ない状態だったらしいから、あそこで助け舟を出してくれたプラターヌさんとやらには感謝しかなかった。めちゃくちゃ体だるかったからな…それでも父のふざけた言動に憤る余裕はあったから、まさか本当に死にかけてるとは思いませんでしたけども。娘が死にかけの状態で他人のコートの心配できる親とか本当どうかしてると思うぜ…これはガチのやつな。逆にお前が死にかけてくれよ。死にかけなくてもいつか私が引導を渡してくれるわ。剥いたリンゴを自分で食べる父を殴りながら、私は点滴を引っ張る。

「そんでいつ退院できるの?」
「明日はもう大丈夫だってよ。一時はどうなるかと…あそこでプラターヌさんと会ってなかったらやばかったね…」
「ちゃんとお礼言っといてよね」

口頭だけで済ませそうな父を私は睨む。コート駄目にしたんだからな、ちゃんと相応のものも贈っておけよ。はっきりとは確認できなかったがかなりいいコートだったように思う…何かに比べたら安いとか言ってたが…何だっただろうか。可憐な美少女の命?そうかもしんない。そうでしょうねきっと。
こういうお礼って何したらいいんだろうなぁ…と真剣に悩む父は、ついにリンゴをナイフで滅多刺しにし始めたので、これ以上このサイコパスに傷付けさせるわけにはいかないと私はリンゴを奪い取った。欠けたウサギの耳が凄惨さを物語っている。

「…このリンゴどうしたの?買ったやつ?」
「いやプラターヌさんのお見舞い」

見舞いにまで来てくれたのかよ。どんだけいい人?神棚に写真飾らせて?

「そのお花もだよ」

お洒落だよねぇと唸った父の視線の先を見れば、和風の花瓶に赤い椿が一輪挿してあり、お洒落だねぇと私も思わず唸った。なんだこれ、假屋崎省吾?見舞いにしてはセンスがありすぎるでしょ。
日本の花が好きらしいよ、と妙な事を言ったので追及したら、プラターヌさんはカロス出身なのだと父は答えた。カロスというとどこかで聞いた気がしたが、あまりいい記憶ではない感じがしたのでそれ以上深く考えるのはやめておく。
カロスか…外国かな。椿なんてあんまりお見舞いに持って行ったりしないもんだけど、海外の人だからその辺よくわかんなかったのかもしれない。普通に縁起悪そうだもんな、首落ちる花だし。でも幸せならOKです。めちゃくちゃ綺麗。お洒落。ちょうど冬の花だし風流で最高。イケメンからの贈り物なら尚最高。

「でもなんか変なこと言ってたなぁ…」
「え?」

ずっとプラターヌを称賛していた父だったが、不意に何かを思い出したように呟く。

「レイコのこと、謙虚で素敵なお嬢さんですねって」
「事実じゃん」
「いやでもレイコの話なんてした事もないのに…もしかして会った事ある?いや会った事あったら謙虚じゃないのはすぐわかるか…」
「おい」

失礼な父親に思わずナイフを投げつけかけたが、点滴が引っかかったので阻止された。命拾いしたな。
控えめないい子に見えたんでしょ、と適当に流し、椿を見ながらリンゴを食べる。そういえば最近誰かにも謙虚だねって言われたような気がして、私はふと手を止めた。
なんか聞き覚えあるな…謙虚って…思い違いかな?自分でも謙虚とは程遠い性格である事を熟知しているから、きっと夢でも見たんだろうとすぐに記憶の掘り起しは中断させた。
それよりもカビゴンが心配である。ずっと預けっぱなしなので、もしかしたら寂しがっているかもしれない。センターで快適に過ごしている事など知らないレイコは、トレーナーの元を離れて不安がっているポケモンを想像して胸を痛めた。早く退院したいよ。カビゴンが不審者の変態ウイルスに感染してないかどうかも確かめたいし。
このとき不審者に会った事を見事に思い出してしまって、私は深い溜息をついた。そうだった…不審者と不審バトルしたんだったわ…マジで何だったんだあの男…石拾っただけで運命とかほざいてきた危ない兄ちゃん…同じように他の女児とポケモン勝負して通報されてないか心配ですよ。どっちかというとプラターヌさんの方が運命的な出会いだったと思うな私は。命の恩人だし。顔もいい。とにかく顔がいい。
あんなイケメン絶対一生忘れないな…と信じているレイコは、これより数年後、カロスの地で再会する事など知る由もなく、また完全に記憶から抹消されているであろう事も、予想だにしていないのであった。

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