その日から、私は足しげくカビゴンの元に通いつめ、嫌いな食べ物を片っ端から残飯処理機に放り込んでいった。
慣れてくるとトトロごっこをして遊び、といっても私が一方的に遊んでるだけだが、腹に乗っても気にした様子はないので、次第にカビゴンの上は寛ぎの場と化した。人を駄目にするソファの爆誕である。

こいつのせいで船酔いの日々だけど…でもこれはこれで悪くない気もしてるんだよなぁ。
私は嫌いな給食を流し込める快適な生活と、船酔いに苦しめられる不快な生活を天秤にかけ、その間でひたすらに揺れていた。

まぁいつまでもこんな暮らしが続くとは思っちゃいないが…カビゴンがいなくなればそれはそれで寂しい気もする。巨漢のわりに気のいい奴だし、寝てばっかりでおとなしいしな。味覚は死んでるけど無害である。

でもそんなポケモンが、どうしてこんな場所にずっといるんだろう。
私はカビゴンの腹の上で首を傾げ、なんにもないところなのにね、と語りかける。寝てて聞いちゃいないが。

ずっといるといえば、釣り人の爺さんもそうだ。私がカビゴンにパンを与えに来る時にはすでにいて、いつもその辺で釣りをしている。バケツを覗いても何も入ってないから、壊滅的に釣りが下手なんだろう。諦めろよ向いてないから。
たまに学校生活について愚痴ったりもするが、爺さんはにこやかに聞いているだけで、特に何か告げたりなどはしなかった。静かな釣り場を求めてこんなところにいるのかと思ったけど、私が算数の宿題ができなくてヒステリーを起こしても何も注意してこないから、単にボケてんのかもしれない。徘徊老人とかじゃないよな?


そうやって三者三様にフリーダムな毎日を送っていたある日の朝。今日も地獄の船酔いか…とトーストにジャムを塗って絶望していた時、突然父が食卓に着いて、私に話しかけた。

「あのカビゴンの正体がわかった」

私は危うく、くわえていた食パンを皿の上に落とすところであった。ちなみにこのパンは美味しいパンである。
何の前触れもなくそう言われ、一瞬、私がカビゴンという名の残飯処理機と遊んでいる事がバレたのかと焦った。しかしそれなら、パンくらい自分で食えよ!と怒られているはずなので、単なる世間話だろう。

世の中は忘れつつあるけど、桟橋封鎖カビゴンは地元民にはまだまだホットな話題だからな…加えて父にもカビゴンの措置について相談が来ていたから、話題にのぼってもおかしくはない。
びっくりさせんなよ…と内心びくつきながら、素知らぬ顔で首を傾げた。

「カビゴンって…あの桟橋の?」
「他にどのカビゴンがいるんだよ」

そりゃそうなんだけどお前に言われると腹立つわ。

「昨夜父さんのところにも報告があったんだけど、実はあのカビゴン…飼い主がいるらしい」
「え!?マジで!?」

親父にキレている時に予想だにしなかった真実を突きつけられ、私は思わず素の声を上げた。だってどう考えても野良としか思ってなかったからだ。
改めて思い返してもトレーナーがいたとは思えず、私はトーストをかじりながら神妙な面持ちになる。

マジかぁ…飼い主いたんだ。でも確かに人馴れしてる感じだったもんな。それはあの釣りジジイが海藻食わせてるせいだと思ってたけど、それ以前から飼い慣らされてたわけか。
人ん家のポケモン勝手に餌付けしちゃったじゃん…と微妙に焦り、でも飼い主なりトレーナーなりがいるなら、余計にあの桟橋にいる理由がわからない。
謎が深まるばかりの私に、父は続きを話した。

「何でも…あの辺で釣りをしていたお爺さんのポケモンだったんだって」
「だった?」

何故に過去形?さては捨てられたか。年金じゃ食わせられなくなったんだろう。ギャル曽根10人分くらいの食事量だろうしな。

捨てた奴が特定できたなら、ようやく事態が動き出しそうだ。飼い主の処分はさておき、カビゴンをボールに入れてあそこから移動させてもらえば通れるようになるので、さっさと行動に移していただきたい。
解決したならよかったじゃん、とパンをかじり、私は終わりの見えてきた船通学を素直に喜んだ。同時に、残飯処理カビゴンとの日々を振り返って、何だか心にぽっかり穴が開いたような気分にもなる。

そっか…もうパンをあげられないのか…。
捨てる場所を探すのもだるいが、あの腹の上で寛げないのも寂しく、味気ない日常がさらに味気ないものになりそうである。
まぁ邪魔は邪魔だから早くどいてほしいけどな、と現実的な一面を覗かせる私であったが、さらなる父の言葉で、事態はもっと複雑だと理解するのだった。

「でもねぇ…亡くなったんだってよ。カビゴンの飼い主」

ゲンドウポーズで呟いた父を、私は二度見した。発言も衝撃的だったが、私があとで食べようと思っていたトーストの半分を、普通に食ってやがったからだ。自分で焼けよクソ野郎。

私は父をビンタしながら、まさかの展開に目を見張る。

マジかよ。そういう話だったの?捨てられたんじゃなく、先立たれてしまったというわけ?
思いの外ハードな理由だった放置カビゴンに、私はわずかに同情心を抱いた。この超高齢化社会、確かに死後のペット問題は年々深刻になっていくけど、よりによってあんなでかいポケモン残して旅立つかよ。迷惑すぎる。やっぱ生前にきちんと処理をしておくべきだな。独り身ニートを目指す者として終活の大切さを肝に銘じるレイコであった。

「釣りの最中に心筋梗塞でそのまま…」
「心臓が酸素不足になって壊死してしまうあの病気か…」
「無駄に詳しくない?」

謎知識を披露する私に冷めた目を送る父は、その飼い主には身内もいないからカビゴンの引き取り手も見つからなくて、つまり完全に詰みだという事を教えてくれた。解決の兆しが見えたかと思いきや、逆にお先真っ暗になってしまい、私の絶望も深まるばかりである。

そりゃ名残惜しいとは言ったけど…でも邪魔だとも言ったよな?どっちかというと邪魔っていう感情の方がでけぇよ。不便で仕方ねぇんだよ。
まだ嘔吐と戦う生活は続くのね…と溜息をつき、また何かわかったら教えてもらうよう父に頼んで、私はランドセルを背負った。行きたくなさはピークだったが、それでも帰りにカビゴンに会えると思うと、多少は頑張れる気がする。愛憎渦巻く関係であった。

「あのカビゴン…もしかしたら亡きご主人が迎えに来るのを待ってるのかもしれないな…」

去り際に父がそんな事を言うもんだから、私は今日一日、何だかいろいろ考え込んでしまった。

忠犬ハチ公じゃあるまいし…あの図太い偽トトロにそういう感情があるようには見えないけど…でも顔のパーツ少ないから何考えてるかよくわかんないしな。ずっとあそこにいるし、釣り人だった飼い主を待ってる可能性は確かになくもない。

でもどんなに待ってても、もう私とジジイしか来ないんだよな。
あの巨体を維持するのに、パンと海藻だけじゃやっていけないだろう。諦めて食料の溢れかえる場所へ行くべきだと思う。それがお前のため、そして私のためなんだよ。
今日も今日とて待ち受けていた船酔いに、私は地獄の体調不良を起こして、やっぱカビゴン早くどっか行ってくれ…!と桟橋に念を送るのであった。
さっさと東京ドームに住め。

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