「カビゴンいつの間にかいなくなってたってさ。あれだけ微動だにしなかったのに」

私はパンにジャムを塗りながら、不思議がる父の声を聞き流し、朝のニュースに耳を傾けていた。
カビゴン桟橋封鎖事件の解決をどの局も報じていたが、どうせすぐに風化していくのだろうという事を、私は悟っていた。突如現れたカビゴンは去る時も突然であり…とZIPで桝が神妙な顔をし、私はそれを冷ややかな目で見るばかりである。
もちろん世間は私の華々しい活躍を知らないので、カビゴンの行方も事件の真相も謎のまま…となっているわけだが、その謎を究明する者はきっと現れないし、このまま人々から忘れ去られていくに違いない。ほとぼりが冷めるのを待つ間に、私はやらなくてはならない事があるため、今はその事で頭がいっぱいだった。

たとえ世間では事件解決となっていても、私の中でこの件は、まだ終わりを告げてはいないのだ。
まぁ道通れるようになってよかったね、とのん気に話す父に、いつ切り出そうかと私は思案している。そう、カビゴンを私が勝手に捕獲して連れ帰った事をだ。

冷静になってみると、普通にやべぇな…と冷や汗を流す他ない。
だってカビゴンだしな…しかも事件の渦中オブ渦中のカビゴンだし、わりととんでもない事をした自覚が出てきて、いかに親父を舐め腐っているといえど、言い出しづらいものがあった。

別にポケセンで飯食わすだけならできそうだし黙ってても大丈夫かな…って一瞬思ったけど、普通に隠し通すのは無理そうである。
まず朝昼晩の三食じゃカビゴンには圧倒的に足りない。仮に三食制度としても、朝晩はともかく昼間は学校なので、カビゴンにご飯を与える暇がないわけだ。本当にこれがキャタピーとかならこっそり飼えてたと思うよ、学校に連れていく事もできたと思う。
でもでけぇからカビゴンは!でかすぎる!こんなでかい生物を家族の協力なしに飼えるわけがねぇ。ちょっと考えたらわかる事だったわ。

しくじった…と頭を抱え、しかし一切の後悔などない私は、たとえ怒られようとも必ず父を説得してみせると意気込んでいた。若干勝算もあった。
何事も後ろ向きで積極性のなかった私が、カビゴンを飼いたいと初めてニート以外の希望を告げたら、父も驚いて了承するかもしれないだろ。これが作戦です。何故これで勝算があると言えたんだろうな。

「…父さん」

どっちにしろ正直に話すしかないため、私はトーストを置き、冷めるのも構わず告げた。

「私…実はペットを飼いたいんだよ」
「…え?」

思った通り、私らしからぬ発言に、父はこちらをわざとらしく二度見した。ウザすぎてもう匙を投げようかと思ったが、ここはカビゴンのためにもグッと抑えて冷静になる。
落ち着け…まだ戦いは始まったばかりだぞ…!

「…はぁ?将来の夢はニートって書いた作文を提出して怒られたお前が?ペットだって?」

めちゃくちゃ煽りやがるこいつ。いきなりキレそうだわ。

早口で非難する父を殴りそうになった私は、何とか拳をおさめつつ、この男のペースに乗るわけにはいかないと気を強く持った。そもそも下手に出ようとしたのが間違いだったと気付き、私は背筋を伸ばす。

我が父ながら本当にムカつくわ。天下一品のムカつき。神から与えられたその才能を恨めよ。
大体なんで私がこのクソ親父に頭下げてお願いしなきゃいけないんだよ?あのカビゴンのせいで困ってたのはみんな同じですよね?それを私が一滴の血も流さず解決したんだぞ、さながら無血開城の勝海舟のごとく!褒められる事はあっても、怒られる謂れは一切ないな!そういう事にしよう!
ふんぞり返った私は、ハイパーボールを取り出して机の上に置いた。父は訝しげにそれを凝視し、意味がわかっていなさそうだったので、もはやこれはお願いではなく強要なのだという事を知らしめた。

「ちなみにもう拾ってきたから」
「え!?事後承諾じゃん!」

私の不誠実な姿勢に、父は当然怒りを露わにした。筋の通らない話だと私も思うが、不可抗力的な部分もあるので、納得していただく他ない。
しばらくぶつぶつと小言をほざいていたけれど、私はその間に机を動かし、椅子を動かし、積んである雑誌を動かし、広いスペースを作り上げる。こんなもんかな…とサイズ感を思い出しながら部屋を見渡した。
父の説教を一通り聞き流したのち、再びボールを手にし、相手から離れて直立する。なんで遠ざかったの?と怪しむ父へのアンサーを投げるべく、私は上から目線で見下しすぎのポーズを取った。

「まぁ…元の場所に戻して来いって方が父さん的には困ると思うから、素直に許可した方がいいと思うなぁ」
「は〜?」

あと一歩でキレそうな父を一瞥し、イキっていられるのも今のうちだぞ、という意味を込めて私は優しく微笑んでやった。意味深にボールをチラつかせると、父も段々嫌な予感を覚えたのか、黙って成り行きを見守り始める。懸命な判断だ。

これから何が起きるかわかっていない父に向かい、私は軽くボールを放り投げた。キラキラと光が飛び、ボールエフェクトに包まれて出てきた存在が地響きを立てたのを感じて、私も父も思わず壁に手をつく。圧巻の光景であった。

「どういう意味かわかるよね」

まるで脅迫のような発言に、父は無反応だった。というか驚きすぎて何も言えないみたいだ。だってどこかへ消えたと思っていた巨神兵が、我が家のリビングに堂々と鎮座しているんだからな。

どうかな父さん。これでも元の場所に戻して来いって言う?

「ね?飼ってもいいでしょ」

愛娘からの純粋極まりないお願いに、父は白目を剥いて頷くのだった。

  / back / top