なんか余計にわかんなくなっちゃったな、レイコさんのこと。

私は頭の中で印象が変わり続けていたレイコさんが、とうとうコナンの犯人のように全貌の見えない人間と化してしまったことを憂いた。

イッシュを救った英雄だなんて言うから…てっきりアンジェリーナ・ジョリーみたいな強さと美しさを兼ね備えた女性だと思ってたけど、チェレンさんを惑わす魔性な部分もあるんだったら、もっと橋本マナミみたいな感じかもしれない。そんで図鑑を完成させるタフさも兼ね備えてるんでしょ?そしたら吉田沙保里タイプの可能性もあり…なんかもうわかんなくなっちゃった。
私は溜息をついて、やはり会って確かめるしかないか…と結論付ける。

ここまでくると、どうしても会いたいな。とりあえず今はイッシュを巡りたいけれど、それが終わったらカントーに行きたい。そしてレイコさんに会い、チェレンさんを振るに値する人間かどうかを確かめたいんだよ!やっぱ納得いかねぇ!いまだにチェレンさんの心を縛りつけるレイコさんが、どれだけのもんか確認しないと治まれませんよ!

一体どういう立場なのか、私はチェレンさんに肩入れし、そして彼の恋を応援したいと思った。
あの様子…どう考えても未練あるもんな。絶対いまも好きでしょ、レイコさんのこと。乙女だからわかるもん。何かと目をかけてもらってる分、チェレンさんには恩返しをしたいし、二年前とはまるで違うという事を知らしめたいんだ私は。無職の彼女にね。

初めはろくでもない女だと思った。でも様々な実績を経てのニートならば、話は変わってくる。ただの無職と、イッシュを救った最強の無職では、天と地ほどの差があると思いませんか?私は思うね。きっと二人で手と手を取り支え合っていける、そう信じてチェレンさんの背中を押すよ!あなたの恋を応援する、それをこの観覧車に誓うわ!取り壊されるかもだけど!

「邪魔だなこいつ…」

そうして決意表明をしている時に、不意に隣から声が聞こえて、私は肩をすくめた。
百面相してたからチンピラにいちゃもんでも付けられたのかと思ったが、横に座っていたのは一般女性である。リュックからぬいぐるみのようなものを引っ張っているところを見るに、それについてのコメントだったのだろう。つまり独り言だ。

び、びっくりした…いきなり絡まれたかと思った…。ホッと胸を撫で下ろし、一体こんなところで何をしているのかわからない女性をじろじろ見ながら、私は目を細める。

何してるんだろう、この人。リュックにぬいぐるみなんか詰めて…あれか?ぬいと旅行写真撮るタイプのオタクか?
言われてみればそう見えなくもなく、しかし観光客にしては場に馴染みすぎているから、地元民の可能性もある。何だかすごく普通の人だ。年は私よりぼちぼち上だろう。どこにでもいそうなお姉さんって感じ。

謎の女性の横に座ってしまった数分前の自分を少し責めつつ、しかし彼女がリュックから出したぬいぐるみが、ピッピ人形だと気付いて、自然と興味を引かれた。

あれって、カントーの土産で有名なピッピ人形か。初めて見る実物の意外な大きさに、私は目を奪われてしまう。
でかいな普通に。めちゃくちゃ邪魔そう。実際お姉さんも、リュックからなかなか出てこないピッピ人形に苦戦しているようで、やっと取り出せた時には安堵の表情を浮かべていた。なんで持ち歩いてるんだそんなもん。携帯できるサイズ越えてるでしょ。

怪しい女を観察しながら、彼女が私との間にピッピ人形を置いたので、何だか奇妙な並びになってしまった。まだ新しそうなぬいぐるみは、観覧車を真っ直ぐ見つめている。

可愛いな、ピッピ人形。子供の頃欲しかったんだよなぁ。でもカントー限定だから手に入らなくて、すごく残念だったの覚えてるよ。
懐かしさに浸っていると、ピッピにお姉さんの肘が当たり、人形がぐらついた。何をしているかと思えば、彼女はリュックを漁っていて、どうやら何かを取り出そうとしたがピッピ人形が邪魔だったらしい。当たり前だろ。本当なんで持ってるんだこんなの。

謎が深まったところで、不運にも肘鉄を食らったピッピ人形はバランスを崩し、ベンチの上から落ちてしまった。憐れなピッピを私は反射的に拾い、ここで初めて女性と目が合った。
真っ直ぐ見つめられ、何だか吸い寄せられるような感覚を覚える。すごく普通の人だけど…なんだろう、不思議な感じがする。

見とれている場合ではないので、ハッとしながら人形を渡し、苦笑する。

「あ、これ…」
「すいません…ありがとう、拾ってくれて」

申し訳なさそうに受け取った彼女は、自分の持ち物だというのに、困った様子でピッピ人形を見つめていた。とてもじゃないが大事にしているようには見えず、溢れ出るわけあり感に、またしても私の好奇心が刺激された。

ど、どういう状況なんだ…?ライモンの観覧車って何かを抱えた人が行きつく先なの?チェレンさんといいこの人といい、遊園地にいるというのに暗い雰囲気を放ち、賑わう中で浮いている。
微妙な距離感だった事もあり、私はピッピ人形をダシに、思い切ってお姉さんに話しかける事にした。気の良さそうな人だったし、きっと邪険にはされないはずだと信じての強行だった。

「それ…ピッピ人形、可愛いですよね」

あながち嘘でもないトークで切り込んでいったら、彼女は私を振り向いたあと、すぐに困ったような顔に戻った。気さくに答えてはくれたが、どうやらピッピ人形を持て余していたらしく、眉を下げながら静かに事情を語り始めた。

「ああ…レッドに…いや知り合いにもらったんだけど…布教用っていうか…」
「は?」

すでに全てが謎。

「ピッピ人形って…投げると野生ポケモンから逃げれる便利なアイテムじゃないですか」
「はい」
「それが最近じゃカントーでもポケじゃらしに需要を奪われてるらしくてね」

え?もしかして企業の人なの?
市場的な話をされ、私は自分で聞いておきながら戸惑った。まさか可愛い人形から商業トークに発展するとは思わず、予想外の展開に驚きを隠せない。

確かに…トレーナーでない人間はポケじゃらしを持ち歩き、うっかり野生ポケモンに出くわしたらそれを使って逃げるというのはわりとよくある話だ。イッシュにはピッピ人形は売ってないから、使うのはもっぱらポケじゃらしである。
それがピッピ人形の本場カントーでも、ポケじゃらしの方が売れていると聞き、私は驚きながらも納得した。だって邪魔だもんピッピ人形。でかいし。しかも可愛いからこれを投げ捨てる事に抵抗がある。その点ポケじゃらしには愛着など湧きようもなく、さらにコンパクトで持ち運びに優れている。どちらが使いやすいかは一目瞭然だろう。

しかしそれとこれに何の関係が…?私は心なしかアンニュイな表情のピッピ人形を見つめ、彼女の話に耳を傾けた。

「顔の広い友人がさ、ピッピ人形の良さを全国に広めてほしいってポケモン大好きクラブの会長に頼まれたんだって」
「はぁ」
「で…私にも協力してほしいって事でこれを…」

溜息をついたお姉さんの言葉で、大体の事情を察した。それで布教用って言ってたのか。私は頷きながらピッピの頭を撫で、お前も苦労してるんだな…と同情に満ちた視線を送った。

なるほど…それでこの人…微妙なテンションでピッピ人形を持ってたのか。という事はカントーから来たんだ。旅行か何か知らないが押し付けられて困っていると。確かにぬいと写真を撮るタイプのオタクでない限りこれは邪魔だろうね。片手では持ちづらいサイズである。明らかに旅行者には向いてない。
にしても今日はカントー地方に縁があるなぁ…とぼんやり考えていたら、余程人形が邪魔だったのか、お姉さんは神妙な面持ちで私に相談を持ちかけてきた。

「…よかったら貰ってくんない?」
「え!?」

うわ!厄介払いする気だ!別にいいけど!

「って言っても邪魔だよね」
「い、いえ…そんな事は…!嬉しいです…」

正気に戻った彼女を遮るよう、私は声を上げて、ピッピ人形を抱きかかえた。貰えるなら普通に欲しかったからだ。
旅の途中とはいえ、実家にはいつでも戻れる私にとって、邪魔になるという概念はなかった。むしろ子供の頃ほしくてたまらなかったものが思いがけず手に入り、幼女の私が成仏する勢いである。

すごい嬉しい。カントーのポケモングッズって可愛いんだよな〜。なんだか今日は収穫があったようななかったような微妙な日だったけど、これのおかげで清算されたよ。
妙な縁で手に入ったピッピ人形に微笑みかけ、その様子を見たお姉さんも喜んでいたから、一番いい形に丸く収まったんじゃないだろうか。助かるよ、と感謝を述べるお姉さんは、やっとすっきりしたリュックからライブキャスターを取り出し、使い慣れた様子で画面を操作したあと、観覧車を見上げた。あれ?と私は引っ掛かりを覚えて首を傾げる。

この人…カントーの人みたいだったのに…何でライブキャスター持ってるんだろう。
ライブキャスターは、基本イッシュでのみ使える通信機器だ。契約内容によってはよその地方でも使えるみたいだけど、わざわざそんな面倒な手続きをするのも妙な話だし、疑問ばかりが渦巻いていく。

何者なんだ、この人。ただの旅行者じゃないのか?
見えてこない人物像に痺れを切らして、私はまた話しかけてしまった。携帯を出したという事は、誰かを待っている可能性がある。一緒に観覧車に乗る相手かも。

「待ち合わせしてるんですか?」

無難な言葉を投げると、お姉さんはすぐに返事をくれた。急ぎの用があるわけではなさそうだった。背もたれに体を預けながら、溜息まじりに口を開く。

「いや…久々にこっち来たから、知り合いに連絡取ろうと思って」
「じゃあ…やっぱりカントーから?旅行ですか?」
「…そんな感じかな」

曖昧。わけあり感が出すぎている彼女への探究心が止まらないよ。

「この観覧車…」
「え?」
「めちゃくちゃボロくなったな…たった数年で…」

すると彼女は、私が会話を切り出すより先に、唐突に目の前にある観覧車を指差した。前にも来た事があるような口振りで朽ちた遊具を憐れみ、というかわりと引いていた。どんな公害起きたらこんなにボロくなるんだよ…とイッシュへの不信感を露わにしながら呟く。
私はむしろボロくなる前を知らないけど…そんな急速に荒廃したのこれ?複雑な人間の感情を吸い取りすぎて朽ち果てたのでは?

二人乗り限定という闇深い観覧車に私は慄き、そしてこのお姉さんもまた乗った事があるのだとしたら、チェレンさんと同じようにやばい思い出でもあるのかもしれない。
聞くべきか聞かざるべきか悩み、しかし迂闊に尋ねるとチェレンさんの時みたいにうっかり起爆スイッチを踏みかねない。苦肉の策として、自ら語り出すのを私は待った。というか誘導した。もはや誰も私の好奇心を止められはしなかった。

「ボロボロだけど…まだ乗れますよ。私さっきも乗ったし」
「マジかよ…あんまりいい思い出ないんだよな…」

やっぱわけありなんだ。今度こそ山男のトラウマか…?と期待なのか心配なのかを抱き、ドキドキしながら待っていたのだが、意外にも彼女はすっきりしたような面持ちで観覧車を見上げていた。いい思い出じゃないけど、悪い思い出でもないと言わんばかりに。

「でも…一回目乗った時より、二回目に乗った奴の方がまだマシだったな」

そして照れ笑いを浮かべ、まんざらでもない声色で言った。

「だからもう一回乗ってもいいかも」

つられて微笑んだ私も、この観覧車には色んな思い出が詰まっている事を改めて感じた。どれだけボロくなっても色褪せないものが、きっとここにはあるのだろう。このお姉さんも、チェレンさんも、どれだけ苦い思い出だろうが、忘れがたいものがあるから、またここへ足を運んでしまうんだろうな。

「もう一度乗れるといいですね。その…二回目に乗った人と」

イイハナシダナー的な雰囲気になったためか、お姉さんも前向きな言葉を紡ぎ出し、そしてそれが私と話したからだとしたら、すごく嬉しいと思う。

「誘ってみようかな…」

後押しするよう大きく頷き、私は彼女を応援した。なんだか気が重そうな雰囲気だったけど、決心がついたみたいでこっちが良い気分になる。
久しぶりに会う人って緊張するもんね。でも次いつ会えるかわからないし、会える時に会っておいた方が絶対いいよ。カントーとイッシュって遠いしさ。

散々お節介を焼いた私であったが、さすがに長居しすぎたので、いい加減このボロ観覧車から立ち去る事にした。電話の邪魔するのも悪いし、何よりここは曰くに満ちている。複雑なものを抱えた人にばかり会うから普通にやばいと思う。さっさと帰ろう。ピッピ人形っていうお土産もできた事だしね!

じゃあ私行きます、と声をかければ、お姉さんは笑って手を振ってくれた。邪魔したようなそうでないような感じで、思わず苦笑が漏れた。
ゆっくりとベンチを離れながら、何とも不思議な一日に溜息をつくと共に、電話をかける音が聞こえてきて、一瞬後ろを振り返る。

あのお姉さん…よく考えたら、違う相手と観覧車に二回乗ったのか。しかもどっちもいい思い出じゃなく、二回目の方がまだマシってどういう状況なんだろう。謎すぎる。やっぱ一回目は山男のナツミかな…。
勝手な想像をしていると、電話が繋がったらしいお姉さんの声が耳に入ってきた。決して聞こうと思ったわけではなく、自然と拾ってしまったのだ。無事に連絡が取れた事にホッとしていると、次の瞬間、予想だにしない事態が発生し、私は今日一番の衝撃を受ける事になるのであった。

「あ、もしもし…レイコですが」

聞き覚えしかない名前に、私は二度見した。そして直後に三度見をするはめになるのだ。

「え?ていうかチェレン…コンタクトにしたの?」

えっ…!?チェ…ええ!?チェえええ?

その刹那、私の脳内で、バラバラだったパズルのピースが、今ぴったりとはまった。走馬灯が駆け抜け、映画のように重なりまくった偶然に、驚愕の表情を浮かべるしかない。私の思考回路の全てが、布石だったように思えてならなかった。

ま、まさか…そんな…え!?こんな偶然ありえるの…?好奇心の赴くまま走った先に、たった一つの真実があったなんて、そんな…そんな…そんな!

ピッピ人形をまんまと厄介払いしたこのお姉さんが、レイコさんだったなんて!

思わず私は物陰に隠れ、少し緊張した面持ちで通話に暮れるレイコさんを見つめた。

えええ!?あれが…噂のレイコさん…!?二年前にイッシュを救い、史上最強のカビゴンを従え、現在は無職で、チェレンさんの心を弄んだ、あのレイコさんなの…!?めちゃくちゃ普通じゃん!観光客にしか見えん!半信半疑あっちこっちだなぁ!

話を聞くたびに混沌としていった謎の女、レイコさんは、アンジェリーナ・ジョリーでも吉田沙保里でも橋本マナミでもなく、ピッピ人形を持て余しているただの人間だった。オーラも圧もない、気怠そうにベンチに座る平凡そうな大人のお姉さん…。何だか信じられず、しばしその場で呆然とした。

本当に…?本当にレイコさんなの…?同姓同名っていう可能性もあるけど…いやでもチェレンさんと喋ってる風だったしな…状況証拠が完全にあれをレイコさんだと告げているが、チェレンさんが好きになるくらいなので、私はもっとこう…パーフェクトヒューマンな感じかと思っていたのに、あんまり普通で驚いてしまった。
けれども、観覧車の思い出に浸ったり、押し付けられたピッピ人形を突き返せなかったり、いきなり話しかけてきた私を邪険に扱わず微笑んでくれたあたり、いい人なのは充分に理解できた。ちょっと変だけど。ニートだし。なんでニートなんだよ。そこだけ何もわからないよ。

しばらく見守っていたが、ライブキャスターに向けるレイコさんの表情が和んできた事に気付き、私はようやくその場を離れる決心がついた。チェレンさんもレイコさんも個別に話した時はお互い気まずそうな雰囲気だったけれど、今はそんな気配もなく、仲の良い友人同士に見えたのだ。

チェレンさん…振られてるって言ったけど…本当にそうなのかな。だって二回目に観覧車乗った相手ってチェレンさんの事だよね?また一緒に乗ってもいいって思ってるくらいだし…案外脈があるかもしれないよ。まぁいい思い出じゃないってはっきり言ってたけど。まだマシとさえ言われてたけど。なんか聞いちゃってごめん。

何にせよ二年振りの再会なのだ。もしかしたら、奇跡の一つでも起きるかもしれない。だって今のチェレンさん、スクールの教師としてもトレーナーとしてもすごく立派で、すごく格好いいですからね。私が保障する!

どうか取り壊される前に、二人がまた観覧車に乗れますように…とピッピ人形の手を合わせ、恋の成就を祈る私なのであった。

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