秘密

オッス!オラ、レイコ!ポケモンニートをやってるんだ!
PWTのおこぼれでイッシュに行き、ひと段落してNを連れて実家に帰ってきた私は、これでやっと正真正銘のニートだと息をついた矢先に、また厄介事を持ち込まれていた。

「…シロガネ山自然保護協会だと?」

自宅に届いた不審な郵便物を見ながら、私は顔をしかめた。差出人はシロガネ山自然保護協会。団体名は聞き慣れないが、山の名前はなかなか馴染みがあるので、正直嫌な予感しかなかった。何故ならシロガネ山というのは、横殴りの雪が吹く絶対零度のとんでもマウンテンだからだ。
なんだこの怪しい手紙。何なの、シロガネ山自然保護協会って。名前のままか?シロガネ山を保護してる協会。いろいろ旅してきて怪しい団体とは度々出会ってきたけど、そんなまともな協会は全く存じ上げません事よ。
どうして私にこんなお便りが…と不審がって開けずにいると、待ってましたと言わんばかりに父が説明にやってきた。今この瞬間嫌な予感が確信に変わったわ。終了。平穏な日々終了のお知らせ。来んなよお前もう。お前が出るとろくな事ねぇんだよ。誰も得しないんだから出張るんじゃねぇ。
犬を追い払う仕草をしたのに父は歩みを止めず、結局私の前に立ちはだかる。地獄の一日が始まろうとしていた。

「実は最近シロガネ山に生息するリングマ達の様子がおかしいらしくてな」
「誰も聞いていないんですが」
「気が立ってるのか山に入ったトレーナーを襲いまくっててみんな困ってるみたいでさ…突然の奇行の原因を調べようにもシロガネ山は人が入るにはあまりに過酷な環境…そこで!お前に調査依頼が来たというわけよ」
「私は人じゃなかったの?」

一気にまくしたてられたが、ひとまず聞き捨てならない点だけは指摘しておいた。
人が入るには過酷ってどういう事やねん、私も立派なホモサピエンスだぞ。昼に起き、寝転びながらポテチを食って生きてきた。けれどもニートに人権を与えられない事に対しては、人一倍に敏感であった。
まぁシロガネ山がやべぇところなのには同意するけどね。私は封を開け、父が言った事の答え合わせをするべく手紙に目を通す。
カントーとジョウトの間にそびえ立つ日本最高の独立峰、それがシロガネ山。16のバッジを手にした者だけが入ることを許されたそこは、極寒の雪山である。父の言う通り過酷な環境ゆえ、生息するポケモンは強く、並のトレーナーでは太刀打ちできない上、とにかくすごい雪。寒い。凍る。吹雪で前は見えないし、坂っていうか壁を登るはめになるし、道狭いから踏み外して死にそうだし、とにかくやばい土地だ。普通に考えて登山素人をこんなところに行かせんじゃねぇよ。頭おかしいのか。山だけ守れればいいのかよシロガネ山自然保護協会。
どうやら本当に頭がおかしい協会だったようで、父の言った事が一言一句間違わずに書いてあり、私は思わず目頭を押さえる。しかし、一点だけ違う記述があった。

「…このレッド様のご紹介って何?」

文頭にある言葉が、さらに私を悩ませる一因となった。
レッド様のご紹介により…としっかり記載されているが、これは一体どういう事なのか。半袖の少年を思い浮かべ、すると彼の背景にはいつも雪山があることに、私は気付いてしまう。
そう、レッドといえばシロガネ山。シロガネ山といえばレッド。
私が彼と初めて出会ったのもシロガネ山である。今さら説明も不要と思うが、レッドってのはマサラタウン出身のトレーナーで、グリーンの幼馴染で、場合によっては失語症だったりもする男である。友達といえば友達だな。知り合いといえば知り合いだけど。私はレッドの何…?ニート仲間…?
微妙な関係性に首を傾げている場合ではない。どうでもいいわそんな事は。どうせ知ってんだろクソ親父!と父を見れば、補足のために出てきただけの男は思惑通りに喋り出す。

「本当はレッドくんがシロガネ山の調査をする予定だったんだ。でもインフルエンザで行けなくなったからレイコを代理に指名したんだよ」
「半袖であんなところにいるから…!」

予防接種受けてから山登れよ!大体俗世から離れてるくせにどこからウイスルもらってくるんだ!?なんかやばい菌なんじゃないの!?もう絶対行きたくないよ!
無理無理無理と全力で拒否した。なんで私がレッドの代わりに野生ポケモンの調査に行かなきゃならねぇんだよ。しかもリングマってあれでしょ、結構な熊でしょ。身長ゲーチスくらいあるでかい奴じゃん。そんなのがたくさん荒ぶってるってわけ?冗談じゃない。怖すぎ。いくら私がクソ強いポケモントレーナーでも全然関係ないからね。何故なら山を登るのはポケモンじゃなくて弱々しい私だから。生身の人間だから。山に入る前の草むらですらさぁ、あそこドンファン出るんだよ。ものすごい速度で転がってくるの想像してみろよ。避けられなかったら死ぬからね。そんな命を賭してまでシロガネ山保護したくないから!いのちだいじに!
スーパーマサラ人のレッドと一緒にしないでくれ、と突っぱね、私は手紙を破こうとする。
こちとらニート、保護団体のボランティアなんて絶対御免だし、報酬が出たとしてもそれは労働になるわけだから、そんなんニートのプライドが許さないよね。ストップ、勤労。働いたら負け。今日は死んでもここを動かないから。
椅子に根を張った私は腕を組み、とりあえずインフルのレッドにお見舞いと苦情の電話をかけようとしたところで、父は再び口を開いた。いつだって父の言葉は災いをもたらすものだが、今回も例に漏れず、私の人生を狂わせていくのだった。

「レッドくんの面子もあるし、断らない方がいいと思うよ」
「そんな義理ないね」
「日当が二十万円だとしても?」
「一番いいヒートテックを寄越しな」

早く言えクソ親父。PS4買うわ。

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