労働を憎んでいるが、紙幣の事を心より愛している私である。二十万に目がくらみ、PS4のことで頭をいっぱいにしながら、玄関で登山靴に足を入れていた。
いやマジでこんな割のいい仕事ないですよ。だって一日、たった一日リングマの相手をするだけで二十万だからね。死ぬかもしれない雪山に登り、死ぬかもしれない熊の一撃をかわして荒ぶりの元を探ればいいわけだからね。安いわ馬鹿野郎。人の命金で買えると思ってんのか。
やっぱ安請け合いだったかもしれない…と今さら後悔し始めているところで、私は背後に人の気配を感じて振り返った。気配というか静電気みたいなものがビリビリきた。この家でそういう類のものを発生させるやばい人間は一人しかいないので、思わず眉をひそめてしまう。

「レイコ」
「N…何か用?お見送り?」

新妻のように私を見送るのは、不本意ながら現在我が家で居候してやがるタダ飯食らいのNだった。お前が来てから家電の調子が悪いから早く出ていってほしいけど、今はそんな事どうだっていいね。
ていうかお前も来いや普通に。お前さえいればリングマに話聞いて即解決じゃん。なんでバッジ16個持ってねぇんだよ。カントーにいるならジムを巡るのは常識ですよ。そのあと出禁になるのも常識。それは私だけです。放っとけ。
もし私が山で死んだら最後に見るのがお前の顔って事になるのか…と不吉なことを考えつつ、まぁイケメンだからいいか…と適当に視線を合わせ、相変わらずハイライトのない瞳を見つめた。単純に不安を煽るわ。

「リングマの事だけれど、くれぐれも気を付けたまえよ」

おい誰に物言ってんだよ。お前こそ口の利き方に気を付けたまえよ。
いきなり偉そうなNに歯ぎしりをするが、彼は人の話を聞かない天才なので、今日も今日とて私の返答を待たずにべらべらと喋り出す。まぁほぼ独り言だったのが最近対話になってきてるからその点はこの二年での進歩だな。その調子で就活…頑張れ。たぶん自前の電波で勤め先の家電全滅するだろうけど。

「この時期、彼らはただでさえ気が立っている。仮に食料不足に見舞われていた場合…とても危険だ。油断しない方がいい」

普通にガチめのアドバイスじゃねーか。いつからそんなまともな事が言えるようになったんだ?ありがとよ。覚えてるうちは肝に銘じておくわ。玄関を出た瞬間忘れる私にご期待ください。
念入りに紐を調整しながら、まぁ確かにどんな様子かわからないから気を付けた方がいいわな…と心を入れ替える。荒ぶってるって言ってもAAみたいに鷹のポーズしてんのか、群れで大量虐殺を繰り返しているのか全然わからないしな。ピンキリかよ。一応現地近くで協会の人が説明してくれるらしいが…三毛別みたいな話だったら私は帰るからね。ポケモンでそんな恐ろしい獣害を取り扱うとも思えないけど、Nの言う通り油断はできない。いつになく私は真面目であった。
たまにはまともなこと言うじゃねーかと感謝して振り返る。

「サンキュー…っていねぇし!」

音もなく来て音もなく去るなよ!びっくりするだろ!
影も形もなくなったNに舌打ちし、私は思い切り玄関を閉めた。見送れ!

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