センター落ち審神者

審神者になって数年。さすがに慣れたと言うか、いろんな刀剣がいるなぁって感じだから、もはやどんな奴が来ようとも驚きはしないと思っていたのだけど、政府の監査官ともなれば話は別だったらしい。
高評価を得たおかげで、うちの本丸に来る事になった長義は、しばし私の胸中をざわつかせた。なんつーか監視されてるような感じがしたし、実際聚楽第の時はされてたんだけど、それが本丸に四六時中いるとなると、やっぱ気になるものである。

政府の命令に従って戦ってはいるものの、その実態を私は一切知らない。この日本で一番権力を持つ機関で働いてんだな、という認識と、あとは諦めなどがあった。要するに、莫大すぎる力の前ではどうすることもできないんだから、とりあえず従っておこうという無気力試合である。

そうやってだらだら過ごしていたところに、いきなり政府から監査官なんて奴が派遣されてきて、驚かないわけがなかった。思いがけず政府への知見を得る事となった私だったが、それが望んでいた内容だとは限らないわけだ。

「センター落ち審神者なんて言われているから、どんなものかと思っていたが…及第点かな」

え?私、政府でセンター落ち審神者って呼ばれてんの?

聚楽第関連の資料もようやく片付き、報告書を長義が見たいと言うので許可したら、まさかすぎる言葉を投げられ、私は沈黙した。謎めいた政府の内情を知りたいと思ってはいたが、そんな陰口は全く聞きたくなかったので、立ち上がらざるを得ない。

「いや落ちてねぇよ!」

センター受ける直前に遡行軍に襲撃されたの!合格圏内だったし!受験してたら絶対受かってたから!夢のキャンパスライフぶち壊したのそっちだから!

心外すぎるアダ名にキレそうになって、というかもうキレてたが、私は猛抗議した。
私のように審神者適正Sランクの人間が普通に大学なんて行ってたら遡行軍に殺されますよって事で仕方なく政府に協力してやってんのに、なんだその言い草は?落ちてねぇよ!受けてねぇんだよ!わかるかこの違い!?誤解を招くからやめていただきたいわ!
真面目に受験勉強に明け暮れた日々を揶揄される事に我慢ならず、私は憤慨した。その間も長義は報告書に目を通したままで、やっと口を開いたと思えば以下の内容である。

「君が来るまで膠着状態だった戦いに、わずかながら変化が訪れている…」

聞いてねぇし。まず訂正してもらっていいか?
落ちてないというこちらの主張をガン無視する長義に、鉄拳をお見舞いしたい気持ちはあったけれど、さっきから私の実力は買ってくれているような口ぶりなので、殴るのだけは勘弁してやった。落ちてなかったねごめんね、の一言でもあればもっと爽やかな気分だっただろうが、そういう不条理なもどかしさには残念ながら慣れつつある。

「政府は君に期待しているというわけさ」
「期待してる奴をセンター落ち呼ばわりすんのかい」
「細かい事を気にするね」
「細かくねぇよ、悪口だろ」

やっと反応したかと思えばこの有様なので、私はもう全てを諦めた。
あーあ、政府がすでにこんなだからパワハラ問題いじめ問題はなくならないんだろうな、この世はクソですよ。事実無根の中傷で傷付いた私に謝罪もなく、細かい事だと言い捨てる…まごう事なき日本の闇だ。歴史改変した方がいいんじゃないか?
謀反を起こしたい衝動に駆られる私は、いつの間にか長義が別の報告書まで読んでいる事に気付かず、急に話が変わった事をただ不思議に思った。

「他の本丸と別段変わった事をしているわけでもないようだが…」

何の話かと首を傾げ、しかしすぐに、私の実力を政府が認めてる件の続きとわかり、おとなしく座った。他の本丸、というワードにも、少し思うところがあった。

他の本丸かぁ。うち以外にもあるのは知ってるけど、どんな感じなんだろう。
長義の言い方から察するに、よその本丸もうちと大して変わらないみたいだ。遡行軍と戦いながら畑を耕し、馬の世話をし、訓練に明け暮れる毎日…他の審神者や刀剣たちも、こんな鉄腕DASHみたいな生活に浸っているようだが、ただ一つだけ違う事がある。それは才能だ。
私の審神者としての力が群を抜いてやばいらしいので、度々各所でそれを何気なく知らされる。

「やはり審神者自身の力が大きく影響するという事かな」

そう言った長義は、私と視線を合わせた。
刀剣の顕現は、誰でもホイホイできることではないのだという。その後使いこなせるかどうかも、審神者の力量次第だというし、確かに彼の言う通り、審神者自身の力が重要だって言葉は、間違いではないのかもしれない。あんまり実感ないけどな。

「持てる者同士、共に精進しよう」
「あ、はい」

何故か同じ括りにされたので、私は反射的に頷いた。
こいつ馴染めるのかな…と心配になり、とりあえず審神者の私がまず打ち解けないとな、って感じだったから、適当に雑談を振った。

「…他の本丸ってどんな感じ?言えないならいいんだけど」

プライバシー保護なのか何なのか、私以外の審神者のことを、政府は教えてくれなかった。
交流もないし、時々演練をやるけど、全部VR対戦だ、本物じゃない。もちろんよその審神者に会わせてもらえるはずもなく、私には存在を感知する機会さえなかった。
なので、VRではなく生の声を聞きたいと思い、長義に尋ねたところ、とくに言い淀む様子もなく、言葉を紡いだ。

「それは…色々かな」

だろうな。そんな事くらいわかる。

「刀剣に斬られた審神者もいたり、ね」
「…え?」
「おっと、喋りすぎたかな」

白々しい。絶対思ってねぇな。
オーバーに肩をすくめた長義は、意味深に微笑んで口を閉ざした。そんな怖すぎる話を聞いて何も感じないほど、私は無頓着ではなかった。

どういう事だ、刀剣に斬られたって。謀反的な意味か?明智光秀的な案件?やべーだろそんなの。いろんな意味でやべぇだろうよ。
様々な想像が巡り、刀剣たちの顔を脳裏に浮かべながら、私は首を振った。

そんなこと本当にあるのか?刀剣なんてみんな主あってのものだろう。ぶっちゃけその感覚はよくわからないにしろ、彼らは口々にそう言うので、主命絶対の精神なのだと思っていた。でなきゃセンター落ち審神者になんか従わないだろうし。いや落ちてねぇよ。受かってたっつーの!

「ど、どういう事…」

さすがに気になりすぎて恐る恐る尋ねれば、長義は伏し目がちに、しかし涼しい顔のまま、私を真っ直ぐ見て告げたのだ。

「痴情の縺れだよ」

痴情の縺れ。
有りがちな展開に、むしろ有りがちすぎて私は驚いた。そんなよくある話が、審神者と刀剣の間に起こるなんて、にわかには信じがたかったからだ。

…本当か?それ。もしかして私の事からかってんじゃね?センター落ち呼ばわりされたことを根に持つ私は、長義の全てを信じ切れず、目を細めて不信感をあらわにする。

だって…なぁ?なんでそんな事になるんだ?だって刀剣だろ?どうやって縺れるんだよ。人の体を手にすると、本当に人間みたいになっちゃうのか?本当に、人間みたいに思えてくるのかなぁ?
主あっての刀剣である。そう聞いてるし、審神者がいなければ彼らは芸術品か文化財か鉄の塊だ。たまたま人の姿をしているだけだ、自分の存在を忘れるはずもないだろう。
それなのに斬るなんて、どう考えても変だ。斬られるのも変だ。人間じゃあるまいし。

苦悩する私に、長義は意味深に微笑みかける。

「君は上手くやってくれるんだろう?」

やらねぇ。縺れねぇ。

「私…そういうのよくわかんないし」

痴情も地上も縁遠い私はそう答え、成り立ちようがないと思っているからこそ、どんな事実を聞いても響きはしなかった。他人事どころじゃなく、現実とさえ思っていないのだ。いつまでも。

「それに、刀はどうやったって刀だしな…」

縺れる理由もない、と言い切った私を、長義はしばらく見つめていた。おかしなことを言ってるつもりはなかった。ただ少し、思いやりがなかったかもとは感じた。飼い主と同じ寝床で眠ろうとする犬を、無理やり小屋に追いやるような気分になる。

斬られた審神者は、どう思ってたんだろう。一緒に眠ればいいと、布団に招き入れたんだろうか。そこまで刃物に近付いたなら、斬れたって仕方がないのかもしれない。
私は近付いたりしないな。あんなに鋭い銀色に、痴情を抱くはずもない。

しばらくして長義はまた不敵に笑い、一度だけ頷いた。

「大いに結構。センター落ちのわりには…」
「落ちてねぇよ!」

しつこい奴だな!わざとだろ!

「物は物だ」

憤慨する私を後押しするように、長義は同意した。こいつも他人事みたいだ。

「君は正しい」

何だか真面目な空気になり、やり場のない怒りを鎮めるしかなくなった私は、肯定されても別に感じるものはなかった。ただ長義が、言い聞かせるみたいにそう言った事には、心が揺れたりもする。

刀は刀だ。物なんだ。彼の瞳が私と同じように揺れていても、やっぱりそれは変わらない。だけども事実ばかりを見つめる事が果たして正しいのか、私にはわからなかった。本当に正しいなら、どうしてそんな顔をするんだろうと思う。
そんな私の疑問に答えるよう、長義は静かに口を開いた。彼もまた事実を言ったのかもしれないが、それでも私は、やっぱ斬られたくないよなぁと思うばかりである。

「しかしそう言い切れるところは、残酷だね」

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