非常事態

畑で作っている野菜は、非常食である。

いやまぁ適当に食ったりしてるけど、基本的には何かあったとき用として倉庫に保存している。
政府の方から、大体これくらいは備蓄しといてね、という指令があるので、それに従い畑の世話をし、収穫し、保存し、期限が迫ったものから食べて消費していくシステムだ。

先日、二年前の大根がそろそろやばいと通知が来たため、私は台車を押しながら倉庫へ向かった。今夜は切り干し大根にしよう。私が食べたいから今決めたわ。独断と偏見で献立を決められるのは審神者のいいところだが、普段は考えるのが面倒なので、あまり役立つ特権ではない。

「重っ!」

涼しい倉庫で大根を積んだ私は、本丸に戻ろうと台車を押す。その時、事件が起きた。そう、重すぎて動かなかったのだ。

積み過ぎた…と項垂れ、想像力が及ばなかった事に落胆する。
いやそりゃそうだろ、大根だぞ。男だらけの大所帯、備蓄の量も半端ではなく、常にいろんなものが山積みである。それを…私のようなか弱い乙女の細腕で何故運べると思ったのか。痴呆も大概にしていただきたいわね。

やっぱ電動の台車を買うべきだな…と誓い、逆に何故これだけ手動なのかわからず、本丸の謎設備に頭を痛めた。料理さえ機械が自動で行う2205年にどうして…私は台車なんて押しているんだろうな…。

大根の量を減らすか、それとも誰かに運んでもらうか。二つの選択肢を用意し、とりあえず私は倉庫を出て、付近を通りかかる奴がいないか目をこらす。
左を向き、そして右を向いたその時、トーテムポールのように背の高い男を見つけて、私はすぐに、あれは無い、と結論付けた。でも目が合ってしまったから、たぶん遅かった。

よそよそしくお辞儀をし、倉庫の戸を閉める。やっぱ大根を減らして何回か往復しよう。自分で出来る事はやらなきゃな。幸い今日はすこぶる暇だし。

考え事を避けるように、私は最近仕事にのめり込んでいた。ギリギリまでやらなかった報告書の作成は早々に手を付けるようになったし、管理がしやすいよう諸々をデータ化した。そしたら効率がよくなっちゃって、大根運びなどという雑用をして気を紛らわせるはめになっている。何をやっているんだ本当に。一体どうしてこんなに、何かに追い立てられながら生きていかなきゃならないんだ。

「おいおい…」

大根を見下ろして佇んでいると、戸が開くのと同時に、不服そうな声を投げられた。きっと来るだろうな、と思って大根はそのままにしておいたが、手伝ってくれる保証はなかった。

やって来たトーテムポール、もとい日本号を振り返り、でかい奴が入口の前を陣取っている状況を、私はわりと恐れた。誰もいない倉庫…何も起きないはずがなく…という言葉が脳をよぎる。いや起きねぇけど。たぶん。

「どういう態度だよ今のは」

気まずいですという態度である。

「いや特には…」

しかし正直に言うのも気が引けて、適当に茶化してみる。適当に茶化されるの嫌だろうな〜とわかってはいるが、他にどうしたらいいかわからないので、相手の渋い顔にもひるまず告げた。というかよく人の態度について指摘できるなこいつ。お前のせいなんだが?

というのが顔に出ていたのか、それとも自分で思い至ったのか知らないが、日本号は一度目をそらすと、ばつが悪そうな表情で私を見つめた。そういう顔をされると私の方が罪悪感を覚えてしまうので、本当にやめてほしいと思う。きっとマジに私も悪いし。

「…悪かったよ」

謝罪はもっとやめてほしい。冷えた倉庫の中で、私は嫌な汗をかく。

「な…何についての詫び?」
「それを聞くのか?」

日本号は少し笑ってそう返したが、はぐらかしたように聞こえたのかもしれず、私は何となく焦った。別にすっとぼけてるわけじゃなく、ちゃんと確認したいだけだ。一体何を悪いと思って謝罪したのか、互いの認識が合致している事を確かめないと気が気でない。

私としては、最悪のタイミングで告白してきた事への謝罪と踏んでるけど、これで違ったらびびるからな。それじゃないの…?ってなるだろ。他に気まずくなる要素がねぇよ。

適切な言葉を探している間、私達は沈黙の中で過ごす事となった。涼しくて快適だった倉庫が息苦しい空間に変わり、それもこれも好意を前向きにとらえられない私のせいな気がして、どうにも居心地が悪い。

彼らは私の何を気に入ってるんだろう。最初からずっと考えているが、行き着く先はいつも同じである。

何振りかの刀剣に、恋愛的な意味で好きだと言われた。この日本号にもだ。言われたよな?言われたはずなので、地味に気まずい日々が続いている。
私は、彼らの言ってることは理解できても、永遠に納得はできないと考えてるし、主を特別に感じるのは刀の習性みたいなもんだと思っているから、それ以上でも以下でもないって感じだった。端的に言うと信じてないし受け入れ難い。だってやっぱりおかしいから。

刀剣なんて、この大根と一緒だ。大根は一生大根なんだ。人の形をしてるからって、大根だという事実が消えるわけじゃないだろ。

永遠に変わらない認識をどうする事もできず、私は苦悩し、でも結局どうにもならないから、考えないようにするしかない。
規則正しく並べた大根を見下ろしていると、謝罪が適切でないと気付いたのか、日本号は頭をかいて困った顔をする。

「とは言うものの…あんたがどうしてほしいのかはわからないんでな…」

じゃあ逆に、と思った時にはもう口に出ていた。

「…じゃあ逆に聞くけど、そっちはどうしたいの?」

私を好きだから何なの?で私はそれを煙たがっているけどどうなの?解消したいの?それとも押し通したいの?
誰もいない倉庫…何も起きないはずがなく…なの?

「どうだろうな…」

激しく責め立てたい気分になった時、日本号が台車に手を置いた。距離が近付いた事にびびって、私は硬直する。でかいからしょうがないと思う。自販機が傾いてきたら避けるだろ、そういう感じだ。

「あんたを見てると…」

続く言葉が気になり、私の心臓は激しく鼓動した。聞くのが恐ろしくもあるが、真っ直ぐ見つめられると、期待の方が勝った。このもやついた感情が緩和されるかもしれない。それは私にとって大きすぎる進展である。

私の腕ではびくともしなかった台車を、日本号は片手で押しのけ、さらに近付いた。怪力かよ。
腕力の差をこうもはっきり見せつけられては、さすがに冷静さを欠いた。頭が回らない。動けもしない。どうしよう、お前見てるとたまに折りたくなるとか言われたら。それは黒田の回想だろ。

バイオレンスな展開を懸念していたが、現実は全くそんな事にはならなかった。
頭に手を置かれたかと思うと、軽く髪をすいてそのまま離れた。そして拍子抜けな台詞を吐かれるのである。

「何でもねぇ、忘れてくれ」
「えええ…」

いや無理だろ。気になって眠れねーよ。
もはや今さら言い澱む事とかなくない?なんで躊躇う?やっぱバイオレンスか?ヤンデレ担当だったのか!?

勝手な想像ばかりが膨らみ、でもどうせ良い事ではないから、諦める方向に気持ちが傾いた。はっきり答えが出たとしても、きっとそれだけだ。期待する方が間違っているし、私が私のままである以上、何もわかってあげられない。
しかしわからないのは日本号も同じだったようで、さっきのははぐらかされたわけじゃないと、私は後々気付く事になった。

「他の連中にはなんて言われたんだ?」
「え?」

いきなり話が飛んだな、と思ったが、そうではなかった。肝が冷える発言に、マジかよと後ずさる。シンプルに、なんで知ってんだ、と思った。

その言い方は、まるで私が他の奴にも懸想されているみたいで、実際そうなのだが、日本号がそれを当然みたいに言ったことが、私には衝撃だった。
知ってんのかこいつ。私が誰と誰と誰に告白されたのか知ってて言ってるのか?それともカマをかけてる?単純に聞いてみただけ?

なんだか告白を受けた時よりも、ずっとずっと焦ってしまった。怖いとさえ思った。どうしてなんだろう。おかしいのは私の方だと思われるのが怖いのかもしれない。人の身を得れば、人を想うのが普通なのだと決まってしまう事が、怖いのかもしれない。

「プライバシーがあるので…お答えできかねます」
「そうかい」

真面目に正論をぶつければ、日本号は意外とすぐ引き下がった。こうなって初めて、彼も自分の感情の名前を知りたいだけなのかもと考えた。でも私は知りたくなんかないのだ。

なんにも知りたくない。もう一つも知りたくないよ。だってそれを知ったところで、私にどうしてほしいわけでもないだろうに。私が何もしてくれない事もわかるだろ。
私だって、どうしたいかわからねぇよ。こうなる前に戻りたいと思うけど、審神者がそれを言ったらお終いでしょ。

「…これを運ぶのか?」
「え?うん…マジで重くてさ…」

本当にそれ以上の追及はなく、日本号は私が動かせなかった台車を押すと、倉庫の入口に向かっていく。マジで重いという台詞から信憑性が欠けるほど、あっさりと運ばれてしまった。
どういう腕力だよ。私が非力すぎるかと思うだろ。
こうやって人知を超えたものを見るたびに、やっぱりおかしいのはお前たちだと結論付け、私は安堵と、それから罪悪感に包まれる。

私の代わりに大根を運んでくれてるのに、何の感情も湧かない。珍しく優しいじゃん、としか思わない。いつもは正三位に雑用させる気か?って文句を言うのに、今日はやけに素直だなって、それだけだ。
そうだ、この前から、いつもと違うんだ。でも本当はもっと前から違ったのかもしれない。そもそも私が勝手に思い込んでただけかもしれない。

そういえば恋って、どういう感じだったっけ。完全に忘れてしまった私が、なんで人の恋路をバグだなんだと決めつけてんだろう。まぁ人じゃないし、他人事でもないけどな。

去りゆく背中に追いついて、私は日本号の腕を掴んだ。

「私もさぁ」

外の暑い空気と、倉庫の冷気が混ざり合う事なく、私の体を熱して冷やした。温度差でおかしくなりそうだ。もうなってるかもしれない。

「…どうしたらいいかわからないよ」

八方塞がりである事を告げたら、日本号も参ったように目を細め、私を再び倉庫の方へ押した。されるがまま後ずさり、陽に当たる大根を見つめながら、傷まないか心配になると同時に、傷むほどの時間をここで過ごすわけないのに、と自嘲する。

ただ薄暗い中で日本号に見下ろされると、もしかしたら傷むかも…と思わずにはいられない。

「俺もあんたを見てると…そういう気分になる」

そういうってどういうこと?わけわからんってこと?
どうとでも受け取れる言葉に首を傾げたら、日本号は私を引き寄せ、面積のやたら広い体にすっぽりと収めた。前が何も見えなくなって、温度と感触だけが私に残された情報手段となる。やけに熱いし、わりと痛い。締まる。自分が怪力なの忘れてんじゃないのか。

さほど動じはしなかったが、思いの外息苦しくて限界は見えていた。自分の体温が上がっていくのがわかる。比例して相手もそうなっていく。なんだか懐かしい気がし、昔の事を思い出した。

そういえば、前に一緒に馬に乗った事があった。あの時も意外な温かさにびびった。冬だったから心地よかったけど、たとえ極寒でも、もうそういう気持ちにはならないと思って、少し悲しくなる。
なんでこんな風になっちゃうんだろうな。私が人間だからなのか、お前たちが刀だからなのか。押し付け合っても解決しないけど、せめて同じ何かであればよかったのに、と思う。
もはや大根でもいいくらいだ。だってどうやっても大根は大根だからな。

「窒息する…」

背中を三回叩いてギブアップを告げれば、日本号は私をすぐに解放した。離れてみると、倉庫の冷たさにびっくりする。
しばらく俯いて、私はじっとしていた。だってどうしたらいいかわからないから。

「…悪かったよ」

同じくどうしたらいいかわからない奴に謝られ、さすがに頭を抱えた。もしかしたら誰一人として、何もわかってないんじゃないんだろうか。そう思わせるだけの声色だった。
抱きしめたかったわけじゃない事には気付いたので、私はそっと顔を上げる。すると、日本号はもうそこにはいなかった。大根を積んだ台車も消えていて、いつの間にやら運んで行ってくれたらしい。
幻とも思える時間に呆然としながら、来た時よりも冷えた倉庫の温度に、現実を突きつけられる。

「だから何の謝罪だよ…」

好きになった事か?そうだとしたら、素直に受け止めるけれど、それならこっちだってごめんなさいって感じだ。
私は倉庫の戸を閉め、照りつける日差しに目を細める。

大根、運ばせてごめんな。許容量もわからない審神者で申し訳ない。私がもっと融通の利く奴だったら、誰も傷つかなかったかもしれない。鯉より恋を大事にしてたら、誰かを好きになれたかもしれない。人間も刀も関係ないって、思えたかもしれないけど。
でも、やっぱり関係あるだろ。こんなに何もかもが違うのに。

ここに置いてある非常食って、どんな非常事態の時に使うんだろう。今もわりと非常事態な私は、ここを使わずに済むよう祈って、土についた台車の跡を追うのであった。

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