怪我したって言うから何事かと思ったけど、木に引っかけただけか。
と正直に言ったら苦笑していたので、私は取り繕うみたいに言葉を足したが、それはどっちにしたって正直な感想だった。
「これはこれで様になってるけどな」
頬にできた山鳥毛の小さな切り傷を見ながら、私は絆創膏の外装を外す。短刀達が大騒ぎして駆け込んでくるもんだから、てっきり大惨事かと血の気を引かせたものだけれど、自分達のせいで怪我を負わせた事が、彼らにとっては堪えたらしい。
そういう気持ちはよくわかるから、軽く感じすぎないようにしたいと思う。その結果の絆創膏は、誰のためなのかと聞かれると、少なくとも山鳥毛のためではなかった。
「武功ではないからな、無様なものさ」
穏やかに目を伏せる山鳥毛は、至って真面目にそう答えた。別に無様とは思わないが、自ら古臭いと言うくらいなので、そういう価値観なんだろう。
本丸には、蜜柑の木がある。毎年の収穫が短刀たちの楽しみになっていて、今年は山鳥毛が引率を引き受けてくれたようだった。その最中にごたごたして、枝に頬を傷付けられたらしい。
ただでさえ顔が極道なのに、傷まで作ったら誰もカタギと信じてはくれないだろう。私も最初見た時、どこの組にやられたんだ?って思っちゃったしな。蜜柑組だったわ。
それにしても、こんなうっかりをするようには見えない山鳥毛である。余程子守に手を焼いていたのだろうか。確かに個性溢れる刀剣たちと過ごすのはなかなか骨が折れるし、目が離せない分自身に注意がいかない時もある。彼らの口振りだと、山鳥毛が庇ってくれた的な雰囲気だったため、咄嗟の判断だったのだろう。
珍しい事もあるもんだとしみじみ考えていたら、そんな思考を見透かしたように、山鳥毛は私を見つめて怪我の理由を語り出した。
「小鳥のことを考えていたせいもある」
急に人のせいかよ。
「たくさん持ち帰れば…喜ぶだろうと」
「喜んでるよ」
どうやら私も果物ではしゃぐ短刀と同じに思われているみたいだ。もうわりと大人なんですけどね、と言いたいところだったが、こいつらに比べたら短刀よりも若輩者だ。小言は言わずに絆創膏を貼った。
皺にならないよう、目を凝らして手を添える。冷えた肌は本当に刀身みたいで、血が通っているか疑わしい。
赤い瞳と視線が合った時、何となく逸らしてしまうと、少し笑われる。そして誤魔化すように私も言葉を添えた。
「蜜柑好きだし…」
「…そうか」
蜜柑が好きなのは本当だ。本丸に蜜柑の木を見つけた時はすごくはしゃいだ。それこそ短刀たちみたいに、拳を振り上げて喜びを露わにしたものである。やったぜ、炬燵買おう、冷凍蜜柑もありだな、なんてテンションを上げていたのが、遥か昔みたいだ。
貼り付けた絆創膏をなぞりながら、懐かしい思い出に浸っていると、その手を取られてハッとする。ぼーっとしていた事を恥じる私を気にしているのかいないのか、山鳥毛は変わらぬ態度で、なかなかの殺し文句をぶつけてきた。
「なら、怪我をした甲斐があった」
そこまでじゃないんだけど…というのも水を差すだけに思え、私は苦笑を浮かべる。しかし笑っている場合ではなかった。山鳥毛があまりに自然な態度だったため、鼻先が触れ合った事に気付くまで、結構な間を要した。
どう考えてもソーシャルディスタンスとは無縁な距離感に、背中を反って苦言を呈する。
「おーいおいおいおい!」
わりとでかい声で叫んだら、さすがの山鳥毛もわずかに目を見開いた。
「近ぇ!」
「おや、すまない」
渾身の訴えすぎたのか、山鳥毛は間髪入れず謝罪を投げる。そして恥じらうようにサングラスを掛けると、爽やかな微笑みで私を翻弄するのだった。
「…はしゃいでしまったな」
はしゃぐとキス魔になんの?改めろよ!
思わぬ一面にマジレスしそうになったが、一瞬別の理由がよぎってしまい、口を閉ざして息を飲んだ。そそくさと離れながら、何事もなかった顔をどうにか作って、相手に貼った絆創膏を見る。きっと短刀たちもあれを見たら安堵してくれるだろう。私は動揺する羽目になるが、それはもうどうしようもない事だし、この本丸には、そういう事が溢れている。
「あの…蜜柑ありがとう…」
何とかそれだけ告げた私は、これも失言だったかもしれない…と項垂れ、彼の傷が一秒でも早く塞がる事を、願ってやまない。