mysterious girl

明日は審神者情報の更新日だ。半年に一回全身撮影があるので、写りが良く見える服を選ばなくてはならない。
政府の重要資料となる審神者情報は、能力が上がるとその都度勝手に更新されるけれど、顔写真だけは決まった日に撮影に行かなければならない。怪しい日本政府の事だ、きっと暗殺者とかが持ってるターゲットの盗撮写真みたいなのを所持してるに違いないと思っていたのだが、普通に撮影所で撮れと言われ、面倒やら拍子抜けやらで複雑な心境である。
それでも、正当な理由あってのお洒落は胸が痛まなくて良い。普段しまい込んでいる服を着れるし、わりと楽しみな慣習だ。

「うーん…」

居間の姿見の前で悩みながら、私は服を当ててみる。
どうしようかな…普通にスーツでもいいか?審神者になったせいで全く着る機会のない服だからな、こういうところで着ないと使い道が皆無だし。
でも誕生日にみんなにもらった小綺麗なワンピースも悪くないし、でもこの前両親にもらったフォーマルな服もあるし…。正直どれもこれもいつ着たらいいかわからない点では同じだ。わりと迷うな。季節感などを考えた装いにした方がいいか?でも半年間同じ写真だし…普通に季節跨ぐよな…。
唸りながら服を並べていると、小狐丸がやってきた。もう訓練が終わったんだろうか。みんなが出払っている間に決めてしまおうと思っていたのだが、気付かない間に長考していたらしい。

「ぬしさま、いかがなされました」
「いや…証明写真の服を選んでて…」

半年間いろんな人に見られるからどうしようかなって…と説明し、言いながらますます悩みの渦に巻き込まれていく。
政府の間で回覧される資料らしいからな…ちゃんとしたやつでないと舐められちまうかもな…。いやしかしあんまりキメすぎるとネタにされそうだし、そもそも一体何に使うんだ全身写真付きの資料なんて…。今まで現在持ってる一番良い服で撮ってきたが、何でもかんでも言われるがまま従いすぎだろ私。別に身体情報が登録できれば服は何でもいいみたいな事も全然有り得るぞ。
何だか適当でいいような気もしてくる私だったが、小狐丸も同じくらい適当な事を言うので、本当にどうでもいい問題のように思えてきた。

「どのような装いでも、ぬしさまの可憐さが損なわれる事はありますまい」
「いや可憐さとかではなくて…なんかこう…しっかりして見えるやつがいいというか…」

誰が可憐さの話などしているんだ。見合い写真じゃねーんだぞ。
とにかくもうまともに見えればそれでいいんだ。やはり無難にスーツか。いやでも、どうかな…てか一体何をこんなに悩んでいるんだ…デートするわけでもないのに…。いっそこの大狐に選んでもらおうか?絶対自分じゃ決められないよ。そのうちルーレットとか回しかねないぞ。
しかし、どれがいいと思う?なんて聞いてくる人ほど面倒な人間はいない…。どうせお前の中では答えが決まっているんだろうが…と内心で悪態をつかれそうで無理だ。本当に決まっていないというのに。
悩みが妙な方向へ向かっていくのを感じながら唸っていると、何も言っていないのに小狐丸は選んでくれるような素振りをしたので、神様仏様付喪神様と拝んでしまいそうだった。

「そうですね…着てくだされば意見も言えるのですが…」

どうやら助言をくれそうな雰囲気である。悩みに寄り添う狐、有り難いな。一家に一台いるべきだな。でかいけどアフガンハウンドだと思えばどうにでもなるだろう。
確かに床に並べているだけではイメージしづらい。似合うと思って買った服でも着てみたらなんか全然違ったわって事が多々ある世の中だ。何を着ても似合うこのイケメン共とはわけが違うし、身につけてから判断するのが得策と言えよう。

「じゃあ…着てみるよ」

小狐丸の意見を採用し、袴の紐を解く。寝ぼけて着たせいで結び目が有り得ないほど硬くなっており、格闘している間、小狐丸はじっと私を見守っていた。ようやく解けたので後ろの紐も外そうとすれば、何故かその手を取り、脱衣を制される。

「いやいや…やはりいけません、お待ちください」
「え?」
「危ないところでした」

我に帰ったように腕を掴んで止めてきた小狐丸は、首を左右に振りながら優しく手を握った。

「ぬしさま、我らの前でそのような事はおやめください。私は願ってもないですが…他の者の前で同じ事をされてはたまりませぬ」

呆然としている間に長々と喋られ、整理するのに時間が掛かった。何を言ってるんだ?と手の中で忙しなく指を動かしたりしているうちに、ようやく一つ思い至る。
もしかしてコンプライアンスの話か?公然猥褻だっつってんの?
だとしたら納得がいく。そうだな、公共の場での脱衣は公序良俗に反する行いだから止められて当然だろう。私も村正の脱衣にゴーサインを出す事は一生ないだろうしな。
しかしこの肌寒い季節、人間が防寒対策をしてないとでもお思いだろうか?上はヒートテック、下もヒートテックのレギンスで固めている私に、脱衣の認識はなかった。

「いや…下もちゃんと着てるから…別に大丈夫だと思うけど…」

上下脱いだとしてもキャッツアイみたいになるだけだ。キャッツアイがあの姿で街を駆け回るのが許されるなら私だって問題ないよな?駄目だって言うならお前の内番着だってギリギリだぞと言ってやる。いや普段着からわりと怪しいぞ。隠し切れない胸筋が公序良俗の意味を試しているぞ。
じっと相手の露出した部位を見つめていれば、小狐丸も妥協したのか、違う方法を提示してくる。

「でしたら私の部屋へ参りましょう」

なんでだ?場所変えて何になるんだ。

「いやでも…ここに姿見があるし…」
「運びます」

そう言うと小狐丸は私の袴を整え、紐をしっかり結び直した。綺麗な蝶々結びだ。こんなに立派な蝶ならもうこの格好でも大丈夫な気がしてきたんだが、今さら引くに引けない雰囲気である。まぁ選んでくれるなら何でもいい…のか…?もう全部任せるか…確かにこんな場所にキャッツアイがいたらみんな驚くかもしれないしな。
よくわからないが絆されかけていた時、廊下から咳払いが聞こえてきた。視線を向けると、訓練帰りの長谷部が凄まじい形相で小狐丸を睨んでいる。

「…何をしている」

私には一瞥もくれずに大狐を問い詰め、何故か鍔には指が掛かっていた。どうした、お前こそいきなり何をキレているんだ。何をしてるも何も服を選んでいただけなんだが。ていうかどこから見てた?なんかキレるようなポイントあったかな?
とりあえず宥めておこうと口を開こうとすれば、小狐丸は私の肩に手を置き、移動を促すような動きをする。長谷部の事など意に介さぬ態度だ。

「さ、行きましょう。あのように不埒な輩もおりますゆえ…」
「お前が言うな!」

踏み込んできた長谷部をきっかけに喧嘩が始まりそうだったので、面倒事の気配を察知した私は結局そそくさと逃げ出し、整った蝶々結びのまま撮影所へ駆け出すのだった。

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