魔性

ケーキが届いた。一ヶ月待ちの人気店のケーキがやっと届いた。
日々遡行軍との戦いに身を投じる健気な私に許された至福のひととき…それは自分へのご褒美デーである。今日は存分に楽しむと決めている。そのために仕事は午前のうちに終わらせたのだ。ケーキを食べる時は誰にも邪魔されず、自由で救われてなきゃ駄目だからね。
孤独のグルメといきたいところだったが、私とて非道ではない。ケーキは二つあるので留守番組の奴と一緒に食べようと思っている。今日の当番は誰だったっけ…確か一人だけだったと思うんだが…。

「あ、三日月宗近か…」

台所で姿を見かけた時、うっかり嫌そうな声を出してしまった。違うんだ、普通に誤解だ。三日月ってケーキとか好きなのかな?と思ってしまった事による迷いがネガティブな声になってしまっただけで、三日月では役不足という意味ではない。全然いい。心底誰でもいい。

「どうかしたか、主」

私の素っ気ない声にも普段通りの態度を取る三日月に、こちらも早く挽回しようと明るい声を出す。

「うん。ケーキ一緒に食べようと思って…持ってきた」
「それは嬉しいな、頂くとしよう」

よかった、食べれるみたいだ。安心。甘い物好きなんだろうか…茶はよく飲んでるの見るけど、何が好きとか全然知らないな。そういえば団子は普通に食べてたかもしれない。まぁ嫌いじゃないならとにかくよかった。美味しいと噂の高級ケーキだ、有り難みもなく食べられたんじゃ堪らないからな。あまり好かんとか言われたら主キレそう。

「一つずつしかないから、みんなには内緒ね」

皿の上に出しながら、形を崩さないようそっと外装を剥がす。艶やかなフルーツにテンションを上げる私とは裏腹に、三日月は別件で気分を上げていて、なんというか普通に無視した。

「内緒か、なかなかいい響きだな」

聞こえない振りしとこう。私はいま忙しいんだ。
二人分のお茶を淹れ、完璧に整った支度に我ながら惚れ惚れする。優雅だ。毎日は面倒だが時々はあってほしい、そういう時間だな。
微塵も手伝う気がない三日月の前に洋梨のタルトを置き、私は苺のタルトを選んだ。どちらが良いかなどと聞きはしない、有無を言わさず選ぶ権利は私にあるのだ。当然だろう。
ようやく席について、待ち切れずにフォークを入れた。しっとりした生地で崩れにくく、食べやすい。

「美味しい」

感動の声を漏らすと、三日月も頷いた。

「主の淹れてくれた茶も美味いぞ」

それもこの日のために買ったやつだからな、当然だ。褒められるとちょっと嬉しかった。
試しに飲んでみると、本当に美味しかった。才能があるんじゃないか。一ヶ月待ちのケーキに相応しい高級感を醸し出している。
一気に食べるのが勿体ないと思い、少しずつ口に運んでいった。とにかく苺が美味しい。カスタードとよく合うなぁ…などと食レポに勤しんでいれば、三日月は手を止め、いつの間にか私をじっと見つめていた。

「主」

視線を合わせると、味がわからなくなりそうで恐ろしい。

「本当は目当ての刀がいたのではないか」
「え?」

急によくわからない事を言われ、私は黙った。思考を巡らせるも、ずっとケーキの事しか考えてなかったので文脈がよくわからない。
察しの悪い私に、三日月は呆れる事なく言葉を繋いで、ようやく全てを理解するに至った。

「俺でない方がよかったのではという話だ」

ハッとしてフォークを強く握った。そして己の失態を思い出す。
そうだった。初っ端に嫌そうな声を出してしまったんだった。てか気にしてたのか。そういうとこあるんだな。気にしてなければいいのにという願望が私の中にあったのかもしれないが、こうもはっきり言及されると、誤解を解かねばならなくなる。

「いや別に…」

そもそも何を勘繰っているんだろう。お前とはいま気まずいからちょっと嫌だな…という事はまぁあっても、他の奴が良かったと思う事はない。

「三日月でもよかったし、三日月じゃなくても別によかったよ」

真実を告げ、フォークをケーキに刺した。これで終わりだと言わんばかりに茶を飲み、ちゃんと味がする事を確認してから苺を口に運ぶ。

「そうか。ならいい」

もしかして責められていたのか?と今さらドキドキしてきたが、苺の美味さに全てを忘れた。
これが…これが一ヶ月待ちの味…か!

「このクオリティの苺がうちでも栽培できたらな…」
「ははは。審神者ではなく農家になってしまうぞ」
「だって美味しいから…一個あげるよ」

この苺が栽培できるなら、僕は悪にでも農家にでもなる…というくらいの絶品を、三日月の皿へ乗せた。何故人は良いものを布教したくなってしまうのだろうか。元は味覚も視覚も何もない刀剣にさえ、分け与えてしまうのは何故だろう。

「では俺からも」

お返しに洋梨がやってくる。正直食べたさしかなかったので有り難い。思わず顔を緩ませてしまい、すぐに持ち直すも、洋梨を口に入れた瞬間また笑うしかなかった。あまりの美味さに感情がバグりそうだ。

「美味い…二個ずつ買えばよかったな…」
「いやいや、分け合うのも良いものだぞ」

少しずつ食べながら聞き流そうとしていたら、三日月はまた私をじっと見つめ、やはり責めているのかと感じさせる口調を向ける。

「主は分け与えるのが好きだろう」

そんな事は全くない、と否定しかけた時、距離を詰められた。

「皆に平等に愛情を注ぐ」

三日月の方を見られずにいる私は、彼の皿の上に置かれた苺がやけに赤い気がし、平常心を乱されている事を察する。何故急にいつも変な空気に持っていくんだ、優雅なおやつタイムを楽しもうという気がお前にはないのか。
孤独のグルメを邪魔するならば無視するまで…と沈黙を貫こうとしたのだが、不意に苺にフォークが突き立てられ、思わず音を立てて息を吸ってしまった。

「その主と…秘密を共有するのは罪深い事だと思わんか」

や、やはり責められているのか?いろいろスルーしている事や嫌そうな声を出した事など、しっかり気にしておられるのでは?着実に傷付いているのではないか?動悸がしてきて手が震える。
いやそれなら私だって傷付いているんだが?と突然強気になり、楽しいティータイムが殺伐と化していく事に理不尽さを感じてくる。せっかく高いケーキを買ったのに、意味のわからない感情で台無しにされては困るのだ。

「別に」

エリカ様の態度で三日月に反論した。

「みんなとそれぞれ秘密があるからね」
「はっはっは、そう来たか」

笑った三日月にホッとし、最後の一切れだった洋梨を口に運んだ。そうだ、みんなには内緒ね、と言いながら平等に分けられないものをその時々で与えているだけの事を、なんか特別なものだと思われては困るのだ。ていうかそんなのどの家庭でもある事だろ。私が責められるような事じゃない。三日月だろうと三日月でなかろうとどうでもいい、誰でもよかった、たまたまお前だっただけだ。
茶を飲んで心を落ち着かせながら、やっぱり三日月じゃない方がよかったなぁ…などと思ってしまう前にこの時間を終わらせようと決意した。名残惜しいがケーキともここでお別れだ。フルーツと非常に合うタルト生地に舌鼓を打ち、なんとか三日月を無視しようと頑張るが、向こうの絡み方が精神的に来るため、完全に放置する事がどうにもできない。

「魔性というやつだな」

人聞きが悪すぎる。こんなに控えめに慎ましく生きているというのに。

「どれ…ならば俺も少し本気を出すか」

意味深な笑みを浮かべながら、三日月は洋梨をもう一切れ皿に乗せてくれた。早く立ち去りたい私を見据えての犯行だとしたら凶悪だ。しかし甘味の誘惑に抗えない私もまた愚かだ。三日月が食べなよ、などと口が裂けても言えないのだから。だって美味しいので。

「これでどうだ」

どうやらケーキで買収しようとしているらしい。いくら何でも安すぎるだろ。いやケーキは高いけどよ。
素っ気なく肩をすくめて洋梨を堪能していると、三日月も再びフォークを動かし出す。最初からそうしていればいいんだよ…と頷いて、とうとう最後の一口を平らげてしまった。至福の時間は終わったのだ。残ったお茶を飲む私の横で、三日月はまた手を止めると、なんだか不本意な独り言を呟いている。

「明日は別の刀と秘密を持つ…か…」

嫌味なのか?胃が痛くなってきたわ。
思わず頭を抱え、とうとう三日月と目を合わせると、彼は愉快げに微笑んでいた。何わろてんねんって感じだ。

「作戦を考えておく」
「考えるなよ…」

もっと有意義な事しろ。さすがに黙っていられず口を開いてしまい、ついでに溜息も出た。何と言ったらいいかわからず、ついて来られても困るので、残った茶を三日月の碗に注いだ。しばらくこれを飲んでいるが良いわ。お気に召したようだからな。

皿を片しながら、自分の落ち度などを思い出してまた溜息が出る。あれもこれも悪かったような気がしてきて悩みは尽きない。
なんでケーキ一つ食べるだけでこんなに思い悩まなきゃならないんだ。秘密を共有するより、洋梨を分けてくれるより、淹れた茶が美味いって言われる方が、ずっとずっと嬉しいのに。なんでそんな事がわからないんだろう。
まぁ私も刀剣の気持ちなんてわからないしな…と納得させ、相容れない事を嘆く事さえもうできないのだった。

/ back / top