他人は時の花

「僕が君を好きだから、とは考えないのかい?」

文脈的には、別に突拍子もない発言ではなかったかもしれない。空々しいという以前に、本心というものが存在しないような気がしてしまう。

「ないですね…」
「あはは。だろうねぇ」

なに笑ってんだ、と小突きたい気持ちを抑え、私は髭切を見送った。やけに豪勢な花束は、腕の中で縮こまっている。

髭切はよく花をくれる。散策中に見つけてくるらしい。
最初は別に気にしていなかった。咲いてたよ、と言われ、どうもありがとうと受け取って終わりだ。四回くらい同じやり取りを繰り返し、五回目の今日、積もり積もった申し訳なさみたいなものが溢れ出た。

確かに、散策を頼んでいるのは審神者の私である。何かあったら持ち帰ってくれと言った気もする。でもそれは毎回土産を持って帰れという意味じゃないし、何もなかったら手ぶらで帰ってきていいからな?と念を押したに過ぎないのだ。
散策のついでに摘んだにしては豪華すぎる花束に、私は困惑した。あの髭切が使命感を持っているとも思えないが、無理に花を探してるとしたら申し訳ない。最初に向日葵をもらった時、わりとはしゃいだ覚えがある。孫へのプレゼントを張り切って選ぶ祖父母のようになっていたらどうしよう…と苦悩して、丁寧に伝えた。上記の旨をだ。

すると返ってきた台詞があれである。
君を好きだから、とは考えないのかい?

考えるわけがない。わりと自惚れ屋の自覚はあるけど、見当違いはまた別の話だ。野花を母親に贈る小学生でもあるまいし、仮に好意的なものであれ、あの髭切がこんなに安直な手段に出るとは思えなかった。
あの髭切、と言えるほど、長い付き合いでもないのだけれど。


あれこれ考えているうちに、就寝時間が迫っていた。リモコンの電池がないだとか、靴下が片方見つからないとか、日常的に起きる些細なトラブルに対応していると、時間はあっという間に過ぎていく。
あとで花瓶に入れようと思っていた花を、洗面台に置きっ放しだったことを思い出した。水を張ってあるから枯れてはいないはずだが、そのままにしておくのはしのびなく、半分布団に入れた体を引き戻して、寒い廊下に出る。

もうじき冬が来る。花なんてもうほとんど散ってしまっただろうに、それでもどこかから髭切は見つけてくるのだ。たまたま道端に咲いている事なんてあるんだろうか。しばしば考え、今度一緒に出かけてみようか…なんて思案していると、見計らったかのように本人が現れるものだから、私は偶然やたまたまをあまり信用しなくなった。

「あれ」

曲がり角で出くわした髭切は、白々しいようにも見えるし、本当に驚いたようにも見える。

「どうしたんだい?そんな寒そうな格好で」
「いや…ちょっと野暮用で…」

もらった花のことをすっかり忘れて放置していたなどと正直に言えない私は、適当にはぐらかし、寒いのは事実だったので、さっさと洗面所に向かおうとした。別に髭切が長々と引き止めるとは思っちゃいないが、気まずさもあり、不自然なほど早足になる。
するとすれ違いざまに、あたたかい空気が背中に流れた。驚いて振り返ると、髭切がいつもの肩ジャースタイルを捨て、私に上着を羽織らせていた。突然の事に立ち止まったが、彼はただ微笑むばかりである。

「な、なに…」

びっくりしすぎて、状況を把握する前に声が出た。すぐに、肩ジャーというアイデンティティを放棄して私にジャージを着せてくれたのだと気付いたけれど、謎の優しさまでは理解できず、曖昧な態度になってしまう。

「あ、ありがとう…」
「いやいや」
「でも…大丈夫だよ、すぐ戻るし…髭切だって寒いだろ」

遠慮したわけではなかったが、声が疑惑の色に染まっている。本当に花を花瓶に入れてくるだけなのだ、夜中に布団を出てトイレに行くレベルの話である。ジャージを借りるほどの事じゃない。
丁重にお返ししようとしたところで、見越した髭切が、私の肩に手を置いた。好意を無下にするのも気が咎めたため、すぐに引き下がるつもりはあった。押し問答より、ありがとうと言った方が早いし、風邪も引かない。
だけどそういう打算みたいなものは、髭切と相性が悪いのだ。

「なんだかどうしても、君に上着を掛けたい気分なんだよ」

反応しづらい。そうですか…以外にどう言えばいいんだよ。
断るのも受け入れるのも微妙な心境になる台詞で、私は困った。軽口を受け流す事には慣れているつもりだったけど、これが軽口なのか重口なのかわからないのが問題なのだ。
今日の、花をくれた時の言葉もそうだ。別に信じてはいない。でも髭切の本心の在りかを、私は少し知りたがっている。

「何故だかわかるかい?」

わかるわけがない事を、髭切はわかっているんだろうか。
正直に首を傾げたら、愉快そうに、その反応を待ってたと言わんばかりに、髭切は今日という日をループさせるのである。

「君を好きだから、とは考えないんだろうね?」

何度聞かれても変わらない答えが、もしいつか変わるとしたら、それは髭切のせいなのか、それとも私のせいなのか。今の私は同じ台詞を繰り返すばかりだけれど、今宵の彼はもう笑わなかった。

「ないですね…」

洗面台の花だけが、本心を知っているのかもしれない。

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