名案

暑い。これが2205年の夏か。

物置きの穴に気付いたのは、扇風機を出した時だ。木製の倉庫だったし、丈夫とはいえ雨ざらしだから、いつかガタが来る気はしてたけど、まさか今日だとは思わなかった。そして今日じゃない方がよかった。

「釘」
「はい」

メスを受け取る医者のように、私は助手の小狐丸から釘をもらう。物置きの穴は何箇所かあった。腐食してる風には見えないし、虫食いかもしれない。
見つけたからには放置できない性質なので、すぐに修理用の木材を買い、それを打ち付ける事にした。堪え性のない審神者である、日が陰るのも待たず、炎天下の中すぐ作業に取り掛かる。
誰かに頼んでもよかったが、気晴らしにDIYも悪くないと思い、一人で作業していたところ、通りがかった小狐丸が手伝いを申し出たのだ。私がやりましょう、と言ってくれたけど、始めた事を投げ出したくはなかったため、助手として彼を雇った。太陽の下で、釘と板を渡すだけの仕事だ。私だったらやり甲斐のなさに暴動を起こすだろう。
私と違って良い子の小狐丸は、文句も言わずに黙々と作業をこなしている。一方の私は汗だくだ。トンカチを振るだけで汗腺が爆発する。本丸の四季は、日本の東京に合わせているらしいけど、夏だけは北海道に合わせてもらいたい限りだった。

「朝からずっと暑いよね…殺人的な日差し…」
「代わりましょうか」
「それはいい」
「なかなか強情なご様子…」

涼しい顔で私に釘を渡す小狐丸は、暑苦しい髪をしてるくせに清潔感は抜群だった。イケメンは汗をかかないという噂は本当だったのか。堂々と二の腕を晒しても日焼けせず、人間離れした姿を見せつけられ、ひ弱な自分が情けなくなる。まぁ刀と比べてもしょうがないけどな。人間離れっつーか本当に人間じゃねぇし。
六枚目の板を取り付けたところで、私はタオルで汗を拭った。拭いても無意味な気はするが、目に汗が入るとさすがに痛い。

「では、こうしましょう」

アシスタントの小狐丸は、急に思い立ったように腰を上げると、私の後ろに回った。普段から読めない動きをする奴である、まさに狐につままれるというか、わりとそういう目に遭ってきた。今日は何なんだと振り返ったら、小狐丸は壁に手をつき、私と太陽の間に立つ。自販機より背の高い彼の周りは、一瞬で陰になってしまった。
眩しさで麻痺した目だと、相手がよく見えない。

「これで日陰になりました」
「あ、うん…」

殺人的な日差しに配慮してくれたんだろうか。自らが日よけとなり、私を日陰に連れてきてくれたらしい。修理したばかりの壁にドンされるのはわりと神経が過敏になる案件だったが、彼なりの優しさだと思ったら言及する気にもなれない。強いて苦情を言うなら、後ろに立たれるのも普通に暑苦しい点だろうか。
一度はこのまま釘打ちを再開しようとしたけれど、やはり尋常でない圧迫感で、息が詰まる私であった。

「…日傘持ってこない?そしたら小狐丸も日陰に入れるし」
「おお、それは名案です」

少なくともお前の案よりはな。
ついでに休憩しようか、と申し出ようとする私の後ろから、小狐丸はまだ引かない。傘を取りに行く態勢の私は、微妙なポーズで固まり、壁ドン狐に首を傾げる。
まだ何か?と視線で訴えると、また妙な台詞を吐いた。

「これはこれで名案だと思いましたが」
「…どこが?」
「秘密です」

ようやく手を戻した小狐丸に肩をすくめ、これ以上つままれる前に、私は日傘を取りに行くのであった。

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