新婦来賓・友人

住所不定の奴に式の招待状送れない問題、大体向こうからの家庭訪問で解決するな。

「これ、お祝いに」

私は石油王夫人のレイコ。こっちは電波フレンドのN。公共放送をかき乱す男だ。こいつが居候してた時はテレビに砂嵐が流れ、Wi-Fiは弱まり、挙句停電になるという怪奇現象が起きていたから、科学の力で解明できない事はまだまだあるのだと痛感させられた。
お祝いとして渡された箱を受け取り、私は微妙に気まずくて苦笑を浮かべる。
Nとはイッシュで出会ったが…どういう関係かは…わからん。何なんだろうな私とお前。とりあえず友達ではないわ。友達ではないけど、毒親仲間ではあるし、彼の成長や信念を貫こうとする姿勢などには感化された部分もあったので、結婚の報告をしないという選択肢はまず有り得なかった。さすがにそこまで不誠実じゃないんで。
とはいえNは住所不定である。いろいろ探してはみたがそう簡単には見つからず、でもNの事だ、きっと電波をキャッチして私の結婚に気付いてくれるだろうと思い、それ以上の捜索は打ち切った。別に面倒になったとかではないから。全然。見かけたら報告よろ〜ってアララギ博士に連絡して終わった。丸投げじゃねーか。
そして本当に電波で察して来たわけだから、逆に恐怖すら抱いているのが現状である。
お前…マジですげぇな。我が家の怪奇現象が本当にお前のせいだったという裏付けが取れちまったよ。

何はともあれ来てくれた事にはホッとしつつ贈り物を開けると、小さな箱から出てきたのは、精巧に作られた観覧車の玩具だった。玄関などのインテリアに最適なそれは、トラウマ…いやいい思い出を蘇らせる。

「レイコも観覧車が好きだと言っていただろう?」

いやそこまでじゃない。模型が欲しいレベルではなかったけどな。乗るのが好きだって話。それも別にめちゃくちゃ好きなわけでもないし。
パンピーの好きとオタクの好きの温度差が激しいように、私とNの間にもその現象が起きてしまっていた。まぁ普通に可愛いからありがたく飾らせてもらうけど。美的センスも成長してるようだな。ドラゴン使いとは大違いですよ。全然関係ない奴を軽やかにディスるのはやめろよ。
私の結婚に対して感情があるのかないのかよくわからないNの態度に翻弄されつつ、とりあえずわざわざ来てくれた礼は述べておいた。あのコミュ障だったお前がプレゼントまで用意してくれて…目頭が熱いよ。感動に震えていたら、まだその話する?ってくらいNは観覧車ガチ勢っぷりを見せつけてきたので、出会って数分で疲労が限界だった。

「相手も観覧車が好きなのかい?」
「さぁ…」

訂正しよう、全然コミュ力上がってないわこいつ。
自分の好きなものの話しかできない完全体オタクのNに、もっと聞く事あるだろ!と私は咳払いをした。
もっとさぁ!あるじゃん!?どこで知り合ったの?とか!プロポーズはどっちから?とか!生涯年収は?とかさぁ!あるでしょ!何故かその全てが思い出せないから聞かなくていいけど!顔すら思い出せない。私誰と結婚するんだ?
謎の記憶喪失に陥っていると、間髪入れずにNは相変わらずの早口で私の思考を遮った。

「トモダチの君が結婚するのは…嬉しいと思う」

友達じゃねぇ。

「だけど」

なに勝手に友達認定してくれてんだよとキレかけたが、それまで調子よく喋っていたNが俯いたので、水を差すような発言はできなかった。
案外何のしがらみもなく祝ってくれてるのかもな、と油断し始めた私を崖から突き落とすよう、彼は呟く。

「その人が観覧車を好きでなければいいのにと…思ってしまうんだ」

悲しげに微笑まれ、これ以上ないくらいリアクションに困った。そんな情緒ある台詞で未練をほのめかさないでくれと俯き、己の喪女力に辟易する。どう返したらいいんだよ。こんな時にいい女ぶる事もできない私は棒立ちし、震える手で観覧車を支えた。

「何故だろうね」

自分で考えろ。人に解を求めるな。お前…得意だろ、ガリレオみたいに答えを導き出すの。恋愛力学今日も格闘中か?私は解けたから結婚するんだけどな。観覧車が好きかどうかもわからない相手と。聞いてみようという気も起きないのは何でだろう。いま気まずくてそれどころじゃないからかな。
どう返せばいいか悩みに悩み、もう笑ってごまかそうと決意して、適当に笑顔を作った。するとNも微笑んで、瞬間、彼との思い出が走馬灯のように蘇ってきた。
いきなり現れては挨拶もなく話を始め…それでもいつしかお互いの隙間を埋めるような交流をするようになり…最後にはアデクの虫取りジジイの代わりにお前を倒して感動のエンディング…懐かしいな。何だか遠い昔みたいだ。

「おめでとう」

最後にそう告げると、Nは帽子を深く被り、私の前から去っていく。サヨナラと言いながらゼクロムに乗って飛び立った時を彷彿とさせ、目頭が熱かった。
N…お前とは修羅場も路チュー事件とかもあったけど…全てを水に流してもいいと思えるくらい、かけがえのない出会いだった、今はそう思うよ。石油王との出会いよりずっと価値があった。そもそも私は石油王と出会ったのだろうか?こんなに思い出せないのおかしくない?
いやいや、と首を振り、観覧車の玩具を触る。動かしたら普通に回った。ハイテクやん。
何イケメンの未練がましい姿見てちょっと結婚に疑問抱いちゃってんだよ。ないから。私が愛したのは石油王、プラズマ団の王じゃねぇんだよ。Nとはもっとこう…わかる?全てを超越した何かというか…電波通信っていうか、そういうやつだった。きっと。

「N!」

辛抱たまらなくなり、私は去りゆく相手に声をかける。

「結婚式…来てよね」

観覧車を回しながらそう言い、招待状を渡し忘れた事は置いといて、それよりも大事な台詞を告げた。

「…友達だからさ」

抵抗感のあまり小声になってしまったが、Nは手を振ってくれたので、ちゃんと聞こえたのかもしれない。振り返す代わりに観覧車をスピーディーに回して、もし夫が観覧車が好きでも一緒には乗らないかもしれないと、予感めいた事を考えるレイコであった。