新婦来賓・友人

結婚式に招待する人の基準って何だろう。
私はヤマブキシティのレイコ。石油王夫人だ。この度めでたく結婚する事になったので、お世話になった人を式に呼ぼうとしているのだが、旅先で出会った知り合いがなかなか多く、その上この人を呼ぶならあの人も呼ばないと角が立つよな…みたいな事態も発生し、結果的に膨大な人数になってしまっていた。結婚したのが石油王じゃなかったら破産していたに違いないと冷や汗を流す私は、別の意味でも冷や汗を流すはめになっている。

「レイコさん、結婚おめでとうございます」

わざわざカントーまで訪ねてきてくれたチェレンに、一瞬フリーズしてしまった私を、彼は許してくれるだろうか。

どんな顔で招待状送ったらいいんだ?と最後まで悩んでいたチェレンから結婚を祝福され、私は半分はホッとしながら彼を日本の心でおもてなしする。
チェレンというと…女の趣味が悪いボーイズの一人である。クソガキの中ではまだマシなインテリ風クソガキだった彼が、ジムリーダーになるまで成長し、闇落ちしかけたところはありつつも持ち直して、今では立派な好青年…おまけにトレーナーズスクールの先生までやってるもんだから、見た目通りにエリートコースをひた走っている。私のようなニートとは天と地ほどの差がある勤勉な男ですよ。圧倒的対極。月とスッポン。太陽とゴミ。悲しくなってきた。
そんな彼が、眼鏡を外してさぞかしおモテになっているであろう彼が、いまだに女の趣味の悪さを改善していない事実に、私は打ちのめされてしまった。

「僕はまだレイコさんの事が好きですが…」

気まずい気まずい。夕食を共にした帰り道、不意にそんな事を言われ、私はわざとらしく咳払いをした。どんなタイミング?と指摘して笑い飛ばそうとするも、チェレンの複雑な横顔を見たら何も言えず、ドラえもんみたいな笑い方をしてしまう。コミュ障乙すぎ。
好きですが…って何やねん。好きですがじゃないよ。まだそこにいたの?新たに仕事を始め忙しい毎日、恋する気持ちも失った社畜と化しているとばかり思っていましたよ。おまけに金に目が眩んで結婚したクソ女の事なんていつまでも好きだと思うか?悪いことは言わない、そんな女の事は早く忘れろ。どうせろくな奴じゃないんだから…。私だったわ。
そんな私の思いを汲んだのか、チェレンは微笑み、まるでこちらを心配させまいと無理をしているような姿を見せ、ますます胸が痛んでいく。

「でもきっと諦めますから、安心してください」

健気な言葉に、私はたまらず目頭を押さえた。俺を殴れ!と心の中で叫び、本当に殴ってくださいと祈ってしまうほど罪悪感で死にそうになる。
ええ…?こんないい子を振る女がいるんですか?私だっつの。お前は本当に最低だな…こんな風に言ってくれる奴が一体何人いると思う?それを石油につられて結婚なんて…愚かすぎて涙が出るわ。
しかしこの期に及んで教員の安月給と石油を秤にかけてしまう…現実主義者の私を許してほしい…いや!許してくれなくていい…!チェレンが幸せになってくれれば…それだけでいいんだ…。
老婆心がトップギアに入ってしまったまま、私はチェレンと別れ、式場で会おうと空気の読めない台詞を吐きながら帰路を歩き始める。
チェレン…なんというか…いやもう何も言えねぇ。すまん。ただすまんとしか。チェレンに愛してもらう価値など微塵もないのに、あんな…もう…つらい。結婚するのつらくなってきた。せめて貧乏な俳優志望の男と貧しさにも負けず純愛の末に結婚したとかならまだこんなに心は痛んでないと思うな。大体なんで結婚するんだよ。え?本当になんで結婚するの?私の夢は主婦じゃなくてニートなのに?
自分の存在理由を問いかけて立ち止まった時、同じタイミングで後ろから声が響いた。

「レイコさん!」

振り返ると、鈴木保奈美がカーンチ!と言いそうな距離で、チェレンがこちらを見ていた。さっきの穏やかな微笑みから一転、少し眉間を寄せて何かに耐えるような表情をし、そして叫んだのだ。

「やっぱり無理です!」
「ええ?」
「あなたが好きです!ずっと!」

近所に聞こえる!やめろ気まずいから!
いきなりそんな事を言われ、私はリアクションできずに立ち尽くした。ずっと、なんて果てしない言葉にようやく感情が追いついて、もはや彼は私の知るまともなクソガキではないのだと思ったら、寂しいやら感慨深いやらで胸が熱かった。
さすがの喪女の私も、ストレートに少女漫画みたいな台詞を言われて何も感じないはずがなく、普通に照れた。まだまだ子供だと思っていた少年がいつの間にか大人になり…というおねショタの真骨頂のような展開に、トゥンクしてしまっても無理はないって話だ。聡子と真修かな?
式を間近に控えた喪女を惑わすチェレンであったが、彼は卒業のダスティン・ホフマンのような不良ではない。最後まで優等生を貫き、それがまた私の涙を誘う。

「でも…あなたの幸せを願ってるのは…本当ですから」

真実である事が痛いほど伝わる声色に、とうとう私のライフはゼロになった。

「…さようなら」

泣いてまうやろ。織田信成の如く。
元彼感を醸し出しながら別れを告げたチェレンは、それ以降振り返る事なく私の前から去っていく。幾分か背の伸びた後ろ姿には、強さを求め私の偶像を追っていた頃の面影など微塵も残っていない。アホ毛は相変わらずだが。針金でも入ってんのか。
気まずさと心苦しさに胸を締め付けられた私は、衝動的に結婚を取りやめたくなり、思わず式場にキャンセルの電話を入れかける。
だってこんな…尋常でない胸の痛みを抱えて結婚なんかできるか?無理だろ!そもそも私が結婚する事がおかしいわ!チェレンが慕ってくれてたのはニートに向かってひた走りながらも、イッシュで大切な事を学び、決して金や権力に脅かされたりはせず、自分の感情に素直になって行動する私だったはずじゃん!よく自分で言えるな。
己を見失っていたことに気付き、やはり私は気高いニートでいる瞬間が最も輝いていると再確認した。
ありがとうチェレン…本当の私を取り戻してくれて。ニートの私以外私じゃないもんな。リアルにゲスの極み乙女なところあるし。うるせぇな。
そうと決まればスピード離婚だと夫に電話をかけようとしたところで、私はふと手を止める。ある違和感に気付き、何だか寒気がした。
あれ…旦那の電話番号…何番だ?そもそも名前忘れたんだが。誰と結婚すんだ私?石油王ということ以外思い出せず、まるで作り物の記憶が埋め込まれたような感覚すらあり、恐怖に背筋が凍っていく。
もしかして夢なんじゃないのか、と思い至った瞬間、誰かに肩を叩かれた。驚きと共に振り返ったら、そこには引き返してきたチェレン、ではなく、何故かスリーパーが笑って立っているではないか。
なに!?怖っ!誰だよお前!野生!?
どこからか現れたスリーパーに怯えていると、即座に振り子をかざされ、私は何かを思い出しそうになった。しかし記憶の掘り起こしは叶わず、地面に倒れながら意識を失っていく。どうせ夢なら式場で私を奪いに来るチェレンの姿でも見せてくれたらよかったのによ、とこんな状況で邪心を抱きまくる私を、スリーパーは引いた目をして見ているのであった。