新婦来賓・知人

新婚早々、犯罪に巻き込まれた。

「うわ!出た!」

平日の真昼間に普通の公道を歩いていた私は、世界一日本の公道が似合わないであろう三人組に囲まれ、一瞬にして路地裏に拉致されてしまう。知り合い以下の交流しかしていない相手の顔を見て、懐かしさのあまりそう叫んだ。
私はレイコ。石油王夫人である。薬指のごつい指輪を見ていただいたらわかるように、圧倒的な玉の輿だ。湯水のように湧き出る金があればもちろん働く必要もなく、名ばかりの専業主婦となり、毎日だらだらと過ごしている。
そんな幸せの絶頂にいる私に、拉致という犯罪で水を差す存在がいた。
イッシュで出会ったゲーチスの部下のエセ忍者軍団、その名も…!

「だ、ダークトリミアン…!」
「トリニティだ」

それだわ。すまんな、寒いツッコミをさせてしまって。過去は振り返らない女だから許せよ。
いきなり現れた三人を順々に見つめ、正面の奴がどうやら私の原付に無断で乗車しまくった野郎だと気付き、とりあえずそいつに視線を固定する。
かろうじて話が通じそうだからなこいつは…。夢主とはフレッドとジョージを見分けられる特殊能力を持った存在、私とて例外ではなく、しっかり個体差を認識して話を進めた。

「な、何か用…?」

存在がチートすぎる連中に囲まれた私は、身の危険を感じながらもそう尋ねた。
何気に三人揃ったの見るの久しぶりだ…ダークトリニティ。原付の奴は番外編で時々会うけど。そして特に会いたくはないから早めにご帰還願いたい。
どうせろくな用事じゃないことはわかっているため、十二分に警戒しながら身構える。左手には非常ダイヤルを押す寸前の携帯、右手にはモンスターボールという最強の布陣で挑むと、まず原付奴が口を開いた。

「結婚には三つの袋がある」

お前らも私の結婚知ってんのかよ。パパラッチかな?
情報が漏洩しすぎな時点でいろいろと無理だったが、さらに結婚式での鉄板ジョークまで言い始めたので、私は頭を抱えた。もう嫌な予感しかしない。どこでそんなの覚えてくるんだよ!と寒い日本の文化に憤っていたら、左側の奴が指を一本立て、口を開く。

「お袋」

今度は右の奴が指を二本立てる。

「堪忍袋」

そして最後に原付の奴が、どこからか取り出した封筒を私に手渡し、オチを決めた。

「給料袋だ」

いらねぇ。
七月分・レイコ殿、と書かれた給料袋を渡され、私は撃沈した。イッシュでは筋肉痛に悩む私にやたらと外用薬を授けていた彼らが、ついにこんなものまで譲渡してきて、もはや何がしたいのか全くわからない。暇なの?働けば?私が言うのも何だけども。
給料を払ってもらう事など一生ないので、何よりもいらない袋を手に、私は立ち尽くす。
…で?給料袋より祝儀袋がほしい事を伝えた方がいいか?

「レイコ」

独特のペースについていけずにいると、原付男だけが残り、他の二人は消え去った。自分の台詞が終わったら帰るというホワイト会社の社員みたいな連中に呆れる中、ダークシングルマンに名前を呼ばれる。

「私たちはお前を許さない」

突然の不穏。さっきまでのボケとの落差がすごい。
いきなり恨まれ、さすがの私も一歩引いた。そりゃプラズマ団を二回も崩壊に追い込んだ奴を許せる方が稀有だと思うが、それにしたって急すぎだろ。テンション統一してくれと祈り、このままゆっくり後ずさって逃げようとしたら、腕を掴まれて本当にびびった。
やめて怖い!なんか普通にこいつら超人的な身体能力を誇ってるから、お前はもう死んでいるっつっていきなり経絡秘孔突かれるような恐怖がある!遺言があべしっ!になるのだけは避けてぇ!
抵抗するだけ無駄と思い、CEROはAだから大丈夫と必死に言い聞かせる私へ、ケンシロウトリニティはさらに意味不明な言葉を口走るのだった。

「結婚も許したわけじゃない」

なんでだよ。親かよ。
血の繋がらない頑固親父に反対され、何もかもが理解不能な私から、相手は給料袋を奪い取る。そしてそれを細切れに刻んで破り捨てると、いつもの瞬間移動で消え去った。路地裏に残された私は、とても花嫁とは思えない形相で立ち尽くす。
あいつ、自分が渡した給料袋破り捨てて行ったんだが。前代未聞。謎すぎ。この一連の流れの全てが常軌を逸してる。
とりあえずゴミを放置するわけにもいかないので破られた封筒を集めながら、私は時間差でキレてきた。
なんだ?マジで。ウェディングベルなみのくたばっちまえアーメンをお見舞いされたんだが?お前を教会の一番後ろの席に招待した覚えはねぇぞ。
株式会社ゲーチスがブラック企業すぎて社畜と成り下がるあまり正常な判断能力を失いつつあるんだろうか。わけもなく涙が出る、それは体のSOSサイン…早く辞めた方がいい。でも私が辞めたら他の二人に迷惑がかかるから…その思いやりが時に死を招くんだよ。ダークトリニティがダークコンビやらダークデュオやらダークペアになったっていいだろ。ていうかどうでもいいしな。
やはり健康のためにも働くべきではない、彼らのおかげでそれを一層痛感し、私は拾い集めた給料袋のカスを握りしめる。

「堪忍袋の緒が切れそうだぜ…」

三つの袋のうち二つがすでに破壊され、せめてお袋は大事にしようと誓う私であった。まぁうちのお袋は式に向けて全身エステに通ってるけどな…お前の結婚式じゃねぇから。