新婦来賓・友人

私の結婚式に出席するついでに、カントー旅行に来たリーリエ一家と料亭で食事をした。店員の、お前だけなんか毛色違うな?という視線を浴びた私は石油王夫人のレイコ。結婚は素晴らしいものよ、と言ったルザミーネさんに思わず失笑してしまった女である。

毒親パラダイス、違ったエーテルパラダイスで彼女らの家庭崩壊、そして家庭修復を見届けた私は、一応お世話になったというかお世話した縁で三人を式に招待した。リーリエなんて我が事のように喜んでくれたから癒されたけど、グラジオは何だか浮かない顔で、家まで送ってくれている道中もローテンションだった。間が持たないあまり私は適当に、クレヨンしんちゃんの新しい声って小林由美子になったらしいよ、などと世間話を振るも、焼きたてジャぱんの人か、とクールに返ってくるだけで会話が続かない。結構詳しいじゃねーか。

「結婚…おめでとう」

共通のネタがなさすぎて八方塞がりだった私に、ようやくグラジオは祝いの言葉を投げてくれた。反対してるのかとさえ思っていたから、おめでとうと言ってもらえた事にはひとまずホッとする。しかし微笑みを向けつつも、やはりどこかアンニュイな様子で、私は手放しに喜べない。
やっぱ…あれかな…親が親だけに、結婚に対していいイメージがないのかもしれないなグラジオは…。家庭不和という悲しい環境を経験してきた彼の思いを汲み取り、私は目頭を押さえる。
わかるよ。うちも問題ある家庭だからな。家族仲は悪くないが、父は引きこもり研究員、娘は引きこもりニート、母はミーハーアウトドア女というこの絶対に揃わない足並みね。同じ家にいても交わらない。もはやシェアハウスだから。
でもそれも一つの家族の形と私は思ったわけ。だから結婚した。石油王の夫に養われるだけのニート妻も立派な家族なのだと痛感したよ。まぁ胸を張っては言えないけど。後ろめたいんじゃねーか。

そんな私の心を察したのか、グラジオは褒めながら傷をえぐる発言をし、私をさらに悩ませる。

「お前なら…いい家庭を築けるだろう」

重い。お前に言われるのが一番重いわ。そしていい家庭を築ける気が全くしないところも胸が痛む。効果抜群技が急所に当たった衝撃で、私は眉間の皺を伸ばせない。
いやいい家庭とか普通に無理だろ。だって私だぞ。他人どころか自分の面倒も見れないのに何結婚してんだ?って話ですよ。本当になんで結婚したんだ?冗談ではなくマジでどうして結婚するんだっけ?
急に相手の顔や経歴が思い出せなくなり、私は首を傾げる。あれ…なんだっけ…どんな人と結婚するんだった?全く思い出せん。忘れオヤジに技じゃなくて記憶消された?
グラジオの言葉で人生を見失い始める私だったが、ひとまずフォローを入れておかなくてはならない。何とか笑顔を貼り付け、どこから目線で口を開いた。

「グラジオだって大丈夫だよ」

根拠のない発言だったが、紛れも無い本心である。私はかんばリーリエポーズで激励し、年を考えろとセルフツッコミをした。心は少女だから許せよ。
少なくとも私よりはマシな家庭を築けるでしょう、グラジオ氏は。ちょっと極端なところはあるが家族思いだし、顔もいい、修繕しまくった服を見るに裁縫も上手い、何より金持ちだ。親があれなのでそこは苦労するかもしれないけど、でも今の君ならきっと大丈夫。あとは病気が治れば完璧かな。厨二病っていう病がさ。
しかし、そんな私の励ましは届かなかったらしい。彼はまだ治る気配のない厨二病ポーズを取ると、首を左右に振った。

「俺は…家庭を持つ気はない」

やはり毒親の影響は根深いのか。
私は達観した彼に眉を下げ、憐れみの視線を送る。

「いや…あるにはあった…」

あったんかい。紛らわしいな。一行にまとめろや。

「心に決めた相手がいたんだ」
「ならどうして…」

聞いてすぐ後悔した。彼がずっと沈んだ表情をしていた事を思い出し、たまらず両手で口元を覆う。己のデリカシーのなさに辟易して、あたしって本当バカ…!と言わざるを得ない。
グラジオ…結婚したいほど慕っている女がいたのに…それをあんなにきっぱり家庭は持たないと言い切るなんて…きっと余程の理由があるのだろう。まさか…死…!?と最悪の想像をしていれば、彼は重い口をとうとう開いた。

「そいつが俺を選ばなかったのさ」

失恋しただけかよ。紛らわしい顔やめろや。
あ、そう…と死んだ目を向けて素っ気なく返し、いちいち意味深なグラジオに私は振り回される。
お前さぁ…ただでさえご家庭が複雑なんだから言動には気をつけてくれんか?深読みしちゃうでしょ!結構気を遣ってんだからこっちは!思春期の少年の扱いがわからず、しかしまぁそこまで焦がれていた相手に振られるというのは相当な痛手だと思い、私はしっかりと慰めておいた。間違っても、親のせいじゃね?などと言ってはならない。

「見る目ないね、そいつ」
「全くだな」

私の励ましに、ようやくグラジオは笑った。何だか馬鹿にしてる感すらある笑い方に、人の慰めを笑うなとド突きたい気分にすらなる。二度とないぞ私が失恋を労わるなんて。どうせ厨二病女だろ、やめとけやめとけ。一過性のものだから。早く忘れた方がいい。
謎の恋バナをしている間に、私達は家に辿り着いた。送ってくれてありがとう、とは言いつつも、夜のヤマブキを少年一人で帰らせる方が問題のような気がしてしまう私である。おまけに悲しい失恋トークをしたばかりだ。くれぐれも気をつけて帰ってくれよな。あんな親でも泣かすんじゃないぞ。あんな親でも。二回も言ってしまったが他意はないです。
それじゃ式場でね、と手を挙げたら、最後にグラジオはまた意味深に笑った。

「俺には見る目があったと思うぜ、レイコ」

何だか悲しい笑顔に、そいつの事マジで好きだったんだな…と思い知らされ、私は合掌した。
どこのどいつか知らないが、グラジオみたいないい子を振るなんて普通にクソ野郎だよ…馬鹿、クズ、カス、ゴミだね。箪笥の角に小指ぶつけたらいいと思うわ。全てがブーメランであることに気付いていないレイコは、ただただ純粋にグラジオの幸せを祈っているのであった。