新婦来賓・友人

結婚の噂を聞きつけたグリーンに、人気のないところへ呼び出された時から、殴られる覚悟は決まっていた。
私はポケモンニート…いや石油王夫人のレイコ。経緯は思い出せないが、何故か結婚する事になった新婚ホヤホヤのハッピーガールだ。ゼロの桁が違いすぎる預金通帳を見て笑顔が止まらない日々を送っている。
そんな時、結婚するんだって?とグリーンから連絡があった。ちょっとツラ貸せよと寂れた公園に誘われてしまい、一瞬トンズラしようかとも思ったけど、さすがにケジメがなさすぎるので腹をくくり、久しぶりの外出を決める。マジで最近1ミリも外出てないから頭とかカビ生えてんじゃないかな。よく結婚できたなお前。

グリーンとは、長い付き合いである。セキエイリーグで初めてチャンピオンになった時、勢いで告白されて以来、微妙に気まずかったり特に気にしてなかったりする関係だ。季節が変わるたび、さすがにもう千年の恋も冷めただろうとタカをくくっては、油断している私を仕留めるようフラグを立ててくるので、なかなか往生際の悪い、そして女の趣味も悪いかわいそうな男である。
そんな彼になんと言葉をかけるべきか、私は悩みに悩んだ。マジでどうする?普通に気まずいわ。今度こそ百年の恋も冷めてると期待したいところだが、まぁ冷めてもらわないといい加減ガチでまずいって感じだしね。人妻だぞ。想いを寄せることさえ罪深いですよ。いくら私が広瀬すずのように可憐でもね…。すずに謝れや。
いっそ真田弦一郎みたいに、俺を殴れ!ってリアクションに困る行動に出ようかなぁ…と考えつつ、しかし実際グリーンと会ってみると、自然と言葉は溢れてきた。

「…ごめん、相談もなしに…結婚しちゃって…」

出謝罪。後ろめたさがピークに達した私に選ばれたのは、綾鷹ではなく謝罪であった。
俺を殴れよりリアクションしづらいわと自身の選択ミスを責め、場を繋ぐようブランコに座る。遊具の軋む音が哀愁を誘い、まるでめぞん一刻のような情緒を醸し出していた。
おいどうなってんだ?作風が違うぞ。いつもの動物のお医者さんなみの緩さとブラックコメディ感はどうしたんだよ。
何だか夢の中にいるみたいな場違い感に、私の居たたまれなさは加速する。
相手の顔を見られず俯いていると、グリーンは至って普段通りの調子で、私の謝罪を揶揄するように笑った。

「何言ってんだよ」

思いの外軽い口調に、私は少し顔を上げる。

「まさかレイコが結婚とは…」

肩をすくめながらそう呟くグリーンに、私も苦笑しながら頷いた。
本当にな。私もそう思うわ。今もなんか何故結婚するのかよくわかんないし。よくわかんないけど結婚するのは確定らしい。大いなる力が私をそうさせる。大いなる…サイト六周年記念的な力が…。考えると頭痛がしてきたので思考を振り払うよう首を振った。

「ま、せいぜいお幸せにな」

言い方は気になりつつも、グリーンは終始そんな調子だった。責めるわけでも落ち込むわけでもなく、ただ友人の結婚を祝福に来たような態度で、私は心の底からホッとする。
そうだよな…オーキド博士の孫という生まれた時から勝ち組で、それでいて七光りと言う者はほとんどいないくらい努力を惜しまず、トレーナーとしての地位と実力を身につけたグリーンが、いつまでも私みたいなクソニートを好きなわけがないんだ。当たり前のことに気付き、このブランコのように私の気持ちは軽くなった。
よかったー殴られなくて。蝶野を前にした方正みたいな気分が多少あったから焦ったわ。五体満足で帰れる事実に安堵し、私は素直に照れ笑いを浮かべる。
幸せになるから私。気候のいい土地でクーラーの効いた部屋に寝転びながら毎日ネットサーフィンして過ごすよ。買い物は全部通販。掃除洗濯は使用人にやらせて、時には屋外プールでカビゴンの腹に乗って遊泳したり、高級レストランで湯水のように金を使いながらサーロインを食べまくるから。たまには遊びにおいでよ、奢ってやっからよ。セレブクソニートという新たな称号を獲得しつつある私に、グリーンは一歩近付いて生意気な口を利いた。

「こっち帰ってきたら勝負しろよ、腕なまってないか見てやるから」
「なまるわけないだろ、私を誰だと思ってんだ?」
「ニート」

ぐうの音も出ない。正解の音だけ出たわ。

「勝ったら結婚しろなんてもう言わねぇし」

不意にそんな事を言われ、私はグリーンを見上げた。別に何十年も経ったわけじゃないのに、戯れに交わした約束が遥か遠くの事のように思え、何故か急に寂しさが込み上げる。
こいつともいろいろあったな…何だかんだで楽しかったよ。カントーを旅したおかげで今の私があるわけだし。クソガキ伝説の始まりもお前だった。それが今じゃこんなに成長して、感慨深いものがあるよ…老婆心って言うのかな…。老け込んだニートとは裏腹に、立派になったグリーンと視線を合わせ、結婚式には呼ぶから、と伝えようとした。しかしその前に相手は口を開き、ブランコを掴む私の手をそっと握る。

「俺さ」

新婚早々に不貞はまずいと焦っている私は、千年の恋がそう簡単に冷めるわけがないと、この時ようやく思い知らされるのである。

「お前のこと、本当に好きだった」

ストレートに言われ、喪女力5億の私もさすがに揺らいだ。グリーンらしからぬ真面目さに思わず赤面し、意味もなく息を止めてしまう。少女漫画だったら突風のエフェクトが発生していたであろう告白は、油田をプレゼントされた時よりも衝撃的だった。つまりときめいたって事だ。この私が。2020年東京オリンピッククソガキ男子日本代表のグリーンに。やっぱり夢じゃね?
自分の感情が信じられずに呆然としていれば、そんな私の反応に満足したのか、グリーンはせせら笑って公園から去っていく。まだまだ現役のバイビーポーズを披露し、千年の恋に決着をつけたその後ろ姿は、もはや私の知っているクソガキではないのかもしれない。

「…今のは狡いだろ…」

人並みの青春が私にもあったってわけか…今まで幼なじみだと思ってた奴が急に知らない男に見えるあの現象ってこういう事なのかもな…まぁバイビーのおかげでクソガキイメージは払拭されなかったけど。黒歴史サンキュー。
微妙な心境でしばらくブランコを漕ぎながら、本当に私なんで結婚するんだろうな…と人生の転機について考え始めると、何だか瞼が重くなる。この感じ…前にもあったような気がする…。
何度かまばたきをすれば、急に銀の振り子が私の前を横切った。理由はわからないけれど、次に目を開いた時にはグリーンの萌え台詞を全部忘れているという予感だけが確かに存在し、なんて勿体ないんだと二度とないかもしれないモテ期に、無様にも縋り付いてしまう私であった。