新婦来賓・友人

遊びに来たマサキに結婚を報告すると、その辺のアブラゼミには負けないくらいのテンションで騒ぎ出したので、言わなきゃよかったと私は早々に後悔する。

「絶対詐欺や!」
「失礼な」
「レイコが結婚できるわけないやろ!」
「本当に失礼だな!」

大阪のおばちゃんよりずけずけ言いやがるマサキに思わずパンチを食らわせ、私は倒れた相手を見下ろした。利き手で殴らなかったのはせめてもの良心だったけど、ダイヤの指輪が逆にダメージを与えてしまったかもしれない。
私は元ニート、現石油王夫人のレイコ。新婚さんいらっしゃいの出演を狙っているハッピーガールだ。
幸せの絶頂にいる私に水を差すマサキは、凶器と化した億はくだらない指輪を見つめて叫んでいる。

「そんでどんだけごつい指輪やねん!」
「別にいいだろ、石の大きさが愛の大きさだから!」
「聞きたない!レイコの口からそんなリア充みたいな台詞!」

どうやらまだ殴られたいらしいな。お前の骨とダイヤ、どっちが硬いか試してやろうか?
物騒な事を考えながら、私は溜息をつき椅子に座る。リア充なんだよ、と言い捨て、非モテインテリポケモンヲタ野郎にマウントを取った。
石油王夫人の私が暴力なんて…いけないな。殴るなら札束で殴らないと。金さえあれば自分の手を汚す必要がない事を知り、高笑いが止まらなくなりそうである。
自分がカースト下位である事を理解したのか、殴られたマサキは床に座り、いまだ納得していなさそうに腕を組んで首を傾げた。その様子に私の方が納得できず、目を細めて唸る。
そんなにか?私そんなに結婚できなさそう?自分で言うのも何だが結構性格いいですよ。器量良し、ポケモン勝負強し、欠点といえば引きこもりすぎてカーテンの閉め切りと換気の怠りから窓にちょっとカビが生えたくらいかな。よく結婚できたな。

「この世にはニートでもいいって言ってくれる奇特な人がいるって事さ」

諭すようにマサキに告げたが、相手はまだ腑に落ちていない。

「せやかてレイコ…」

工藤みたいに言うな。

「ニートでもええっちゅーのは…別にそいつだけやないで!」

急に立ち上がったかと思うと、マサキは勢いよく私の肩を掴む。椅子が傾き、思わず倒れそうになったのでまた左ストレートをぶち込みかけた。あぶねぇな。嫁入り直前の娘怪我させたら二度と石油の恩恵受けられないところだぞ。
いきなり何すんだよと軽く体を押したが、ヘタレのわりにマサキはひるまず、まさか本当に結婚詐欺の心配をしてくれてるんだろうか、と私は苦笑した。
気持ちは有り難いけど…大丈夫だから。私1円も払ってないし。本当に奇特な人だったってだけだよ。何故かいま顔思い出せないけど。性格も思い出せなければ石油王以外の情報が何一つ記憶にないが、それでも結婚はできる。詐欺じゃない正規の結婚だ。
キツネリスを落ち着かせるナウシカの如く、私は天パを軽く引っ張って、そんなマジになるなよとなだめた。しかし所詮ナウシカになれない私はマサキを止める事ができない。

「そいつやなくてもええやんか…ダイヤの大きさと愛の大きさは別物や…」

何やらかなり親身になってくれてるみたいだ。まぁコガネは還付金詐欺の被害多いらしいしな…心配なのはわかるけども。でも本当に大丈夫だから。身内すら信用できない環境で育った私が詐欺に引っかかると思う?詐欺より家庭の問題心配してくれ。親父という名のニート詐欺師の逮捕が先だよ。
家庭不和の私は眉を下げながらマサキに微笑みかけ、その義理人情の厚さには素直に感謝しておいた。僕ポケモン!のトラウマ騒動からいろいろあったけど…マサキの事はギリ友達だと思ってるし、向こうもそれなりに私を大事に思ってくれてるのがわかっただけでも結婚した甲斐があったって話ですよ。あのとき見捨てずに分離プログラムのスイッチ押してやってよかったな。おかげで豪華客船にも乗れたし。友達とは?

「大丈夫だよ。幸せになるから」

お前もなれよな!と激励し、天パを雑に撫でてやったところ、感極まったのかマサキは熱い抱擁を交わしてきたので、不貞行為やめろ!と思わず背中を叩く。
人妻!わきまえて!友達とは言ったけどそこまでじゃないからな!?花嫁より号泣する女友達みたいな事になっているマサキを引き離そうとしたが、本当に泣いてるかもしれないので、仕方ないからそのまま背中を撫でてやる。
なんか…こういうの多いなお前とは…どっちが年上かわからなくなるような…別にいいけど。インテリのわりに親しみやすいし、ポケモン屋敷もハナダの洞窟も今ではいい思い出だよ。危うく死にかけたが。二度と行かねぇ。

「わいは不幸や…」
「なんでだよ…縁起悪いな…」
「失恋の痛手はな、ダイヤで殴られるより効くんやで」

え?いつ失恋したの?
どういうこと?と尋ねたら、ようやく解放してくれたマサキに陰険な顔で睨まれる。
なに、もしかして詐欺を心配してくれてたんじゃなくて人の幸せ妬んでただけか?なんて性格の悪い奴なんだ。私に性格悪いって言われるなんて余程の事だぞ。放っといて。
感動して損した、と溜息をつき、相手を押しのけつつ、私は結婚したとは思えないアドバイスをマサキに授ける。

「…略奪すれば?」
「お気楽でええな…レイコは…」

ほんまにするで、と睨んでくる相手に、せいぜい泥沼になれよと鼻で笑う私は、それが全く笑えない略奪である事に気付かないのであった。