新婦来賓・友人

怒涛のピンポン攻撃に、新手の宗教勧誘かと思ってビビった私であったが、ドアスコープから覗いた先に見慣れた赤毛があったので、慌てて玄関を開ける。そして相変わらず挨拶もなく、横暴に尋問が始まるのであった。

「結婚するって本当か?」
「ツ…」

ンデレって言いかけた。危ねぇ。
ピンポンダッシュにしては鳴らしすぎだと思ったら、訪ねてきたのはツンデレであった。
私は石油王夫人のレイコ。こっちはストーカーのツンデレ。もちろん本名ではない。真名は知らないし、多分永遠に知る事はないのでしょう。彼はジョウトを旅してた時に出会った出自が最悪すぎるクソガキだ。何だかんだで改心し、今は順風満帆なトレーナーライフを送っていると思っていたのだが、挨拶ができないのは相変わらずらしい。
久しぶりじゃん!などと再会を喜ぶ事もなく、どこからともなく結婚の噂を聞きつけたツンデレは、私に真相の有無を尋ねてくる。
マジに久しぶりじゃねーか。あんまり変わってないな。お父さん元気?微塵も知りたくない情報だから答えなくていいぞ。
目つきの悪さも変わらないツンデレとは裏腹に、この数年で私は確実に変化があった。そう、これを見てわかるようにね。
私はツンデレに左手の薬指を見せ、自信げに口角を上げる。それを見た彼は驚きに目を見開くと、すぐまた生意気な態度に戻った。

「世も末だな」

殺すぞテメェ。末じゃねぇよ日本の夜明けだよ。
おめでとうもなしに暴言を吐かれ、何しに来たんだこいつと私は溜息をついた。
嫌味言いにきたのか?暇かよ。やっと時代が私に追いついたの!私みたいに何もせず、ただ家にいて笑顔で出迎えてほしいというマスコット的な存在が求められる世界になったってわけ。
この時代遅れが!と罵倒したい気持ちに駆られるも、私は余裕ある石油王夫人…寛大な心でツンデレに応えた。

「私もそろそろ落ち着こうと思ってさ。君もおいでよ、結婚式」

そしてご芳名に本名を書け。もはやお前の名前を知る方法はこれしかない。
会場の地図を渡すと、想定内の反応だったがツンデレはそれを突き返し、当時の五倍は塩対応で言い放った。

「誰が行くか」
「いいじゃん、一生に一度なんだし…」
「行かない!」

キレられた。ワタルの横に席を用意してやろうと思った事がバレたんだろうか。
強情なツンデレに、もう二度と他人の結婚式に出る事なんてないぞと私はまた地図を押し付ける。お前どうせ友達いないだろ!?新婦ご友人席に座れるチャンスはこれが最初で最後だよ!飯も豪華だし!ブーケトスもお前に向かって投げてやるから!だからおいでよ!何だかんだで長い付き合いじゃん!
初めてド突かれたあの日から、成長を見守り続けた私だからこそ、お前に来てほしいと純粋な気持ちで思う。お互いトレーナー初心者だったあの頃、天狗になっていた私が貴様のようなクソガキからも学ぶことがあると教えてもらった…そういう意味では恩師!親父の組織をぶっ潰した浅からぬ因果もある!そんなお前が式に来なくてどうする!?それともそっちはそんなに仲間意識ない!?嘘でしょわざわざ家まで来といて。
住所不定のため招待客リストから完全に外していた事など忘れ、ツンデレに来いよコールをし続ける。見ろや私の花嫁姿。そしてちょっと見直せ。悔い改めろ。美しく着飾り幸せいっぱいの表情で夫と腕を組む私を見たら、きっと自然と口からこう出てしまう事でしょう、世も末なんて言って悪かった…と。根に持ってる。

「お前の式にだけは行かない」

しかし、ツンデレは頑なにそう言い続けた。
何をそんなに意地になっているのか、まぁ確かにアウェーな感じはしなくもないけど、そこまで行きたくないとはいささかショックである。
わざわざ家まで来たのに?なんでだよ。せめて祝えよ。おめでとうの一言ぐらいあってもいいんじゃないか?これまでのストーカーは不問にしてやるからさ。寛大な措置。言っとくけどまだ時効迎えてないんだからね!
とは言え無理強いはできない優しいこのレイコ。そんなに嫌なら仕方ないけど…と諦めの姿勢を見せれば、ツンデレはなんとなく何か言いたげな様子でこちらを見たあと、すぐに普段のクソ生意気な状態に戻る。

「葬式なら出てやってもいいぜ」

不吉なこと言うな。でもご芳名はちゃんと書けよ。死してなお確認してくれるわ。執念。
結局、会場の地図を受け取らなかった彼は、嫌味を言えて満足したのか、玄関から足早に立ち去っていく。
一体何だったんだ?マジで何しに来たんだよ。行動が全く理解できず、私は去りゆく後ろ姿に語りかける。

「気が向いたら来て」

すると、ツンデレはわずかに振り返り、次の瞬間猛ダッシュで引き返してきた。このパターンはまさか!と身構えるも全てが遅く、私は玄関先で久しぶりのド突きを食らわせられるはめになった。
な、懐かしいこの感触!じゃねぇよ!嫁入り前の娘に何してくれとんだ!また新たな暴行罪加わったからなお前。自首しろ!
今日という今日は許さん!と余裕ある石油王夫人とは思えない事を考えた時、ふとツンデレが何だか寂しげな目をした気がした。口を開くのをやめた私の代わりに、彼は小さく呟く。

「お前はせいぜい…まともな親になれよ」

重い。お前が言うと重すぎる。
返答に困る彼の台詞に、私は口を挟めなかった。しかしこの言葉を聞いて、彼が伝えたかったことを理解した気がし、私は思わず目頭を押さえる。
まさか…お前…これを言うために訪ねてきたのか?二度と俺のような不幸な子供を増やしてはならない、それを伝えたくて…?そしてそんな忠告をするという事は、私がまともな親にならなさそうに見えてるというわけなんだな。てめェに言われたかねぇよ。
お互いろくな家庭環境じゃなかったから、その悲しみの連鎖をここで断ち切ろうと、そう言ってくれてるわけか。成長したなツンデレ氏。私は嬉しいよ。なんだかんだで私の家族を大事に思ってくれているのが分かり、ド突かれたのも忘れ、穏やかな微笑みを浮かべてしまう。
しっかりと頷き、私は去りゆくツンデレを見送った。ガチすぎるアドバイスを胸に刻んで、孤児院に寄付でもするか、と善行を決意した時、見送っていたはずのツンデレの姿が一瞬にして消えた。
えっ、瞬間移動?
どこに消えたんだと駆け出した時、目の前の突然振り子が現れる。それはゆっくり左右に揺れ、これどこかで見たかも…と考えた時には、視界が真っ黒に染まっているのだった。
お前ら親子も上手くいくといいよな…と最後に健気な事を考えながら。