新婦来賓・知人

個人情報がガバガバすぎると思ったのは、まさかの人物にまで結婚が知られていた時である。

「結婚するらしいですね」

信号待ちをしている時、原付の横にバイクが止まった。一列になれよカス、とチンピラみたいに威嚇しようとしたところに声をかけられ、私は目を細める。
誰だこいつ。黒の組織みたいな格好しやがって。
私は石油王夫人のレイコ。金を得ても尚ボロの原チャに乗っている庶民派の女だ。ちょっと買い物に出たところ妙なバイクに絡まれ、メット越しに相手を睨む。
マジで誰だよ。黒のバイクに黒のライダースーツに黒のヘルメットという怪しすぎる風貌の男は、確実に私に向かって話しかけているので、もしかしたら知り合いなのかもしれない。確かに私は夢主、街を歩けば知り合いに出会ってしまう宿命を背負った女だ。しかしメットで顔がわからないから判断できず、信号を気にしつつ記憶を辿る。
誰だ…?まさか…ジンの兄貴…!?絶対違う。
私のキョトン顔に痺れを切らしたのか、相手は溜息をつくとヘルメットのシールドを上げた。途端に素性を認識し、私は驚きの声を上げる。

「ランス!さん!」

思わずさんを付けたのは、良心などではない。自分よりいいバイクに乗っていた事への敗北心から出た言葉であった。
お前!ひっそり地下活動してるわりにはいいバイク乗ってんな!本当にロケット団再興する気あんの!?シンプルにムカつくわー!見てこのボロの原チャ!こんなのほぼ排気ガス放出装置ですよ。結婚祝いにそのバイクくれ!中古でも構わないから!
いきなり現れたランスが何故結婚の話を知っているのか疑問だったけど、突っ込むのも面倒なので引き気味に睨んでおく。早く変われよ信号!何しに来たんだこの人!

「…式には呼ばないよ」
「頼まれても行きませんよ」

だろうな。いやちょっと馬鹿だから来るかもなと思わなくもなかったけど、そこはさすがにわきまえてるらしい。よかった。もし来やがったら式場が第二次カイリュー破壊光線の餌食になるところだったよ。悪の組織とドラゴン使い、まぜるな危険。
たまたま見かけて絡んで来ただけか…と結論付け、しばらく会う事もないだろうよと軽く手を振る。しばらくっていうかずっと会わなくていいんだけど。はよ自首しろや。
長い信号に足止めされ、微妙な空気に耐え切れず私は口を開く。

「あんた達と違って私は日の当たる人生を歩んでるからね。結婚くらいしますよ」

嫌味を投げながら、でかいダイヤのついた指輪をランスに見せびらかそうとした。しかし、なくしたら困るからと家に置いてきた事を思い出し、判断ミスした過去の自分を責める。
見せたかった…私の光り輝くダイヤ、そして未来を…!真っ当な人生を歩めば幸せが掴めることを誇示し、そして自首をすればあなた達もこうなれるかもしれないという可能性を示してやりたかったのにな…。単純に自慢したい気持ちをさも立派な志を持っているかのように言い訳しながら、私は勝手に悔しがる。
そんなこちらの思惑など知る由もないランスは、どうでも良さげに鼻で笑うと、わずかに身を乗り出して意外な言葉をかけた。

「どうぞお幸せに、レイコさん」
「えっ」

てっきり、どうせすぐ別れるだろブス!とか言われるかと思ったのに、降ってきたのはまさかの祝辞で、私は思わず聞き返す。昨日の敵は今日の友という言葉を思い出し、少し胸が熱くなった。
ランスさん…あなたとは色々あったけど…いや色々はなかったな…常に秒殺試合だったが、それでも女ウケするから部下にはやたら慕われる絶妙なカリスマ性、何となく警察に突き出せない小物感などは私の胸に強く刻まれているよ…いつか己の過ちに気付き、罪を償い、シャバに出てくることがあったなら、その時またお会いしましょう。そして見せてあげるわ。殺傷能力の高いダイヤモンドの指輪をね。自慢したいだけだろ。
たまには突然の出会いも悪くないな、とらしくない事を思った時、やっと信号が変わった。排気ガスことボロ原付は発進が遅いので、すぐさまランスに追い越される。スピードを上げる直前に、彼は私の方に寄ると、風音に混じって祝辞のオチをつけたのだった。

「いつかぶち壊して差し上げますから!」

不敵な笑みと共にそう告げ、ランスは制限速度をあっという間にオーバーしていく。早々に見えなくなるまで距離を広げられ、私は後ろの車に煽られながらも、原チャの速度は上げなかった。というか上がらねぇし。上がるのは私の怒りのボルテージだけよ。

「そういう奴だよな!お前!」

見直して損したわー!殺す!
絶対ダイヤの指輪でボコボコにしてやるから!とどっちがチンピラかわからない事を思い、愛車を叩くレイコであった。