新婦来賓・知人

マントの男が家に来たら普通にビビるよな。知り合いとはいえ。

「おめでとうレイコちゃん。急な話で驚いたよ」
「いやぁ…私も急な話で驚いてますね…」

冗談のようなやり取りでワタルと笑い合いながら、私は相手に粗茶を出した。
結婚の報告をしたところ、ワタルがわざわざお祝いを持ってきてくれた。ピンポン鳴って玄関開けたら出オチみたいなマントが現れたから思わず身を引いてしまったよ。うわ!って言っちゃったし。すまん。許せ。
近くまで寄ったから、と何やら重厚感のあるプレゼントを渡され、当日にご祝儀をくれるだけで構わないのに…と絶妙に現金な事を考えながらもありがたく頂戴した私は、そのまま帰すわけにもいかず、粗末な我が家でワタルをもてなしている。

石油王夫人の私とワタルの関係は、知人だ。完璧に知人。年数で言ったらそこそこ古い付き合いかもしれないけど、密度はスカスカなので、こんなに良くしてもらう謂れはないと思うのだが、まぁチャンピオンのよしみというやつなんだろう。面倒見の良い彼の好意を素直に頂戴し、私はしっかりと礼を述べた。まぁ面倒見いいわりには単独行動主義だったけど。さすがにロケット団アジトではちゃんと面倒見てほしかったね。
あと彼の故郷でドラゴン使いの長老からミニリュウをもらった縁もある。懐かしいな…と若かりし頃に思いを馳せ、まだ長老のDNAは目覚めてなさそうなワタルの頭部を凝視した。油田を得た今の私は怖いもの知らずであった。

「長老とイブキが残念がってたよ、俺と結婚してくれたらよかったのにって」

軽快なジョークを飛ばすハンサムな高田純次に、私はリアクションに困って苦笑を漏らす。
なんか…言ってたもんな、長老。ワタルも早く結婚したらいいのに的なこと。私も軽くおすすめされたが、マントのアイロン掛けが嫌すぎて断った。そしてイブキさんは全然残念がってないと私は思う。彼女は私の幸せを心から喜んでくれてるに違いないよ。破壊光線の血筋、最強トレーナーの血筋、両方が合わさった危険生物が誕生しなかった事に、さぞかしホッとしているでしょうね。
真性ツンデレのイブキさんも式に来てくれるといいな…なんてのん気に考えながら、ワタルに出した高級茶葉とは大違いの安い番茶に口を付ける。石油王と結婚したらもうこんな薄まった茶を飲む事もないのかと思うと感慨深いものがあるな。

「相手はどんな人なんだ?」

不意に尋ねられ、私は待ってましたと言わんばかりに夫について語ろうとした。衝撃的な出会いと職業を伝えようとしたけれど、何故か言葉が出ずフリーズする。
あれ、どんな人だっけ、私の夫。
顔すら出てこない事に驚きつつも、しかしそんなに重要とは思えなかったので、まぁいいやと無理に思い出すのはやめた。好き合って結婚する、その事実以外は不要に思えたのだ。そんなわけないのに。
とはいえワタルには返事をしなくちゃならないから、私は最重要項目だけお伝えする。

「石油王です」

真顔で答えれば、一瞬の間のあと、ワタルは笑った。何わろてんねんとド突きたくなるも、実際石油王なんてそうそういないから、そのリアクションもおかしくはないかと自身を納得させる。私もまさか石油王と出会うとは思わなかったからな。今も不思議だし。もはやどういう出会いだったかさえも覚えてないけど、頭の中で振り子が揺れると、全部どうでもよくなってくる。
ぼーっとしてる間にワタルは笑い終え、何やら意味深な言葉を私に告げた。

「それは期待できそうだな」
「え?」

何が?おこぼれが?
最低な事を考えた自分を心の中でビンタし、お暇すると言ったワタルを見送るため、私は玄関まで付き添った。爽やかに祝ってくれた彼に感謝し、結婚っていいな…と素直に思えるくらい、ワタルの訪問はなかなか有り難いものであった。まさかデンジャラスな破壊光線マンにこんなことを思う日が来るなんてね…私も結婚して丸くなったって事かな。チャンピオンが足を踏み入れるに相応しい部屋でなかった事は本当に申し訳なく思ってるけど。散らかっててすまん。親父にはよく言って聞かせますから。

「今日はありがとうございました。頂き物まで…何だかすみません」
「いいんだよ。俺もすっきりしたから」

主語がないワタルの言動にはわからないところが多々あるけども、深く追及すると面倒な事になりそうなのでやめておく。それは良かったですねと適当に返し、カイリューの上で風に揺れるマントを見送って、完全に姿が消えた瞬間に私は部屋へと走り出す。ずっと気になって仕方なかったのだ、ワタルが何をくれたのか。
いやーいい人だなワタルさん。サドの気はあるけどわざわざお祝い持ってきてくれるなんて優しい奴だよ。今まで散々おちょくられたが、全てを水に流してもいいくらい今日の私は寛大であった。そしてこれからも広い心を持って生きるよ。何故なら生活が豊かになるからね。貧困は心の貧しさに直結するように、裕福な生活は心身に余裕を与えてくれる。鼻歌を唄いながら封を開け、意外とでかい箱の蓋をそっと持ち上げた。
なんか…でかいわりには軽いんだよな…外装はなかなかに豪華だったけれど、箱を揺らしてもあまり音がしない。未知数のプレゼントに、期待と不安は五分五分である。
ワタルがくれそうな贈呈品ってなんだ。ドラゴンにまつわるもののような気はするが…。包装の上からそっと触ると、何やら柔かい感触があって、まさかと思い勢いよく引っ張り出す。
この手触り、質感、色、サイズ、重さ!私は見たことがある。というか今さっき、ずっと見てたものじゃないか!?

「マント!」

ついにこの時が来てしまったと私は項垂れた。
マントじゃねーか!しかも本革の!二枚あるって事は一着は旦那用かな!?思いがけないプレゼントに、複雑な心境で拳を握る。
ついに…これを貰い受ける日が来てしまった…!床を叩きながら、歯を食い縛って唸りを上げる。
ドラゴンタイプを所持したあの日から…いつかマントを手にする日が来てしまうんじゃないかって…地味に思っていたんだ…!これまで運良く避けてこられたけど、まさか結婚祝いというトラップに引っかかるなんて!
ていうか期待できそうって…石油王なら着てくれそうって意味!?着ねぇよ!わかるけど着ねぇ!着させねぇ!
やっぱ結婚なんてろくな事ねぇよと完全に正気に戻った瞬間、背後でマントよりもゆらゆらと、振り子が動き始めるのであった。
今回ばかりは夢でよかったわー。