新婦来賓・友人

「結婚…するって、本当ですか…」

ダ・カーポの歌みたいな台詞を吐きながらやって来たレッドの体には、薄っすらと雪が積もっている。わざわざシロガネ山を下りてうちに来たんだろうか。もはや無言キャラを演じる事もなく素の状態をあらわにし、しかしこれが本当に素であるかも私にはわからないのであった。

レッドの肩に乗った雪を私はせっせと払いながら、事後報告ですまんなと謝りつつ、相手が石油王である事を明かす。
私は突然結婚する事になった石油王夫人のレイコ。こっちは雪男のレッド。シロガネ山でイエティを見たと思ったらレッドだった、という事例が十五例くらいあるとかないとか言われている極限環境生物だ。
結婚の連絡をしようにも、彼はずっと山にこもりっ放しで全く実家に帰らないため、ひとまず私はシロガネ山のポケモンセンターに式の招待状を預けた。それを見て慌てて飛んで来たのかもしれない。彼は目頭を押さえ、何だか悔しそうに言葉を紡いだ。

「シロガネ山に石油はなかった…」
「だろうな」
「温泉は掘り当てたけど…」

当てたんかい。お前修行してるんじゃないの?なに住みやすい環境作っちゃってんだよ。もう半袖で過ごすにはつらい年齢で…とか甘えたこと言ってんじゃないだろうな。ちゃんと死亡説が出るくらい人ならざる風貌でいなきゃ駄目じゃん。それは都市伝説。
何をやっているのか全くわからないレッドに失笑し、私は間が持たない状況を打破するべく、適当に会話を繋げる。

「温泉…入りに来る奴いるの?」
「グリーンが一回…」

完全に秘湯。商売を始めても誰も来ないな。まぁポケモンたちの楽園としてはいい感じなんじゃないか。温泉で日々の疲れを癒すリングマなどの姿を想像して、それはそれで怖いなと思考を振り払う。
ともあれ今は結婚だ。せっかく来てくれたわけだから、私と石油王の出会い、式場へのこだわり、総資産などの話でもしようと思ったのだけれど、何やら普段の千倍は扱いづらい空気をレッドは醸し出していたため、惚気は一旦取り止めとした。
おいおい、随分沈んでるみたいだけど…大丈夫か?なんかあった?温泉の掘りすぎで疲れてんじゃないの。祝ってくれよ私の一生に一度の晴れ姿。それとも急すぎて感情が追いつかない系?確かに私もレッドがいきなり玉の輿に乗りますって言ってきたらビビるかもしんねぇ。そしてご祝儀の額で死ぬほど悩む事でしょう。金の心配ならしてくれるな、体一つで来い。何故なら私は石油王夫人だからね。高笑い止まらねぇよ。
対応に悩んでいると、レッドはさらに対応に困る事を言うので、今日は私が無言キャラで行くかなと本気で思案してしまう。

「温泉に入りながら…グリーンとレイコの介護について話し合ってた頃が懐かしい…」

なに勝手に人の老後の世話を相談してんだよ。身寄りのないニートの面倒見てくれる気だったの?ありがとな!でもこの超高齢化社会、私がババアならお前らもジジイ!老老介護はただの地獄だよ!やめときな!
大体女の方が長生きだから!と相手を軽く叩き、その衝撃で雪が落ちる。ヤマブキまですっ飛ばしていまだ雪が体に積もってるって元はどんだけの積雪量だったんだよ。そりゃイエティに間違えられるわ。

「逆にお前らの介護は私に任せとけよ。マサラに老人ホーム建ててやるから」

指に光るダイヤを見せ、決め顔で経済力アピールをした。油田があれば何でもできる、結婚してそれを再確認したね。やはり世の中金、温泉掘ったところで集客が見込めなきゃ意味ないんだよ!
成金と化した私は、マサラ二軒の老人の孤独死を阻止するべくそう進言したが、別に孤独とは限らないので一応付け加えておいた。

「まぁレッドもいつか結婚するかもしれないけどさ」

家族に看取られる未来も充分有り得ると思い直し、とはいえ身内の介護は悲痛…互いに遠慮がない分、泥沼にハマりやすいものだ。やはり介護は対価に見合った報酬を払って他人からサービスを受けるべきだろう。
石油王と結婚した事により社会問題への関心も高まっているニートだったが、レッドは私の他愛ない話に首を振り、真剣な顔で頭に乗った雪を手に取った。そしておもむろにそれを丸め始める。

「僕は…」

雪玉を作る動作と悲痛な表情が一致せず、私は冷ややかな視線を送らずにはいられない。

「もう恋なんてしない」

槇原敬之かな?

「できない…」

マサラのマッキーは強がりを言う事もなく宣言すると、何故か私に雪玉を投げつけた。いてぇな!と実際には痛くなかったけど持ち前のチンピラ気質のせいで叫んだら、普通に謝られて申し訳なかった。すまん。つい癖で。
そうか…以外に何も言えず、レッドも色々あるんだろうと私は投げられた雪を払う。私が結婚してる間にもう恋なんてしないなんて言うまでの経験をしていたとは。全く知らなかった。温泉掘ってた事も知らなかったし。修行しろや。

「新婚旅行は…温泉にしようかな…シロガネ山の…」

慰めのつもりでそう言ったら、レッドは顔を覆い、そのまま走り出してしまった。気を遣ったはずが逆効果だった可能性に気付き、何度目かの謝罪をする。すまない。石油を掘ろうとして温泉しか当てられなかった男を煽った形になってしまったわ。私は手を合わせてお辞儀をしたが、レッドはもう遥か彼方だった。
重ねてすまん、レッド氏…思えば君とも色々あったな…ヌルゲーで生きてた私が初めてまともに苦戦した相手…向こうも向こうで雪山まで行って鍛えたのに突然現れた変な女にやられてさぞかし衝撃を受けた事でしょう。結構なご迷惑をお掛けしたりもしたが、グリーンを介して遊んでいただいて本当にありがたかったと思う…こんなニートと…いやお前もニートだろうけども。
レッドも案外寂しいのかもしれないと思い、カントーに帰ってきたら山まで会いに行ってやるかと若干センチメンタルをこじらせ、私は家に戻った。
もう恋なんてしないなんて…言わないでくれよ、絶対な。代わりに槇原敬之しながら、私はレッドの幸せを祈った。

後日、シロガネ山温泉の効能に「失恋」が追加されたようだが、グリーン曰く効かないらしい。