新婦来賓・知人

「石油王とはまた大きく出たね…」

御曹司に大きく出たと言わしめる優越を噛み締めながら、顔だけは謙虚な表情を装っておく。
私はヤマブキシティのレイコ。突然だが石油王と結婚したラッキーガールだ。突然すぎて私もあまり記憶がないけど、でも幸せならOKですって感じなので特に気にしないでおく。
浅からぬ縁のあるダイゴさんに結婚の報告をしたところ、そのまま世間話に移行し、夫について聞かれたため正直に答えれば、冒頭のような反応が返ってきた。そして何故か張り合うように目つきを鋭くさせる。

「でも、僕も負けてないと思うな」

そうだな。私もそう思うわ。デボンの社長息子、全然負けてないです。良物件。
でもこの不景気…会社はいつ経営が傾くかわからない…それも思う。私はシビアな現実を見据えて目を細めた。
その点石油はいつの時代でも必ず需要がある。どう考えたって安パイだろう。あのシャープさえも買収される時代…リスクは踏みたくないの、ごめんねダイゴさん。呪うなら生まれの不幸を呪ってちょうだい。
勝手に脳内でダイゴに勝ち誇っていれば、そんな私を見透かしたのか、彼は微笑みながら莫大な精神ダメージを与えてくる。

「まぁ…君はお金で動いたりしないだろうけど」

言葉のナイフが、一直線に心臓に突き刺さった。その勢いは凄まじく、即死は免れない威力であったとのちに人々は語る。人間性の死を感じ、プライドのない玉の輿女は、ルックス人格地位名誉資産すべてを持っている男に完全敗北を宣言するしかなかった。
すまないダイゴさん…私はあなたにそう言っていただくような女じゃ…ない…!過大評価に耐えきれず、眉間を押さえて苦しんだ。
金で動いちまった…ニート一択だったのに…!そう、あなたと初めて出会った頃、私にはまだプライドがあった。誰のためでもない、自分のためだけに生きる圧倒的無職…そこに価値を見出し、そしてそれを貫く事だけが私の全てだったのに。
こんな私を同じニートとして、あなたは軽蔑しているでしょうね。わりと頻繁に旅の手助けをしてくれたダイゴさん…あなたがチャンピオンと知り、そしてデボンの御曹司と知り、私がどれほど驚いたか。グラードンとの決戦を丸投げされた事は正直いまだに納得できちゃいないが、でも優しいあなたを慕っていたよ。いろいろ気にかけてくれてありがたかったと思う。そんなダイゴさんを私は裏切った!何故…何故結婚なんか…。

そう考えると、急に結婚する事が不自然に思え、私は首を傾げた。確かに金は大事だけど、それよりもニートである事が重要だったはずなのに、どうして今になって結婚を?
疑問を抱き、モヤが晴れそうになる私だったが、突然のダイゴの奇行により、それは叶わずに終わった。ぼーっとする私の左手を、彼は何故か掴んできたのだ。
不倫食堂!と叫びかけ、何とか口を閉ざす。
いきなり何!?人妻ですよこっちは!イケメンに手を取られて悪い気はしないが、不貞となれば話は別である。レイコは意外と真面目であった。
理解できずに相手を見たら、ダイゴの視線は何故か手元に注がれており、ハッとして私も下を向く。薬指のダイヤを見下ろす彼の目つきに、目的は手じゃなくてこれだったのかと戦慄した。

ダイゴお前…このダイヤを狙って…?
やめろ!と心の中では怒鳴りつつ、実際にはゆっくりと手を引いた。人の婚約指輪をなんて目で見てるんだ…!この石は駄目だから!絶対あげないよ!買えや自分で!大体すでにいっぱい指輪してるじゃん!逆にくれよ。婚約指輪と並べて霞ませてやるからよ。
性悪成金のような事を考えつつ、私を祝う振りして本当は石をジャッジしにきたんじゃないだろうな…とダイゴを疑い、怖くて値段を聞けないままのダイヤを私は見つめた。これをくれた人の顔が、私にはどうしても思い出せなかった。運命的な恋をして結婚したはずなのに。
疲れてるのかな…と目をこすった時、ダイゴの後ろで黄色い何かが動いたような気がした。何だ今の、と身を乗り出して確認しようとしたら、再び手を握られる。まさか力技で強奪するつもりじゃなかろうな?疑心暗鬼が止まらない私に、彼は全然違うことを言ったので、今度は別の意味で混乱するのだった。

「僕なら、もっと君に似合う指輪を贈ったよ」

爽やかに、かつ毒をわずかに含みながら、ダイゴは手を離した。オメーにダイヤはもったいねぇよ!という意味なのか、本当に私に似合う指輪を、そして人生を知っているのか、判断できずに黙り込む。
確かに私も、こんなでかいダイヤの指輪はニートには相応しくないと思い始めていた。普通に日常生活送るのに邪魔だしな。私のようなだらけた女が毎日指輪をつけたり外したりできるわけないだろ。洗面台に置かれたまま埃被るわ。
やっぱり何かがおかしい、と立ち上がった時、ダイゴの後ろにいた黄色い物体と目が合った。ぎょっとして背を反ると、振り子を突きつけられる。スリーパーだ。なんでこんなところにいるんだ?そもそもここはどこだっけ?
左右に揺れる円を見ながら、やっぱ一番欲しい石はダイヤでも宝石でもなく詫び石かもしれねぇ…とぼんやり思い、ソシャゲ脳のまま、意識を薄れさせていく私なのであった。