▼ 90

「.....ちょっと、何なのよこの空気」


分析室のソファの両端に、一方は腕と脚を組み怪訝な顔をする男
もう一方には大胆にタバコの煙を吐く男


「何がおかしい」

「いや、何って。すっごい居辛いんだけど?」

「なんだ、別に何もしてないだろ」

「あなた達ね....喧嘩なら他所でやりなさいよ」

「喧嘩などしていない」

「犬が飼い主に歯向かうわけないだろ」

「......もう!この情報分析の女神様が聞いてあげるから、二人とも言いたい事言っちゃいなさい!」

「こんな奴に言う事など何も無い」

「奇遇だな、俺も無い」



.....全く、何なのよ









「悪い、遅れたな」

「あ!マサさん、ちょうどいいところよ」

「ん?どうした」

「この二人、どうにかしてくれると助かるんだけど」

「あぁ、お前名前にプロポーズしたんだってなコウ!我らが女神様に聞いたぞ、やるじゃないか!」



そう迷いもなくソファの真ん中に座るマサさんは、やっぱり一係の頼れる“お父さん”ね

その実の息子はすぐに顔を背けた



「潜在犯となんて、俺には耳が痛い話だけどな....名前がそれを望むのなら俺は応援するぞ」

「まだ分からないぞ、とっつぁん」

「まぁコウ、俺の二の舞は踏むなよ。それさえ約束してくれれば俺は構わんさ。そんで.....問題なのは監視官の方か」

「触るな!.....勝手にどうとでも言えばいい。貴様らが何と言おうと決めるのはあいつだ。潜在犯は潜在犯同士馴れ合っていろ」

「あ、おい、どこへ行くんだ伸元」

「征陸、お前には俺と名前の父親面をする資格は無い。あいつがお前を“父親”と認めてもそれは幻想だ」



「何か動きがあったら連絡しろ」と分析室を出て行った監視官に、残った私達三人はお互いを見合わせた









「.....さすがに可哀想だったかしら。誰も彼の肩を持たないのは」

「なんだ、先生はコウの味方なのか?」

「慎也君から良く話を聞くからね、自然と情が湧くというか。そう言うマサさんこそ、自分の息子はいいの?」

「俺はただ幸せになってほしいだけさ。名前にとってコウが幸せなら、伸元も何も出来ないだろう。だがあいつの言う通り、決めるのは名前だ。どうだコウ、上手くいきそうなのか?」

「さぁな、俺にも分からない。俺は待つだけさ」

「まぁ、仮に名前がお前を選ばなかったからといって、その時点であいつが別の誰かのものになるわけでも無い。ただ元通りに戻るだけだ」

「それもそうね、0か100じゃないものね」

「俺は孫が欲しいんだがな....伸元と名前が二人とも一生パートナーを見つけないのは俺には残念な話だな」

「かと言って俺に望みを託すなよ、とっつぁん」

「せめて名前だけでもと思うのはいけないか?期待してるぞ、コウ」

「気が早過ぎだ」













































ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

耳にイヤホンを挿し音楽を聴きながらショッピングモールを回る

週末はやっぱりちょっと混むな....


自分の給料を使わない理由を、誕生日プレゼントに貯めてると言ってしまった以上、適当な物を買うわけにもいかない

かと言って何を選べばいいのかも分からない


やっぱり観葉植物?

いやでも普段使えるものがいいかな


スーツ...は高過ぎるし、そもそもこだわりありそうだし

だいたい、少ない物欲の中で欲しい物は何でも持ってそうだ


「何かお手伝いいたしましょうか?」

「あ....いえ、大丈夫です。ありがとうございます」



自分で考えて、自分で決めたい

と思うも、もう1時間近く歩き回り体も脳も疲れて来た

























「お待たせいたしました、アップルティーとショートケーキです」

「ありがとうございます」


目の前に置かれたプレートを引き寄せて、引き続きデバイスをスクロールする


“誕生日 プレゼント 男性”

で検索すると、夫や旦那、彼氏と言ったワードばっかりヒットする

そう言う事じゃないんだけどな....



「ん、美味しい」


ケーキの甘さと柔らかさが口いっぱいに広がっていく



うーん....どうしようかな

カフスとかどうかな?
....でもそれ用のシャツじゃないと使わないか

アクセサリーもつけないだろうし、時計なんて監視官デバイスに場所取られてるし

女の子へのプレゼントって割と簡単なのに、男の人って急にどうしたらいいか分からなくなる










「....えっ?」


突然同じテーブルに別のプレートが置かれた事に顔を上げた


「ここ、いいですか?」

「あ、はい」


他にも席は空いてるんだけどな....
それにしてもこの人



「覚えてますか?僕の事」

「.....やっぱりどこかで会いましたよね?」

「パン」

「え?あ....!前に引っ越しの挨拶に来てくれた....えっとすみません、何でしたっけ」

「東谷です、パンいかがでしたか?」


....あれ?そんな名字だったっけ?
だって“トウヤ“だったら、忘れるはずないのに


「....あぁ、美味しかったですよ!ありがとうございました」

「嘘はいけませんね」

「....はい?」

「.....いえ、僕はあまり好きじゃなかったので」



びっくりした
食べずに放置して腐らせたのがバレてるのかと思った



「お一人なんですか?」

「はい、ちょっと贈り物を買いに。知人の誕生日なので」

「一緒に住まわれているのは彼氏さんですか?」

「い、いえ、幼馴染みみたいな感じです」

「僕の方がずっと前から君を知ってる。君は今不幸じゃないみたいだね」

「......す、すみません、ちょっと意味がよく分からないんですけど....」


急に人が変わった様な喋り方に少し怖くなる


「その幼馴染みの男は今日は一緒じゃないの?」

「仕事に行ってますけど....何か用ですか?」

「休日にも仕事だなんて大変だ。良かったら家まで送るよ、どうせ隣なんだ」

「そんな、大丈夫です。まだ買い物も終わってませんし」

「付き合うよ、その買い物。そしたら一緒に帰ろう」



....さすがに家が隣となると逃げられないな





[ Back to contents ]