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「ひとつどう?」
そう差し出されたのはメンタルケアサプリ
「....ありがとうございます」
どうしても断り切れなくて乗ってしまった車
知らな...くはないけど、完全な他人が運転する車に乗るのはタクシー以外初めてだと思う
「少し僕の話をしてもいいかな」
「ど、どうぞ....」
別に何も無いのに変に緊張して、揃えた膝の上に両手を重ねる姿勢を崩せない
そして何故かずっと外れた敬語
「僕にはね、小さい頃姉がいたんだ。ある日急にいなくなった姉が」
「.....亡くなったんですか?」
「いや生きてるよ。でも当時の僕は、姉は死んだんだと思った。いつも元気が無さそうで、弱々しかったのを覚えてる。でもね、中学生の時に友達から貰った写真で姉を見つけたんだ。とても元気そうだった」
摩訶不思議な話にどう反応するべきかも分からない
外はまだ太陽が輝いてる
....なんか少し、急に疲れが
「僕は衝撃を受けたよ。なんで元気なんだろう、なんで笑ってるんだろうってね。その時が初めてだったんだ、姉の笑顔を見たのは」
「.....お姉さんは病弱だったんですか?」
「そうとも言えるね。僕の知る姉は太陽の光を浴びたことが無いように青白くて、僕よりずっと痩せていて、いつも無表情だった。そんな姉が、僕と同じように笑ってる、同じように友達がいる事に驚いた」
「....よ、良かったじゃないですか!お姉さんが御無事で」
「良くないよ、全然良くない。姉は幸せになっちゃいけないんだよ」
「.....え?」
そんな恐ろしい事を、全く声のトーンも変えずに言う様子に変な汗が流れる
「母さんがずっと言ってたんだ。姉は悪い子だって、絶対に幸せになっちゃいけない子だって」
「っ....」
“あなたは悪い子よ”
“あなたに笑う資格なんて無いのよ”
“あなたは一生苦しまなきゃいけないの”
そんな鍵を掛けていた記憶が、扉の隙間から溢れてくるようだった
思い出したくもなかった声、顔、感情
私はシャツの袖を強く強く握り締めた
.....と思っても想定している程力が入らない
「でも僕はさ、勇気が無かったんだ。ただ見てるだけでどうする事も出来なかった。高校生になった姉は別の制服を着て、相変わらず楽しそうだった。僕が大人になったら絶対二度と笑えないようにしてあげようと思ってたのに、また居なくなった」
頭の中で警鐘が鳴り響く
この人危険だ
今すぐ逃げ出したい気持ちが届いたのか、丁度見慣れたマンションに車が止まる
急いでドアを開けて降りるも、尚も私と同じ進行方向に付いてくる
.....そうだ、隣に住んでるんだった
先にエレベーターに乗り込み、“閉”ボタンを連打したのも虚しく
「そんな、逃げないで。せっかく送ってあげたのに」
「....す、すみません....」
「じゃあ、続けるね。その後はしばらくどうしても姉を見つけられなくて、正直少し諦め掛けてたんだ。でも最近、偶然街で見かけたんだ。それを追いかけて行ったらすぐ家が分かったよ」
早く、早く
早く着いてよ!
「それで僕は今度こそ姉とちゃんと向き合おうと決心したんだ。家を訪ねたら姉は全然僕を覚えてなかった。まぁ20年くらい会ってなかったし、無理もないよね。プレゼントに、最近話題になってるパンをあげたんだ。美味しく死ねるように毒入りで」
「お、送って下さってありがとうございました!お隣ですし、今度お礼を渡し
玄関のロックを解除して、自分が通れるだけの隙間を開けてそこに体を捻じ込んだ
なのに、強引により広く開かれた扉
「嘘だよ、隣に引っ越して来たなんて」
遠慮無く迫ってくるその男に、もっと奥、つまり家の中に入っていくしかなかった
靴すら脱ぐ余裕も無く、廊下を少しずつ後退る
「い、今すぐ出てってください!じゃないと警察呼び
そう叫ぶ私を後ろから引いて、自らの背中に隠すように前に立ちはだかったのは、今最も望んだ人物
同時に再び開く玄関から入って来たのは2つの銃口
「助けに来たよ!名前ちゃん!」
「し、秀君....!?」
「名前、怪我は」
そう変わらず前を向き続ける背から放たれた質問
「無いけど、伸兄今日仕事なんじゃなかったの....?」
後ろから現れたって事は、最初から家に居たって事だ
「だから仕事だ」
「....ギノ!どうする!」
「ドミネーター撃てないっすよ!」
.....なんとなく息苦しいような