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「ここまでで大丈夫ですよ!あとはこのエレベーターで降りるだけですから」

「俺が送りたいんだ、少しでも長く一緒に居たい」




もう何度目か分からない公安局ビルのエレベーターに乗り込む




「.....す、すみません.....」

「もういいさ、ギノを放って置けないんだろ」

「.....肯定していいのか分かりません」

「....それで充分肯定してる。あいつに、反対されたのか?」

「え?あぁ....いえ、特に何も言われませんでした」







あいつの事だから、もっと焦るか怒るかして来るかと思った

だがむしろいつも以上に普段通りだった

もしかして名前が言わなかったのかと思い、“あいつはどうしてる”と聞いてみた




それに返って来たのは

『名前に今プライベートは存在しない。分析室でも行って来たらどうだ』




その言葉に違和感を感じた
“何故俺に聞く”とだけ言うかと思っていたからだ

つまり、ギノは知っている
知ってる上での、“お前にはモニター越しで充分だろ”という嫌味だった

その推測通り、ギノの次の言葉は



『お前は甘過ぎる。見縊るな』



まさかもう名前はギノを選んでしまったのかと少し焦ったが、どうもそういう事ではないらしいのは、今の状況からしても明らかだ


しかし、特に何も言われなかったと証言する名前

それには聞き覚えがあった



そう、あの時もギノは名前に特に何も言わなかった








「.....名前、もしまたあいつに離され

「それはありません!伸兄は絶対に....っ!」





目的階の到着を告げ、扉が開いた瞬間に、俺の手からするりと抜けていく愛しい温もり





「あぁ、絶対に離さない」





引き寄せられギノのスーツに顔を埋める名前の表情は俺には見えない

その二人の同じ色、同じ素材の布地が擦れ合う様子にまた果てしない距離を感じる


「遅かったな」

「え、20分過ぎてる?」

「24分経っている」

「....4分くらい許して」



少し前まで部屋で見せてくれていた名前は偽りだったのかとすら思う

そんな事は無いと分かってはいるが


思えば、あの一回を除いては俺が名前に了承を求めている
それに対していつも、“聞かないで”か“言わないで”ばかりで、しっかり承認された事は無い

だがギノに問い詰めた時確かに、『名前が望んだ事だ』と言っていた


.....それが俺とギノの違いなのか?





「名前、」


.....だとしたらなんだ、それならそれが俺だけの特権だ


「可愛かった、また見せてくれよ」

「っ!こ、狡噛さん!だからそういう事は

「帰るぞ、ダイムが待ってる」



































































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「それで、何してた」

「.....残りの着替え取って来た」

「それは見れば分かる」

「.....そ、そんな怒んないでよ.....」

「なら逆を考えろ。お前はなんとも思わないのか」

「......」

「質問を変える。どこまでした」

「っ!それもっと詳細になっただ

「実技を交えて聞かないとダメか?」

「はっ!?やってない!やってないよ!」

「どこまでかと聞いたんだ。最終結果を求めたわけじゃない」

「ちょっ、本気で言ってる!?」

「こんなところで冗談を言って何になる」





自宅マンションの駐車場

車内という狭い空間の中で容赦無く降り注がれる怒り

その迫力に脳の対応が追い付かない




「......」



何も答えられない私に、重くのし掛かるため息



「.....お前と狡噛が好き合ってるのは分かってる。だから名前、お前を責めるつもりはない」

「.....じゃあなに?狡噛さんを責めるの?」

「お前からあいつを求めるわけが無い」



一体伸兄はどこまで私を分かっているのかと、少し慄く



「お前にそんな勇気があったら、狡噛が告白する事も無かっただろ」

「あ、あぁ....なるほど....」



確かに誘うより、告白する方がよっぽど簡単だ
それが出来なかった私だからって事か



「もう一度聞く、どこまでされた」

「まだ聞くのそれ!?」

「答えるまでいくらでも塗り替えてやる」

「は、待っ




迫る肩を押そうと上げた手は容易く掴まれ車窓に押し付けられる

微塵も余裕が無いキスにこっちまで苦しくなって来る


酸素欲しさに一瞬の隙をついて顔を無理に背けた





「はぁ....はぁ、分かった、言うから!」


メガネを外して、ポケットから取り出したクロスでレンズを拭こうとする手からそれを奪い、自分の目元に掛けた


「.....本当に伊達なんだね」


全く変わらない景色に少し期待外れだ


「おい、話を逸らすな」

「.....何も脱いでない.....これでいい?」

「.....ならあの狡噛の言葉は何だ」

「.....一回だけ、まぁ....その.....ほら、痺れたと言うか....」



本当何言ってんだろ



「.....な、なに?」

「.....お前、今自分がどんな顔してるのか分かってるのか」

「え?」

「はぁ....いい、降りろ。ダイムの散歩に行こう」





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