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「姉さん、」
「動くな!」
「母さんが言ってたんだ、姉さんが僕達家族をめちゃくちゃにしたって」
「ふざけるな!名前の人生を壊したのは貴様らの方だ!」
「そんな姉さんが幸せになるなんて許さない」
「コイツマジで狂ってますよ!ギノさん!」
3丁のドミネーターに囲まれても、解決しない状況
目の前で名前を“姉さん”と呼ぶ男を、シビュラは善良な市民として判断している
“犯罪係数81、執行対象ではありません。トリガーをロックします”
「ゲホッ!ゲホッ....」
「名前?」
途端に背後で咳き込む声に、妙に胸が騒ぐ
「そろそろ辛くなって来たかな、姉さん」
「.....貴様!何をした!」
「どうしてパン食べてくれなかったの?」
....パンだと....?
「....っ!名前!下がれ!」
「....大丈夫だから」
俺のレイドジャケットの裾を掴んだまま、背中から真横に出て来た名前は、やけに辛そうだった
「.....そっか、君があの時の男の子なんだね」
「やっと思い出してくれた」
「叔母さんが君の事を大事にしてたのをなんとなく覚えてるよ、愛情を注がれてて幸せなんだろうなって思ってた」
「あぁ僕は幸せだ。弱って行く姉さんを見る度に、僕は幸福に満ちて行った。そんな時は母さんも機嫌が良かった」
相変わらず誰も撃たない
撃てない
この狂った男と名前が従兄弟同士だというのが、とてもじゃないが信じられない
あの家では誰も名前の幸せを願う者が居なかったのか
当時幼かったはずのこの男まで
ドミネーターに頼る事なくこの手でどうにかしてしまいたい衝動を、引き金に添える指に込める
「.....君は自分のお母さんを喜ばせたいのかな」
「実はね、もう一つ覚えてることがあるんだ。姉さんが来る前は僕は全然幸せじゃなかった。父さんは仕事で忙しいし、母さんは僕に構ってくれなかった。何に夢中になってたのかは知らないんだけどさ、それが変わったのは姉さんに出会ってからだ」
「ゲホッ!」
「....名前、まさか....」
....毒物か....?
胸を抑え苦しそうに咳き込む様子が横目に見える
「....大丈夫、今いくつ?数字」
「....76だ」
むしろ下がり始めている数字に、男を挟んだ反対側にいる狡噛と縢も焦りの色が見えている
「姉さんが来てからは、母さんは僕だけを愛してくれた。そして可哀想な姉さんを見て、僕は優越感に浸った。そんな僕達家族の心の支えだった姉さんはある日居なくなった。最初は母さんが殺したんじゃないかと思ったけどね」
「ゲホッ....君は何が欲しいの」
「もちろん姉さんだよ、君が欲しい。苦しんで辛そうにする不幸な姉さんが欲しい。どう?今苦しいでしょ?辛いよね?」
「ゲホッ!はぁ...うっ....」
「胸が焼けそうな感じがするかな?」
「ギノ!もう待てないぞ!拘束を許可しろ!」
”犯罪係数65、執行対象ではありません“
「待ってください!伸兄待って、お願い」
....どうしたらいい
明らかに異常なのに、引き金を引かせないシビュラシステム
そんな”善良な市民“を無理に拘束などすれば責任問題などと言うレベルではない
隣では徐々に裾を掴む力が弱まって行く名前
そんな名前は、俺に待てと言う
「ゲホッ!はぁ、はぁ....伸兄、信じて」
”私も信じてるから“と柔らかく笑う
「ギノさん!早くしないと名前ちゃんマジで危ないっすよ!」
「.....待て」
「ギノ!」
「これは監視官命令だ!従わなければ俺がお前らを執行する!」
「ちょっ、本気っすか!?」
「.....ありがとう」
そう泣きそうな顔して笑う名前は、どうしてか凄く美しかった
「君は私が不幸である事でしか、幸せになれないのかな」
「そうだよ、姉さんが幸せじゃダメなんだ。そんなの許せない」
「ゲホッ!.....じゃあ今はどうかな?幸せ?」
「うん、とってもいい気分だ。姉さんが僕によって.....こんなに苦しんでくれてる。いいよ、その苦しみに歪んだ表情、綺麗だよ姉さん」
「うっ...はぁ....ゲホッゲホッ!....ねぇ、知ってる?女の子に綺麗って言うと喜ぶんだよ」
「.....っ!」
”犯罪係数95、執行対象ではありません“
「君や叔母さんは、私に幸せになって欲しくないみたいだけど、私はもちろん幸せになりたいし、そんな私の幸福を願ってくれてる人がいるの」
「姉さんは悪い子だ!誰もそんなの望んでない!」
「ねぇ、私が君に何をしたって言うの?君の言った事からすると、私は今まで散々君を幸せにして来たんだよね?ならそろそろ譲ってくれても、私はいいと思うな。ゲホッ!ゲホッ!」
「ダメだ!姉さんはずっと苦しめばいい!幸せになるなんて僕が許さない!苦しみと辛さに歪んで死ぬんだ!」
「君はそうかもしれないけど、反対に私が苦しむ事を許さない人がいるの」
「っ! 名前!?」
常軌を逸した会話の途中に突如、強引にレイドジャケットの襟を両手で掴まれ引き寄せられた
目と鼻の距離には儚く美しい微笑み
「ね?伸兄」
「.....あぁ」
許せるはずがない
名前が苦しむなど、もう二度と
「君さ、ごめんね、未だに名前も思い出せないんだけど、」
そう俺を見つめながら紡がれた言葉は、俺に向けられたものじゃない
「私は死ぬのが一番嫌な事だと思って、私を殺そうとしてるんでしょ?」
「人は誰だって死にたくないだろ!」
「もちろん死にたくはないけどね、でも私にはどうしても失えないものがあるの。それさえあれば、私は幸せ。だから今、っ...はぁ....確かに、息をする事すら辛い」
「それなら姉さんは
「勘違いしないで、私は今不幸なんかじゃない。むしろ幸せなんだよ」
「.....名前?....なっ、おい!待っ
触れる感触は柔らかく脆い
甘美なはずの口付けは、涙を含みほろ苦かった
「....伸兄、誕生日おめでとう」
”対象の脅威判定が更新されました。犯罪係数309、執行モード リーサルエリミネーター。慎重に照準を定め対象を排除して下さい”
視界の端で3丁のドミネーターが同時に変形したのを見て、慌てて対象に背を向け、腕の中の大切な存在を庇った
「僕の!僕の幸せを返
不自然に途切れた声と、背中に感じた血生臭さ
「....執行完了」
そう告げた狡噛の声に、終わったのだと理解する
家の中でエリミネーターとは....最悪だ
「はぁ....はぁ...ゲホッ!ゲホッ」
「っ!名前!しっかりしろ!」
俺を引きずるように崩れて行く身体につられて、共に床に膝を着く
「縢!救急班を呼べ!」
「わ、分かった!」
「名前!俺を見ろ!」
苦しそうに顔を顰める頬には廊下中に飛び散っている血液の小さな飛沫
それを拭ってやると滑らかな肌の冷たさに驚いた
「うっ...はぁ....あの時のメンタルケアサプリ、かな....ゲホッ.....はぁっ、あの袋、プレゼントだから後で開け.....はっ、息、出来な....」
俺のジャケットを掴んでいた手が遂に落ちた
確かに血や肉片に染まった紙の手提げ袋がフローリングに転がっている
「.....名前、名前!ダメだ!.....狡噛!救急班はまだか!」
「....クソっ、俺も行ってくる!」
「伸にっ、はぁ....離さ、ないで」