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救急班に運ばれて行った名前を見送り、俺はまた血に染まった玄関に戻って来た


「....ギノ」


廊下に座り込んで動かない、真っ赤に染まった背中に声をかけた



「縢は先に帰したが良かったか」

「.....」



尚も反応しない様子に、その正面に回り込んだ

その手元には同じく赤く染まった紙の袋



「.....誕生日だったんだな....何か、すまなかった」

「....お前が謝って何になる」


そう小さく呟くような返答


「それ名前からだろ.....中身は何だったんだ?」

「お前には関係ない、本部に帰れ」



それを手に立ち上がると、俺を押し除けてリビングへ入って行くのを追うことは出来なかった












































あの場で起きた全ての事が衝撃的だった

名前を嫌い、不幸を願う親戚一家

名前の不幸を見る事で幸福を感じ、その逆を恐れる従兄弟


そしてそれを理解し、自らの幸せを示しつけた名前




「容態はどうだ」

「医療センターで治療中よ。肺をちょっとやられちゃったみたいだけど....目を覚ましてくれる事を祈るしかないわね」

「それにしても凄かったわね....犯人と名前さんは血縁者でしょ?あそこまで嫌いになれるなんて私には理解出来ないわね。志恩とここでカメラから様子を見てたけど、異様な状況なのが伝わって来たわ」

「もー俺焦ったよー、ドミネーターはロックされるし、意味わかんねー事喋ってるし、名前ちゃんはどんどん顔色悪くなってくし。本当にこのまま名前ちゃん死んじゃうんじゃないかと思ったよ」

「お前とコウはあの場にいたからな。俺は正直行かなくて良かったと思ってるよ」

「え、なんでっすか?」

「いやぁ、いくら名前は俺の実の子じゃないとしてもだな、子二人のあんな行為は見れないな」

「あぁ!名前ちゃんが監視官にチューしたシーンね!あれは盛り上がっちゃったわ!」

「でもあれギノさんもびっくりしてたんすよ!名前ちゃんってあんなにグイグイ行くタイプなんすか?コウちゃん」

「その話を俺に振るなよ....」

「確かに狡噛には酷な光景だったわね」




実際名前から何かを積極的にして来た事は無い

だからまずはそれに驚き、直後にシビュラが判定を覆したのにまた驚き、とてもじゃないが余計な事を考えてる暇はなかった


それでもしっかり脳裏に焼き付いている

戸惑いを隠せないギノと、構わず迫る名前

目を背けたいのに出来なかった




「そんな監視官は今どうしてるんだ?」

「自宅で後始末中よ」

「引っ越すんすかね?」

「さぁ、そこまでは分からないわよ。でもあんな事があったんじゃその可能性は高いわね」

「とりあえず、名前の命に別状は無いんだな」

「えぇ、それは安心して大丈夫よ。サイコパスもクリア。でも中毒症状による昏睡状態は暫く続くかもしれないわね。いつ起きてもおかしくないけど、裏を返せばいつ起きるのか全く分からないわ」

「面会は、出来るか?」

「あー....実は....」

「....なんだ、出来ないのか?」

「....監視官がね.....一切の面会を禁じたわ」

「えっマジ!?俺達もダメ!?」

「当たり前よ、慎也君だけじゃなくて全員よ。こればっかりは私にもどうしようも出来ないわ.....ごめんね、慎也君」

「.....いや、いい。仕方ないな」

「....東谷家夫妻に関してはどうなるの?児童虐待の容疑はかけられるわ」

「ドミネーターが撃つなと言ったんだったらそれまでよ。まぁもう一度話を聞きに行くことくらいは出来るけど、それも監視官次第ね」




こんな状況なのに俺は何も出来ないのか?

眠る名前を見にも行けない

勝手に東谷家に乗り込むことも出来ない

執行官になって失うものは無い、もっと身軽に自由になれると思ったが、これ程までに無力を感じた事は無い


あの男を執行できたのが唯一の救いだ


それでもこれからどうしたらいい

ただ報告書を書いて、また別の事件に尽力して、この事は忘れろってか?




「あ、そうだ。たまたま聞いた情報なんだけど、近々新しい監視官が配属されるそうよ。近々って言っても来年だから、まだ数ヶ月は先だと思うけど」

「え?一係にっすか?」

「そうそう。そのうち宜野座監視官から伝達が来るんじゃないかしら?」





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