▼ 94

「ギノさーん、報告書どうっすか?」

「問題無い」

「....マジっすか?」

「あぁ、局長には既に提出した」




というのが嘘なのは明らかだった

俺も縢が上げた報告書を見たが、どう見ても縢が書いたものではない
ギノが何も言わずに書き直して提出したものだろう


しかもそれがこれ一度じゃない


あの事件から、ギノは縢が言う所の“ガミガミメガネ”じゃなくなった

口数も減り必要最低限以上の言動はしない

その様子に何かしら不安を覚えたのは俺だけじゃない

一係は全員その異様さを察知し、青柳からも“大丈夫なのか”と聞かれた


そして俺達が心配しているのはギノだけじゃない


未だ目を覚ましていないという名前だ




「ギノ、」


退勤しようとするその腕を掴む


「医療センターに行くのか?」

「.....」

「頼む、俺も連れてってくれ。もう1週間だぞ」

「離せ」

「ギノ!名前を心配しているのはお前だけじゃないんだぞ!」

「コウ」

「.....とっつぁん....?」



ギノを掴む俺の腕を、またとっつぁんに掴まれる

とっつぁんはただ静かに首を横に振った

俺はその意思を組んで手を離した



それを合図に何も言わずに出て行った監視官に取り残された俺達執行官














「すまんな、これは俺の個人的な願いなんだが、伸元を暫くそっとしておいてやってくれないか」

「....確かに、随分消耗している様ですよね。やっぱり名前さんが目を覚さないのが原因でしょうか」

「それもそうだが、実はな....あいつ明日非番になっただろ?」

「あ、そういえば昨日急に俺達のシフトも変わったような....」

「そうだ。あまり俺が言う事じゃないとは思うんだが.....」







そう口籠もり始めたとっつぁんは肩が震えていた






「......おい、まさか、とっつぁん.....!」

「.....っ、それは.....監視官大丈夫でしょうか。さすがにストレスが重過ぎるのでは.....」

「えっ、ちょっ、なんでコウちゃんとクニっち察せちゃってるの!?俺全然分かんないだけど!」

「あなたが鈍感なのよ。征陸さん、無理に話さなくても大丈夫ですよ。とりあえず事情は分かりましたので.....」

「いやいいさ、縢も知っておいた方がいいだろう。伸元を刺激しないためにもな」

「.....まぁ確かに、ギノを一番イラつかせてるのは縢だからな」

「えぇ!コウちゃんだって名前ちゃんの事でバチバチやってんじゃん!」

「仕事は別問題だ」

「.....それで?何があったんすか?」



答えを待つ縢の視線に、とっつぁんは大きく溜息をついた

そして告げられた内容はやはり予想した通りで、縢もまた開いた口が塞がらない状態だった



「....ま、マジっすか....しかもこんな時に...?じゃあ明日ギノさんが非番になったのはお葬式に行くって事っすか.....?」

「....そうだろうな」

「とっつぁんは?行かないんすか?」

「伸元が俺を誘いでもしない限りは無理だろうな」

「そんな....そんな酷過ぎるよ!こんな事....あっていいのかよ!」

「落ち着いて。征陸さんは別だけど、私達には口を出す権限は無いわ」

「でも!ギノさんもそうだけど、名前ちゃんも可哀想じゃないっすか!自分が意識不明の間に“お母さん”が死ぬなんて!しかもお葬式にも行けないんっすよ!?」

「.....」



感情的になる縢を誰も止める事はできなかった

確かに本当に酷い話だ

命こそ保証はされたものの、まだ目覚めていない名前の事も気がかりな上に、母親の死

それを知ると、俺達の前では落ち着いた態度を見せるギノには頭が上がらない気がした


家族の事情に首を突っ込めない俺の心情を、縢が代わりに声に出してくれてる事に、正直少し気が楽だった

....狡いだろうか




「俺ちょっとセンセーのとこ行って来る!」

「ちょっと、何する気?」

「なんとかして名前ちゃん起こす方法あるかもしれないじゃん!」

「あるわけないでしょ。合ったらとっくに試してるわよ。それに、志恩ですら面会は許されてないわ」

「なんで!なんでだよ!なんで....」

「まぁありがとな、縢。そこまで思ってくれるなんて、名前もきっと喜んでるさ」

「とっつぁん....」

「俺たち執行官は、監視官である伸元に従うしかないのさ。あいつが名前を誰にも会わせないと決めたのなら俺達は何も言えん。あいつが俺を葬式に連れて行かないと決めたのなら、それもまた同じ」

「.....ちょっと、泣いてるの?」

「だってぇ!こんなの悲し過ぎるじゃん!俺....やっぱり無理だよ!行こう!コウちゃん!」

「え、どこ行くんだ?」

「別の課の監視官捕まえて、医療センター行ってみよ!入れるかもしれないじゃん!」





[ Back to contents ]