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「.....名前、いつになったら起きるんだ....」
酸素マスクを付けて目を閉じている姿は、まるでただ眠っているようだ
1秒後、いやまたその1秒後にでも、目を開けて“なんで泣いてるの?”って笑ってくれそうに安らかなのに
そんな期待は毎秒のように裏切られて行く
そのあまりの静けさに、死んでしまったんじゃないかと焦る自分を落ち着かせるために、ここに居る時はずっとその細い手首を握っている
指先でしっかり感じる脈拍だけが頼りだ
「名前.....昨日急に母さんの介護ドローンからアラートが届いた。.....許せ、助けられなかった.....。明日は母さんの葬式だ、お前にも一緒に来て欲しかった.....」
クソっ....
名前を包む布団に落ちる滴
その染みを覆うように握れば、今度は手の甲に滴る涙
こんなにも辛いのに仕事は変わらず激務だ
そんなに忙しければ嫌な事を忘れられるという人もいるだろうが、一瞬たりとも不安が消え去る事は無い
そのせいか色相も少し濁ってきた故に、2日に一回はカウンセラーに通う日々
また一粒と頬を伝う液体を落とさないように顔を上げると、同じように涙を肌の上に走らせる様子に、不意にも心が笑った
「....いちいち俺の真似をするなと言っただろ」
それを拭おうとした瞬間に鳴り響いたデバイス
その内容に溜息をついた
「名前、」
前髪がかかる額にそっと触れるように口付けを落とす
「また来る」
「....残念、無理よ」
「適切なIDってなんすか....?」
「ギノの身分証しか認証されないんだろう。青柳、部屋に入れなくてもその廊下までは行けるだろ?」
「まぁそうだけど、後で宜野座君にバレたら絶対怒ら
「あぁ怒る」
医療センターのロビーにて見つけた三人
青柳と縢、そして狡噛だ
「げっ....ぎ、ギノさん....」
「俺のデバイスに、青柳璃彩監視官が名字名前の面会を申請した通知が来た。監視官権限が通るようにするとでも思ったのか」
「宜野座君....」
「青柳は悪くない、俺達が頼んだ」
「分かってる、どうせ縢の案だろ」
そう言うとばつが悪そうな顔をする縢
「.....ギノ、難しい状況だとは思うが、自分の精神状態だけは気を付けろよ」
「お前にだけは言われなくないな、狡噛」
「.....縢、戻ろう」
「え!コウちゃ
「縢」
「.....分かったよ」
「青柳、手間をかけてすまなかったな」
思いの外諦めが早い狡噛は、そう半ば強制的に縢と共に医療センターを出て行った
「.....それで?本当に会わせてくれないの?」
「お前は付き添いで来ただけだろ」
「私だって気になるもの。もう1週間でしょ....皆心配してるわ。名前ちゃんだけじゃなくてあなたの事も」
「....余計なお世話だ、自分の色相くらい自分で管理出来る」
「ちょっと濁って来てるくせによく言うわよ。気晴らしにこの後、どう?」
「断る」
「あら、あの時は毎日の様にウチに入り浸ってたのに」
「.....それがどれだけあいつを傷付けたのか覚えてないのか」
「あなたが自分でやった事じゃない」
「.....あの時は名前がここまで俺と似ているとは思わなかった」
それなのに自分は狡噛を好い続ける名前を俺も止めることが出来ない
だがそこにあるのは、完全なる配慮ではない
「名前ちゃん、どんな夢を見てるんでしょうね」
「それが悪夢なら必ず現実に引き戻す」
「良い夢だったらどうするの?」
「.....あいつが求めているのは夢なんかじゃない」
「まぁ随分自信があるのね?伊達にお兄ちゃんやってないってことかしら?」
エレベーターに乗り込み41Fを押した青柳に続き、俺はB1を
「....聞いたわ、お母さんの事」
「.....」
「溜め込みすぎちゃダメよ、適度に吐き出さないと」
「お前が俺に出来る最大の助けは、明日征陸を会場に連れて来ない事だ」
「.....なんでバレてるのよ、まだ征陸さん本人にも言ってないのに」
「了承してくれたと受け取るぞ、感謝する」
「.....はぁ....」