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「.....はいはい!皆元気出して!」


暗い
とにかく暗い


「もう....いっちょこの女神様が脱いであげようか?」

「いらねーよ」

「あら秀君、遠慮しなくてもいいのよ」

「してねーし」




もうあれから半月が過ぎようとしてる
それなのに、全員が未だに引きずっている

だけど、その対象となる名前ちゃんの顔を見た者は相変わらず宜野座監視官だけ




「このまま悲しんでても名前ちゃんが起きる訳じゃないでしょ!あの子だってこんな空気望んで

「唐之社、無駄話は後にしろ」

「.....監視官、あなたが一番辛そうに見えるけど」

「勤務中だぞ」



一人だけ眠り姫に毎日会い続けている監視官は、そういう意味では最もアドバンテージがあるように思えるのに、実は圧倒的に大きな負担を背負ってる

ほぼ同時に母親をも亡くし、それの物理的と精神的の両管理をこなしつつ、眠り続けるあの子の世話も

そして緩やかに悪化しつつあるサイコパス
まだまだ余裕はあるけど、良い状況だとは言えない

それでも仕事だけはこうして完璧にやり遂げているのだから、正直尊敬するわ


そんな監視官の名前ちゃんに対する独断に苦言を呈する事が出来た者は居なかった




「....じゃあ、昨日の通報だけど」









































「.....名前はなぜ起きないんだ」

「....まだ起きてないだけよ」



ミーティングが終わり、各々が出て行った分析室に残ったのは慎也君



「あの子の体に異常な点はもう何も無いわ。目覚めないだけで体は健康そのもの」

「後遺症とか無いのか?」

「無いはずよ」

「....なら良かった」



タバコを吸い始めた慎也君を見て、私も一本取り出すと火を付けてくれる程には紳士なのよね



「.....医療センターにハッキングなんてしないわよ」

「ハハ、分かるのか?」

「えぇ、猛烈に伝わって来たわ」

「....はぁ、監視官権限すら無効にされちゃ手も足も出ないな」

「それはもう“保護者権限”かしらね」

「そいつは強い」


そう冗談めかしく煙を吐く男は、そろそろ限界そうだった


「.....なぁ、名前は目が覚めたらまず誰に会いたいと思う?」

「さぁ?少なくとも私じゃないわね」

「これで縢とかだったら面白いけどな」

「あはは!あなたや宜野座君を抑えて?ここに来て秀君の一人勝ちは笑っちゃうわね」

「.....未だそれが俺であって欲しいと願ってるんだ。馬鹿だろ」

「なんでよ?十分にあり得るじゃない」

「お前がそう思ってくれてるだけ有り難いよ」

「.....あなたまさか、あの時のキス気にしてるの?あれは犯人への単なる見せ付けでしょ?」

「.....前にショッピングモールであった事件を覚えてるか?佐々山が奇跡的な活躍をした事件」

「もちろんよ、もう懐かしいわね....狡噛監視官の青臭さも好きだったわよ」

「褒めてるように聞こえないんだが....」

「でも今のあなたの方がワイルドで私はいいと思うわ」

「.....あの事件で名前が縋ったのはギノだった、よく覚えてる。苦しそうにギノの名を呼んでいた」

「あれはあなたがまだ告白してない時でしょ?気恥ずかしさもあったでしょうよ。それに、あの子からしたら宜野座君は“頼れるお兄ちゃん”でしょ?何もおかしくはないじゃない」

「.....今回もそうだ。最初から最後まで名前はギノを見ていた。そんなギノがあの男の拘束を許可しなかったのは、これもまた名前のためだ」

「それは単純に犯罪係数が規定値以下だったからじゃない?」

「いや、策がある名前を信じた決断だった。所謂刑事の勘という類の物を嫌うギノが、あの状況で不確かな名前を信じたんだ。その名前も、自分の命が危険に晒されてると知りながら、わざわざ賭けに出た。.....その成果に関係無く、必ず守ってくれると信じて疑わなかったからだ」

「.....だからって最初に会いたいのが宜野座君とは限らないじゃない」

「生と死がかかってる状況だぞ。どうしたらあそこまで強固にお互いを信頼し合える?」

「はぁ....あの二人は20年も一緒に生きて来たのよ?私達には無かった苦難を共に乗り越えて来た。そりゃ信頼関係も結べるわよ」

「俺には出来る気がしないな。俺だったら名前がどう言おうと、すぐに犯人を拘束させて出来るだけ早く名前に治療を受けさせただろう」

「.....まぁそれが一般的には正しい判断よ」

「今まで俺は、ギノは名前に過保護過ぎる、厳し過ぎると思っていた。だからせめて俺は甘やかしてやろうとした。....ところがどうだ」



吸い殻を灰皿に押し付けた慎也君は、“お前のは美味いのか?”と私のタバコをねだって来た

一本取り出して渡すと、“....好みじゃないな”とそれでも吸い続ける



「....で?だから何なのよ。あの子の事諦めるの?」

「いや、そうとは言ってないさ。諦められる程軽い気持ちじゃない。ただ、そんなあいつらをいつまで見てられるかだな....今ならギノが青柳に逃げた気持ちが分かる気がするな」

「プロポーズの撤回なんてカッコ悪いことはやめてよね」

「俺もさすがにそこまでは落ちぶれてない。....残り吸うか?」


半分程短くなった私があげたタバコを、私に返そうとするのをとりあえず受け取った



「逃げたくなったらいつでも待ってるわ」

「俺が負ける前提なのか?」

「違うわよ、私はあなたを応援してるって言ったじゃない。そもそも、監視官には悪いけど一係は皆あなたの味方よ」

「潜在犯の仲間意識か?」

「あなたの前で幸せそうに笑う名前ちゃんを見てるからよ。だから自信を持って、あの子は慎也君が大好きよ」

「....そりゃどうも。その期待に応えられる事を俺も願うよ」





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