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『助けて下さい!狡噛さん!』


苦しそうにこちらに手を伸ばす名前


『早く、早く助けてください....狡噛さん、狡噛さん!』


その手を掴みたいのに、どうしても届かない
まるで誰かに後ろに引かれてるように体が前に進まない


『もう少しだ、名前!絶対に諦めるな!必ず助ける!』


徐々に名前に迫る闇は、ゆっくりその体を飲み込んでいく


『やだ、助けて!助けて!』


なぜだ、なぜ届かない
あと数cmという距離で、どう足掻いても指先すら触れ合わない


『名前!もっと伸ばせ!』

『助けて、助けてよ!』


その顔も半分近く見えなくなって来た
....ダメだ、間に合わない


『....っ!』



そんな切羽詰まった瞬間だった

誰かが俺の代わりに名前の腕を掴んで、闇の中から引き出して行く

その人物は俺からは背中しか見えないが、次の名前の言葉によって明らかとなった



『....ありがとう、絶対助けてくれるって信じてたよ、伸兄』



そしてやっと気付く

助けを求めていた名前が敬語だったのは最初だけだったと

....俺はとっくに諦められていた

俺は負けたのか

やはり名前を守れるのはギノなのか

目の前で抱きしめ合う二人に、やっぱり動けない


動けない 動けない 動け





















「はっ!.....」

ようやく体が動いたかと思ったら、見えるのは自分の部屋



.....夢、か

その嫌に現実味のある内容に息が詰まった

時間を確認すると午前2時


とりあえず起き上がって、台所に向かい水を飲める限り流し込んだ



「はぁ....」


全く、なんて夢だ

俺はそれ程ギノに負けると潜在的に思っているのか?

あれだけ諦めないと覚悟しておきながら、負け戦だと捉えてるのか?




.....そんなはずはない

少しでも望みが、可能性があるなら負けるつもりはない

何より決めるのは名前だが、俺から引き下がるなどしない




.....もうこのまま待つわけにはいかない



少しのリスクくらい背負う覚悟をして、俺は軽くシャワーを浴びてスーツに着替えた







真夜中の公安局は最低限の明かりだけが廊下を照らしていた







































.....さすがに医療センターは24時間稼働か

事件から1週間で来た時と同じ明るさ、少ない人の数



病室の番号は志恩が調べて、“何かの役に立つかも”と少し前に教えてくれた



病室に入れない事は分かってる

ただ、扉のガラス窓から様子を見るだけ

それだけでもいいから顔が見たかった


ギノ以外の俺達の中の名前は、血の気が引いた顔で呼吸困難に陥っていたのが最後だ

せめて今は苦しそうな顔をしていない事を願った






.....もし病室にギノがいたらどうする?

あいつが家に帰った保証はない


とそこまで考えて、俺は自分を嘲笑した

ギノに見つかり怒られる事を恐れてるなんて、俺は子供か

俺は俺に許された行動の範囲内の行為をしているだけだ

そう自分に言い聞かせながら、志恩に教えてもらった番号を探す








.....ここか






それは角部屋の病室だった



そして扉には、ほかの病室と同じように細いガラス窓




まるでこれから“覗き”でもするかのような心境にやや抵抗はあったが、そこから部屋の中を覗くと













......っ?













ギノどころか、眠っているはずの名前の姿すらない





....どういう事だ?




病室は....間違えていない


入室者の名前は確かに名字名前とある




状況が理解できず、一旦その扉から離れようと思った時だった

















「っ!.....名前?」

「狡噛....さん....?」








突然開いたドアから出て来たのは、紛れも無く愛しくてたまらない姿だった



俺はその突然の事に、慌てて名前を部屋に押し込んで、自らも病室に入ってその扉を閉めた




「い、いつ起きた?」

「ついさっきですけど.....これ、どういう状況ですか.....?」

「どこか痛かったり、気持ち悪くはないか?」

「.....お腹空きました」

「分かった、とりあえず座れ」




部屋の明かりをつけ、部屋に備え付けのオートサーバーで消化に良いものを作った

約15秒で出来上がったそれを、ベッドの端に座る名前の前に引き寄せたテーブルの上に置いた




「ありがとうございます....」




そうスプーン持って食べ始める姿に、まだ頭が追いつかない

まさか起きているとは思わなかったが為に、亡霊でも見ているような気分だ



「.....狡噛さん?」



その頬に手を伸ばすと、確かに温もりを感じる

.....目の前で生きてる



「良かった....名前、本当に良かった」


俺を不思議そうに見つめ上げる名前


「....悪い、まずは食べてくれ。他に何か欲しいものはあるか?」

「....えぇっと、何が起きてるのか状況を説明して欲しいです....」

「お前は何を覚えてる?」

「.....伸兄の誕生日プレゼントを買いに行って。あ、土曜日でした。そこで....男の人に会っ.....て」



そこまで言葉を紡いで、名前は突然停止した



「.....名前?」



口を少し開き、真っ直ぐどこかを見つめたまま、手に持ったスプーンからはスープが器に戻って行く




「....っ、おい!大丈夫か!」


その瞳に潤いが帯び、大粒の涙が溢れたのはあまりに素早い事だった

近くにあったハンドタオルを手渡すと、それで目元を拭い出す


「私....従兄弟に殺され.....」

「違う!名前、お前は生きてる。もう平気だ」

「.....怖かった、苦しくて息が出来なくて、目の前が真っ白になっていって....すごい怖かったんです」


震える手からスプーンを抜き取り、一旦テーブルを押し除けた



「死にたくない、死にたくないって私必死に足掻い

「大丈夫だ、お前は死んでない、安心していい。もう誰もお前を傷つけない」



涙に溺れた顔を自分の胸にキツく抱き寄せると、一度静かになってから、蓋が外れたように声を上げて泣き出す名前


俺はただただその背をさすった



どうするのが正解なのかも分からず、ただ名前が泣き止むまで、大事に強く抱き締め続けた





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