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「.....名前....?」



泣き続けていた名前の声は、だんだん弱くなり、やがて再び静寂に戻った



「す、すみません....スーツ、汚しちゃって....」


そう謝りながら俺から剥がれて行く名前に、途端に体温を失った俺は少し肌寒く感じた


「それくらい良いさ、洗えば済む事だ」


再びテーブルを引き寄せると、意図を理解した様にスープを口にし始めた






「もう日曜日ですよね....せっかく伸兄の誕生日、ちゃんと祝ってあげようと仕事から帰って来たら外食に誘う予定だったんですけど....」


“でも1日くらい別に良いかな”と独り言の様に付け足した名前に、どこから何を話せばいいのか分からなかった


「名前.....」

「なんですか?」

「....今日は、日曜じゃないんだ」

「....え!?月曜ですか!?私仕事あ

「違う」



目覚めたばかりの名前を、混乱させてしまうだろうか



「違うんだ、名前」

「....違うって、何がですか....?」

「....あと2週間で、今年が終わる」

「.....え....?」



やはり今言うべきじゃなかっただろうか



「あと2週間って.....でも、伸兄の誕生日は11月21日で.....」

「デバイスはどうした?」



ベッド脇の台でデバイスを見つけた名前は、すぐにそれを開いた



「.....12月17日、木曜日.....そんな、もう1ヶ月近く経ってるって事ですか....?」



俺は一瞬考えて、慎重に頷いた



「......私、ずっと寝てた....んですか?」

「.....そうだ」



信じられないと言う様な表情に、俺は申し訳なくなった



「....すまない、起きたばっかりで驚かせたな」

「....いえ....伸兄は、伸兄はどこですか?」



ギノを求める名前にもどかしいのと同時に、母親が亡くなった事を伝えるべきなのか迷った



「.....名前、落ち着いて聞いて欲しい」

「っ!.....まさか、伸兄の身に何かあったんですか!?」


途端に目を見開いて、“落ち着いて”と言った俺の言葉とは裏腹に焦り出す表情


「.....実は、あいつの




話そうと決断した俺を止める様に鳴った扉が開く音に、名前と共にそちらを向いた













「....っ」

「伸兄!」

「なっ、名前、っ!」









隣に座っていたはずの温もりは一瞬で消えていった

一目散にその人物に飛び付く様子から目線だけ背けた



「....良かった、ちゃんと生きてる....良かった」

「俺はいつから死んだ事になっている」

「じゃあ、どこか怪我でもしたの?.....それとも色相濁っちゃった....?」

「違う、俺は無事だ。それよりお前は大じょ

「じゃもしかしてダイム!?.....ダイムが死んじゃった....?」

「名前、一回落ち着け!」




その二人だけの空気感に、俺はどうしようもなく場違いな感じがした

名前を上手く宥めるギノと目が合うと、何故か気不味い




「.....それで、狡噛、何故お前がここにいる」

「....たまたまだ」

「....お前が来た時には名前はもう起きていたのか」

「あぁ....」



名前の看護ドローンの記録を確認しながら俺に質疑応答をするギノ

俺の隣でギノの色相をチェックし、やや濁っているのを確認し心配する名前




「名前にはどこまで話した」

「....今日の日付だけだ、“あの事”についてはまだ話してない」

「あの事って...?あの事ってなんですか?」



明確な反応を見せる名前に、ギノは口を噤んだ



「何があったんですか...?教えてください、狡噛さ

「狡噛、名前の側にいてやってくれたのは感謝する。出て行ってくれ」

「....え?待って、なんで?大丈夫ですよ、狡噛さんここに居てくだ

「出て行け、狡噛、今すぐだ」

「だからなんで!私が狡噛さんに居て欲しいの!」



見つめ合う二人は、一方は俺に言葉を向け、もう一方はその視線の先の人物に言葉を向ける

その奇妙な会話方法に、板挟みになった俺は動けずにいた



「ここから先は俺と名前二人の問題だ。首を突っ込まないでもらいたい」



家族にだけに許された空間

それだけは俺が永遠に侵すことができない領域

どんなに名前が願おうと、その圧に勝てる訳など無かった



「.....名前、また今度な」

「狡噛、さん....」




目が覚めて一番最初に会ったのが俺で、お前は良かったか?

俺は良かったと思う





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