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「お前が優秀で良かった。それに免じて局長も決断に踏み切った」


あれから1週間半、落ち着いて雑談する暇もなく、今更の話題を持ち出す


「はぁ...もうあんな事は二度とごめんだぞ。ギノももう少し名前に対して忍耐力を付けろ」

「....努力はする」


今日は祝日のため公安局はかなり静かだ


「それにしても、名前がなにも覚えてないって本当か?」


メガネについたホコリがやけに気になって一度外して息を掛ける


「あぁ。何故俺が体調を気にしていたのか不思議そうにしていた」

「名前は酔うと記憶が無くなるタイプか」

「もう二度とアルコールは禁止だな」

「....今さっき努力すると言ったばかりじゃないか」

「....ダメなものはダメだ。お前だって分からない訳じゃないだろ」


まぁなと短く肯定した狡噛は持っていた缶コーヒーに口をつける


「そういえばギノ、なぜ名前があの男に気が無いと分かってた」





約1年前
俺と狡噛が高校を卒業する前夜

『ねぇ伸兄』

いきなり部屋に入って来たかと思えば、風呂上がりのパジャマ姿で無遠慮に俺のベッドに座った

『髪はちゃんと乾かせと言っただろ、人の布団を濡らすな』

パソコンに向けていた身体を方向転換して注意する

『相談があるんだけどさ....』
『無視か』

仕方ないとドライヤーを取りに立ち上がった瞬間、予想だにしなかった言葉を聞いた

『狡噛さんが好き』
『.....は?』
『明日で卒業しちゃうし、告白した方がいいかな』
『待て待て、何を言っている』

簡単な一言をいまいち上手く飲み込めず、物理的に唾を飲み込んでみる

『え、だから狡噛さんに明日告白するべきかなって。卒業したらもう会えないかもしれないじゃん』


まさか名前が俺の親友に好意を持つとは思わなかった
なぜか、何もしていないのに狡噛に負けた気がした


『....やめとけ、お前があいつと釣り合う訳ないだろ』
『な!なんで!私そんなに不細工!?』
『あいつは監視官になる様な男だぞ。成績優秀でアスリート並みの運動神経。その上綺麗な色相。そんな男なら同格の女がいいに決まってるだろ』

なんとしてでも名前を止めなければならない気がして、思いついた事をとにかく言ってみた
落ち着いてるフリもしながら

『それに、恋愛なんてシビュラ的じゃない。少なくとも適正が出ない限り反対する』
『.......そんなに反対されると思わなかった』

本当は名前までもが俺から離れていく気がして怖かった
お互いに両親を失って、理解し合える唯一の存在
そんな存在を如何なる理由でも汚されたくない
奪われたくない

『....分かった!私も監視官になる』
『なっ!....お前に適正が出るわけがないだろ』
『あと1年、やれる事はやる』

そんな危険な職に就いて欲しくない
それでも名前を諦めさせる妥当な理由は見つからなかった
....色相が濁りやすいあいつをシビュラは絶対許可しない












そう信じた結果が今だ
名前は監視官こそ成れなかったものの、狡噛を追いかけ公安局に来た
別にあいつの恋心を引き裂きたいわけじゃない
ただ、狡噛を手に入れたら、名前は俺の事なんか捨ててしまうんじゃないかと
所詮は寂しいだけなんだと、自身の弱さに嫌気が差す



「....あいつがあの男を好きじゃないと分かっていた理由か....」


そんなの俺には明白だ


「子供の時から一緒なんだ。それくらい考えなくても分かる」

「.....ハッキリしない答えだな」


すまないな狡噛












そろそろオフィスに戻ろうとしたその時だった


「エリアストレス上昇警報、台東区二丁目....

局内に突如響き渡る警報は毎回心臓に悪い

「はぁ....だから祝日は嫌いなんだ」

「仕方ないさ、皆が皆幸せな休日を過ごしているとは限らないんだ」




























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現場はショッピングモールの最上階
建物の周りはすでにドローンがバリケードを張って封鎖
最上階以外は全員誘導して避難させた


「現場の状況は」

「はい、こちらが最上階の監視カメラの映像です。」

「身体に爆弾巻きつけて立てこもりかぁ。人質もろとも皆吹き飛ばす気か?」

征陸の言う通りだろう
スイッチが自爆犯の手にある限りこちらは下手に手出しを出来ない

「人質は何人いる」

狡噛がそう聞くと六合塚が素早く本部分析室と繋がっているパソコンのキーボードを打つ

「計62名です。それぞれ男性が34名、女性が28名。外部から接触できる方法はショッピングモールの館内放送のみです」

「どうする、監視官のお二人さん」

「....まずは館内放送で人質を解放するよう要きゅ

『はい注もーく!緊急速報よ!』


指示を出そうとしていた俺を唐之杜が遮る


「今度は何だ」

『弥生、こっちの画面映してくれる?』

「はい。....っ!」

「な!」

「おいおい!」

「.....」






スクリーンに映し出されたのは監視カメラのライブ映像
それに俺は言葉すら出なかった














『監視官様の愛しい姫も囚われてるわよ』





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