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「皆さんお疲れ様です」


通報や警報があれば現場に行き、ドミネーターの言いなりになって引き金を引く

オフィスでは報告書や始末書を書き監視官に提出

そんな日々を繰り返して行く中で唯一の彩りは平日夕方頃に訪ねてくる名前だ


それでも何の進展も無い


名前は未だ答えを出していない上に、色相も改善されていないそうだ


「休憩室、一緒に来るか?」

「あぁ....」


そう名前の視線は俺を通り越して別の人物を捉える


「....30分後には帰るから戻って来い」

「分かった、ありがとう」


ギノも相変わらずだ
ただ名前に対する優しさなのか?

俺は立ち上がりその手を引いた

「行こう」













空の休憩室に入り、すぐに缶の飲み物が落ちる音が響く


「仕事はどうだ?」


“ありがとうございます”と小さく会釈をして俺の手からリンゴジュースを受け取る名前


「....あんまり良くないです。どうしても心が晴れなくて....」

「まだクリアになっていないそうだな、志恩から聞いた」




その志恩の元に先日名前が相談に来たらしい

『あの子の心の突っかかり、色相が改善されない理由、何だと思う?』

『ギノの母親の死、だとは思うがそれにしては....』

『濁り過ぎだし長引き過ぎ、よね?』

『....そうだな』

『あの子私に何て言ったと思う?』

『分かるわけないだろ』

『....好きな人に“愛してる”って言われて不安に思う事ってあるか、って』

『....名前は、それが俺の本心じゃないと思ってるのか?』

『さぁね、私も全く意味が分からないわよ。まぁあとはあの子の事だし、監視官の犯罪係数上昇を心配してるんじゃないかしら?それで自分の犯罪係数まで上げちゃうの、名前ちゃんならあり得るわ』



好きな人に“愛してる”と言われて不安

....まさかそれが原因であの夜3ポイント上昇したのか?




「吸ってもいいか?」

「一本だけですよ、体に悪いですから」


そう俺の目にはいつも通りの名前に見えるのだが、その笑顔の裏には色んなことを溜め込んでいるのだろうか


「....ギノが心配か?」


途端に暗くなる表情にこっちが本物かと胸が締め付けられた気がした


「.....50越え....ですよ、元監視官の狡噛さんならその意味は分かりますよね」

「そうだな、全く良くは無い数字だがまだ下がる余地はあるだろ」

「....それが下がってないんです、あの時オフィスで1ポイントだけ下がってからずっと」

「もう1週間半くらい経ってるか」


それでもギノには特に変わった様子は無い
いつも通り仕事は真剣にこなし、時々縢に怒号を飛ばしている


「だが変わってないのはお前もそうだろ?」

「....まぁ、はい....」

「母親の死はどうだ、受け入れられて来たか」

「はい、だいぶ良くなりました。伸兄が言ってたんです、お母さんは笑ってたって。それ聞いたら何だかすっきりしました。いつも無表情で動けなくなって、苦しかったんじゃないかって思ってましたから」


....さすがあいつは名前の扱いが上手いな
本当に良く理解している


「でも、なのに私の色相は濁ったまま。あれから特に上がってもいませんが、どうしたらいいのかも分かりません....」

「カウンセラーには相談したか?」

「.....いえ、私の復帰のお祝いをしてくれた日、あれ以降は行ってません。伸兄はどうだか分かりませんけど....」

「行かないのか?こういう時こそのカウンセラーだろ」

「....なんか、嫌なんです....」


両手で蓋の開いた缶を大事に握る名前の横で、俺は煙を吐いた


「何が嫌なんだ?今までもその先生の所に行ってたんじゃないのか?」

「上手く言えないんですけど、助けになってないというか....多分自分でどうにかするしかないんだと思います」

「俺が....お前を苦しめてないか?」

「そんな事ないですよ!そしたらこうして会ってませんよ。忘れないでください、私は狡噛さんが好きなんです」

「名前、」


俺は隣に座るその顔を両手で包み自分に向かせた
真っ直ぐにこちらを見上げる瞳が愛おしい

どうしたら伝わる
どうしたら名前を心から笑顔にさせてやれる
笑っていて欲しい、そう何度も願って来たはずだ


「愛してる、嘘じゃない。俺は本気だ」


突如また曇りだす表情
何故だ
どうしてそんな顔をする


「....唐之社さんから聞いたんですか....?」

「....あぁ」

「....大丈夫ですよ、疑ってるわけじゃありません」

「なら何が不安なんだ?一時的なものだと思ってるのか?」

「そうじゃないんです!でも私にもよく分かりません....ただ漠然と不安を感じるんです....伸兄はその原因が分かってるみたいですけど、教えてくれませんでした」


俺の手から抜けて俯いて行く名前

俺には何も出来ないのか?
好きな女一人の心を晴らせる事も出来ないのか?

ただただ自分の無力さに失望した





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