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「なぜあんな無茶な事をした!」
「ご、ごめん....」
「男相手に意地を張り合って後先を考えなかったのか!もし本当に意図的な危害を加えられたらどうするつもりだったんだ!」
「そしたら助けに来てくれるでしょ?」
「アハハ!そう言われちゃ監視官様も何も言えないわね」
あのまま車で名前は公安局まで連れて帰られ、今は分析室だ
その名前については志恩が、“これくらいの怪我なら特に手当も必要無いわ”と言い、結局そのままだ
だが未だ落ち着かないのがギノだ
昔暴行を受けていた男に今度は名前が怪我を負わせられたのだから無理はないが
「まぁギノ、それくらいにしといてやれ。名前はお前の為に怒ったんだぞ」
「危険な事に自ら進んで行ったのが問題だと言っているんだ!軽傷で済んだが、俺が止めていなかったらあの男を殴っていただろ!そんな事したら色相が濁るだけじゃ済まない!見知らぬ女に殴られでもしたら男はどうなると思う!」
「....だってあの人伸兄が殴られて当然だって言ったんだよ!?そんな人の方が殴られるべきでしょ!」
「例えそうだとしても、それはお前がやるべき事じゃない!自分の身一つ守れないお前には無謀過ぎる!」
「だからってあんな人見過ごせるわけない!散々伸兄の事馬鹿にして....!勝手に自分が強者だって思い込んで一言謝罪も出来ないなんて!」
こうして真っ向から言い争う2人は少し久しぶりに見た気がした
喧嘩のように見えて、実はただ互いが互いを思っているだけなのが恨めしい
「ま、名前ちゃんよりよっぽど深刻なのはその男の方よ。全く.....やり過ぎよ慎也君」
「あれくらい当然の報いだろ」
「いくら潜在犯と言えねぇ、本当に手をあげるなんて報告書になんて書くのよ。“俺の女に手を出したから殴った”とでも?」
手を広げ呆れたように言った志恩に、鋭く返したのはギノだった
「問題ない、ここから先は俺が処理をする。狡噛はすべき事をした、....礼を言う」
「あら!宜野座監視官が執行官にそんなこと言うなんて明日は雪かしら?」
あいつだって一発お見舞いしてやりたかったんだろうと察したが、監視官という立場上抑え込まざるを得なかった感情を俺に託したのが、あの時の“確保しろ”という命令だろう
効率を重視しシビュラの判断に背かないギノには、普通はあり得ない決断だった
その意図を汲み取り、俺も俺で自身の怒りをぶつけた結果が志恩が言う“深刻”だ
今でもその白く細い手首に見える痣が、もっと強く殴っておけば良かったと後悔させる
「....あ!」
そう突然声を上げた名前に全員が注目する
「ごめん!伸兄!」
「....なんだ」
焦った表情に何事かと構えたが、
「ドッグフード買ってない!」
あまりにも平和な言葉に、俺と志恩は思わず吹き出した
「なっ!そんな事今は
「どうしよう!今何時?まだ間に合うかな!?」
「大丈夫だ名前!もう一袋ある!」
「.....え、じゃあ何で買って来いって」
「二袋は常備しているだろ」
公安局の分析室には似合わない内容の会話が名前は無事だと認識させるが、同時にそれでも改善されていない色相状態に俺は頭を抱えた
今回の件でまた犯罪係数が80まで上昇し、落ち着いた今でもそれ以前の数値に戻っただけだ
なぜ下がらないんだ
何に苦しんでいるんだ、名前
オフィスに仕事をしに戻ると言ったギノに、名前はここで待ってると答えた
監視官が出て行ったこの部屋に残った俺達三人で、まず早々に沈黙を破ったのが志恩だった
「.....私、お邪魔かしら?」
「い、いえ!そんな事無いですよ!」
そうすかさず答えた名前に、“俺の部屋に来るか”と言おうとしたのを飲み込んだ
「....あの、狡噛さん、ありがとうございました」
「いいさ、お前に殴らせる訳には
「あ、それもそうなんですけどその話じゃなくて.....高校の時伸兄を助けてくれて....」
「あぁ...礼を言われるほどの事でもないだろ」
「....伸兄はいつも守ってくれてたのに私は今まで何も出来ませんでした。今回の事で伸兄がどんな屈辱を味わって来たのか....少しだけですけど体感しました」
そう言えばとっつぁんが、ギノが出来るだけ名前に差別の目が届かないようにしていたと言っていたな
きっと名前は見聞きした事があるだけで、実際に直接何かをされた事が無かったんだろう
「今なら分かります....あの時狡噛さんが助けてくれて、伸兄はすごい嬉しかったはずです」
「っ...」
.....その笑顔に俺は言いようの無い苦しさに息が詰まった
「だから、本当にありがとうございました。今日の事も、初めて出会った時のことも」
柔らかく笑うその表情は俺でも分かる
本物だ
近頃見せていた曇った顔は少なくとも今はその下には無い
心から名前は喜んでいる
.....あいつの為に