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退勤時間を知らせるアナウンスに、一斉に立ち上がる職員
だけど私は着席したまま
「名前....私達も手伝おっか?」
「いやいいよ、自分のせいだから。それに伸兄の帰りもどうせ待たなきゃいけないし」
「相変わらず仲良しだねー、分かった。じゃあ頑張ってね!」
「うん、ありがとう。皆お疲れ」
ここ最近下がっていた仕事の効率故、ついに残業しなきゃいけないレベルにまで追い込まれた
未だ色相は濁った色で、犯罪係数は70のまま
狡噛さんに感じる不安も解消されていなければ、原因も分からない
....狡噛さんの彼女、どんな人だったんだろう
伸兄の高校の卒業アルバムを借りて見てみたけど、“綺麗な人”って手掛かりだけじゃ分からなかった
伸兄に知ってるかと聞いてみても、聞いた事がないと言われて結局そこで行き詰まった
だけど狡噛さん本人に聞く勇気も無くて
昨日なんて「焦らなくていい、ゆっくり考えてくれ」と言われてしまい、私はどうしても逆に急かされた気がしてしまった
実際私自身もいい加減決断を下すべきだとは分かってる
でもこの漠然と感じる不安の意味が分からない限りは....
“残業するから、終わったら人事課に迎え来て”
そうメッセージを送信すると
“こっちも遅くなる、これから現場に出る”
とすぐ返信が来た
全く違う職務内容に同じ公安局員なのに、まるで別の職場に所属しているような気分だ
手を繋いでデートしてた、って....
私じゃもう一生叶わない事だ
私が監視官にでもなれれば別だけど、全く現実的じゃない
他にどんな事をしたんだろう
ハグはしたのかな?
キスは?
その先の行為は?
その人にも“好きだ”とか、“愛してる”って言ったのかな
どれくらい付き合ってたんだろう
誰から告白した?
出会いは?
どうして別れた?
誰が別れを切り出した?
そう考えれば考える程自信を失っていく
顔も知らないその女性に勝手に落ち込み、その人と同じように、私もその内狡噛さんにとって“思い出”になってしまうんじゃないかと怖くなった
“いつまでも待つ”と言ったその言葉も、余計私を焦らすだけ
....もしかして私が不安なのは、
今は“愛してる”って言ってくれてるけど、それはいつか無くなってしまうと思ってるから?
つまり狡噛さんからの愛に永続性を感じてられてないから....?
これが正解なような気がするのに、私の脳は不正解だと突き返した
「あぁもう!なんで教えてくれないの!」
“自分で考えろ”と言った伸兄は絶対答えを知ってる
教えてくれないのは自分に都合が悪いから?
だとしたら、“お前がどうしたいのかは分かる”っていうのは、私は狡噛さんを選びたいって事?
....ダメだ
こんな他人の言葉経由で自分の考えを決めつけちゃいけない
プロポーズの返事なんて人生がかかってるんだから
「....大丈夫ですか?」
「え....っ!」
突然背後からした声に振り返って見えた人物に急いで立ち上がった
「か、課長....近頃はご迷惑をお掛けして大変申し訳ありません....」
冷徹で有名な男性を前に下げた顔を上げられない
「....あなたの優秀さは評価しています。普段はほとんどミスもしない名字さんですから、何か事情があるのでしょう」
「.....」
「仕事に影響を及ぼす私情に、あなた自身も苛まれないように気を付けてください。効率が悪くても優秀な人材を失う方が損失は大きいですから」
気にかけてくれているのか、怒られているのかもはや分からない空気に冷や汗が流れる
「.....はぁ....そんなに緊張しないでください。あなたを取って食べたりしません」
「す、すみません....」
「何時まで残業するつもりですか?」
伸兄が迎えに来るまで、なんて言えないし、実際今夜だけで終わる量の仕事じゃない
「えぇっと....時間が許す限りは頑張らせていただきたいと思います....」
「....分かりました、付き合いましょう」
「え!そんな、課長はお帰り下さい!」
「人事課の責任者は私です。職員を一人残して帰宅する訳には行きません。それにあなたが納期を逃した場合、最終的には私に降りかかる災難になります。それは出来る限り避けたいですから」
「.....も、申し訳ありません.....」
私の隣、つまりなっちゃんのデスクに腰を下ろした課長は、そのパソコンに自身のIDでログインをした
....課長と二人で残業なんて....正直余計作業効率が下がりそうだ
「まだ済んでいないデータを転送して頂けますか?」
「あ、は、はい!」
課長って私生活全然見えないけど、子供とかいるのかな....
確か35歳くらいだったはずだし、居てもおかしくはないけど
仕事してるイメージしかないから休日とかどう過ごしてるんだろう
これで実はアイドル好きだったら面白いんだけどそれは無いかな