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「あの、私、昨日付で刑事課一係に配属になりました常守朱です」


医務室に戻る道中、今更な自己紹介をしてみる
そういえば名前さんは、どうして私が"常守"だって...


「人事課の名字名前さんだと、さっき唐之社さんに聞きました。名前さんってお呼びしてもいいですか?」

「は、はい...好きなように呼んでください....」

「....し、失礼かとは思いますがおいくつですか....?」

「....2085年生まれです、常守さんはどうですか?」

「えっ!85年ですか!?」


7つも上なんて、全く見えなかった


「私は92年生まれでずっと年下です!どうぞ敬語なんて使わないでください!"常守さん"なんて、恐縮です!朱でいいですよ!

「....朱さんもそうしてくださるのなら、私も頑張ります」


すぐに下の名前にさん付けで呼んでくれたことに、どうしてか可愛い人だなと思った


「で、では....名前さんは狡噛さんとお知り合いなん....いや、知り合い、なの....?」

「....高校の先輩で....だよ」


お互い辿々しすぎるタメ口に余計緊張する

高校の先輩....か
でもそれで刑事課エリアまで来る...のかな?




たどり着いた医務室の扉を開けると、ちゃんと大人しくしていた様子の狡噛さんに安心する


「礼を言う、常守」

「いえ...」

「...名前」



そう僅かに声色を変えて呼ばれた名前さんは、気恥ずかしそうに飲み物を手渡しに行った

その様子を扉の前で見守る

....何かあったら監視官である私の責任だと思うと、急に自分は本当に監視官になったのだと自覚した



「....コーヒーまで買ってくるとはな....可愛いな」

「っ!こ、狡噛さん!そんな事今は....」

「思った事を言って何が悪いんだ?」

「....体はどうですか?」

「まだ歩けはしないが、明日には良くなってるさ。心配してくれてるのか?」

「当たり前じゃないですか!撃たれたって聞いて本当に驚いたんですよ!」



撃った張本人の私にはちょっと気まずい発言だ
それにしても、狡噛さんさっきとは全く雰囲気が違うような....
....高校からの知り合いなら当然なのかな



「名前、まだ改善してないのか?」

「....は、はい....だからもう少し待ってください....」

「それは気にするな、後悔しないように慎重に決めてくれ」



なんの話だろう
そんな私にはいくら考えても分かるはずのない事を思考する



「あいつは今日非番か?」

「はい、ダイムを健康診断に連れてくって言ってました」

「なら時間制限は無いな」

「え?....わ!あ、ちょっと、狡が

「なっ!え!?」



いきなりの事に驚きを表す声しか出ない
止めなきゃと思うのに体が動かないどころか、あまりの光景に目も逸らせない

腕を伸ばし名前さんの後頭部を掴み引き寄せた狡噛さんは....

キ、.....キ...ス....!?

直線上にいる私の角度からじゃ名前さんは狡噛さんに掴まれた頭しか見えないけど、右半分だけ見える狡噛さんの表情にどうしようも無く恥ずかしくなってくる

その間にもどんどん深くなっていく行為に、何故か自分の口元を押さえた

ど、どうしよう
私の監督責任だ
宜野座さんに報告するべき?

そんな事を尚も目を逸らせずに考えていると、

「っ!」

見えていた狡噛さんの右目に捉えられ、その視線に顔が熱くなってくる



「はぁ....監視官、席を外してくれるか」

「え、いや、私には監督責任が....」

「見たいのなら別だが」

「なっ!そんな訳!」


口では"やめて下さい"と言っている名前さんも、強くは抵抗していない様子からして、まさか....


「っ、狡噛さっ...んッ」


名前さんの首元に顔を埋めた狡噛さんに、むしろ見せ付けられているような気分だった

今この場で五感で捉えられる全てのものに耐えきれなくなって


「....し、失礼します!」



私は医務室を出た






分析室に戻ると、モニターで見えているはずなのに特に驚いた様子もない唐之社さんに、私は全てを察した


「びっくりしちゃった?」

「は、はい....」

「一係ならみんな知ってるわ、だからあまり気にしなく大丈夫よ」



....狡噛さんと名前さんは恋人同士なんだ

潜在犯と一般市民が....
確かにダメだという法律は無いけど、初めて見た特例に反感とは逆に、応援したくなった

普通は煙たがられる潜在犯とだなんて、先入観を超えた夢と希望を与えられた気がした


「....私、応援しますよ!」

「あら朱ちゃん、いい選択よ」




しばらくして、顔を真っ赤にして戻ってきた名前さんと連絡先を交換した

そして、やっぱり敬語は外れなかった





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