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「こ、狡噛さん、待って下さい!」


そのままエレベーターに押し込み、ドアが閉まったのを確認してから非常ボタンを押した


「え、な、何してるんですか!?」

「タイマーだ」

『非常ボタンが押されました。只今から自動点検を行います。問題が無ければ10分後に運転が再開します』

「そ、そんな....」

「名前、説明してくれ」

「.....」


小さな密室の中でさらにその隅に追いやると、逃げ場を無くした名前は小さく震えた


「....こ、狡噛さんが付けたんじゃないですか....」

「そんな首元を締め切らなければいけない程目立つ場所に付けた覚えはないぞ」

「そ、それでもギリギリですよ!第一ボタンを開けていれば見られてしまう可能性はあります!」

「見られたのか?」

「っ....いえ....」

「なら何て言ってあいつにそれを借りたんだ」

「こ、これは私の物です!本当にただイメチェンしてみたかっただけですから!」

「.....」


そう強く言い返して来る名前の瞳は揺れている

どう考えてもこのネクタイは名前の物ではない
綺麗だが新品には見えない
それに色や柄に見覚えがあり過ぎる



「....えっ、ちょっと狡噛さん!」


俺はそのノットに指を差し込み、強引に小剣を引き抜いた


「な、なんで....」

「結び直してみろ」

「.....」



名前は、ゆっくり垂れ落ちている両端をそれぞれ掴み....




....止まった



「....出来ないのか?」

「....朝ネットで調べて、見よう見真似でやったので....覚えてません」


その苦しい言い訳に、俺はもうどうしようも出来なくなった


「どうして嘘をつくんだ名前。バレたならそう言えばいいだろ」

「.....」

「はぁ....名前、俺を見ろ」


こちらを見上げる目から感じたのは"恐れ"だった
....まさか、俺があの時のようにまた暴走すると恐れているのか?

襟元をきつく握る様子に、やはりその手を無理にでも退けようとしてしまう


「嫌っ、ま、待ってください!違うんです!」

「何が違うんだ」


意を決してそのボタンに手をかけると、案の定の結果に必死に感情を押さえ込む


「....言ってみろ、何が違う?」

「....わ、私は...」


あいつは何故俺に何も言って来ない
あいつは何故俺と名前が一緒にいるのを許可する
目に映る跡を付ける程の感情があるのに、何故何も止めようとしない

あいつは何を考え、何を知ってる?

この跡が、あいつが名前を繋ぎ止めたがっている証なのか?

そう考えるには理解出来ない行動が多過ぎる

そんなに俺に奪われたくないのなら、今までいくらでも介入出来たはずだろ

でもそれをしないどころか、こうして俺に名前を送り出す



「私は、狡噛さんが好きです....」

「....この状況でそれを言うのか?」

「い、嫌なんですか....?」

「他の男に付けられた跡を目の前にしている俺の気持ちも考えてくれ」

「.....す、すみません....」

「確かに俺たちは付き合っているわけでも、結婚した夫婦でもない。お前がどうしようと俺が何かを言う権利は無い。それにお前とギノが互いに大切なのは分かってる。だから何も責めるつもりはない」

「.....」

「だが俺にもお前を自分のものにしたい欲望はある。それは分かってくれるな?」

「....それは....」

「俺は嫉妬深い、こんなのを見せられてじっとしていられる程優しくない」

「で、でも、

「ギノにぶつけてもいいのか?」

「っ.....ダメです!伸兄は何も、悪くありません....」

「.....なら今は俺に身を任せてくれ」

「.....んっ....」

「安心しろ、行き過ぎた事はしない」


近付けば近付く程に俺の嗅覚を支配する匂いが、どうしようもなく嫉妬心を掻き立てる


早く俺の手を取ってくれ

そしたら離しはしない

絶対に

約束する















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狡噛さんに連れられ出て行ってしまった名前さん


狡噛さんには今度名前さん本人に聞けって言われちゃったけど、


「ま、征陸さん」

「なんだ?」


名前さんじゃなくて征陸さんに聞いてもいいんじゃないか


「名前さんとは親子なんですか?」

「それはなぁ、ちょっと長くな

「私語を慎め、常守監視官、征陸執行官。ここは職場だという事を忘れるな」

「す、すみません...」


....そう不自然な程に叱責をした宜野座さんは、やっぱり少し近寄り難い

さっきも狡噛さんに10分の休憩時間を与えた時、妙にピリピリしていた
怒りっぽい人なのかな





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