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「うぅっ....っ....」
「....お、おい...名前....?」
唇を震わせ涙を流し始めた姿に、一気に理性が連れ戻される
「どうした?....そんなに嫌だったのか?」
まさか、俺はまたやってしまったのか....?
前に一度犯した間違いを思い出し慌てる
だがそんな性的な事は何も....
ただ口付けを....
「そういう、訳じゃ、ありません....」
そう嗚咽に苦しそうに答える名前に、益々胸が締め付けられる
さすがに強引過ぎたか?
名前を傷付けてしまったのか?
自らのスーツの袖で目元を拭った名前は、落ち着くどころかより一層涙を溢れさせる
「す、すまない、この通りだ、謝る。だから泣かないでくれ」
「....ぅっ...はぁ....」
「名前....」
俺は急いでそのボタンを閉め、ネクタイも元通りに戻してやった
「これくらいで大丈夫か?苦しくないか?」
他人にネクタイを締めてあげた経験などなく、首を締め過ぎていないか心配になる
そんな俺に名前はただ頷いた
何が起きているのか全く理解できない
何故だ
何故こうも名前の事を俺は分かってやれない
名前が泣くとギノはいつも抱き締めてやっていた事を思い出し、
「泣くな、名前。俺が悪かった」
同じようにしてみるも、抵抗こそしないものの、静かに涙を流していたはずの名前は今度は声を抑えられなくなっている
また間違えたか....?
じゃあ何が正解なんだ
こんな時どうしたらいい?
名前はどうして欲しいんだ?
焦りと困惑に次の行動が取れず、ただ俺の胸で僅かに声を漏らしながら泣く温もりを暖めた
『お待たせしました。2分後に運転を再開します』
....まずい、こんな状態でギノに帰すわけには....
「....狡噛さん、」
顔を上げずに紡がれた声は、直接心臓に響く気がした
「私、好きなんです。狡噛さんが、大好きなんです....」
「....あぁ...」
名前はいつもそう言う
何度も俺が好きだと、大好きだと伝えてくれる
「名前、お前があいつを放って置けないのは分かってる。だからそれで俺に悪いと思うな」
そんな気遣いをされる方が、ただ情けで俺を好いてくれているようで辛い
だが実際そんな事はなく、名前の俺に対する好意は本物だ
ただ、その優しさにどうしようもなく劣等感を感じてしまう
「.....名前、突然すまなかった。怖かったか....?」
「....不安、なんです」
....確か唐之杜がそんな相談を受けたと....
「私、狡噛さんがこうやって私に気持ちを伝えてくれる度に、不安で....不安で....もうっ....」
そう再び涙を増やす様子に強く歯を食いしばった
「.....俺はどこにも行かない。お前が俺を選んでくれるのなら、絶対にだ。信じてくれ、名前。俺は本当にお前を
『運転を再開します』
「っ、名前!」
途端に泣き崩れる名前と、開かれたドア
何故だ
名前
どうしてお前は泣く
どうして信じてくれない
こんなにも、こんなにも愛しているのに
どうして受け取ってくれない
「....10分だ、狡噛」
背後からした声に、俺は目の前の涙に溺れ乱れる顔を包んで持ち上げた
「名前、頼む。俺は他の女に目移りなどしない、お前を捨てたりしない」
「狡噛!」
「だからそんな不安は捨てろ。俺の言葉を信じてくれ」
「おい!狡が
「名前、俺は
「違う....違うんです....そうじゃなくて....そうじゃないの!分かんない、分かんないよ伸兄!教えてよ!」
「....クソっ、どけ狡噛! 名前!落ち着け!」
そう泣きながら訴える名前は俺の手から抜けて行く
どういう意味だ
なら雪音は何が不安なんだ?
俺に裏切られるのが不安なんじゃないのか?
「....ギノ、
「出て行け!名前が混乱しているのが分からないのか!」
俺は何を間違えた?
笑って欲しいと願うのに、いつも泣かせてしまう
どうしたらいい?
名前、お前は一体何に苦しんでる?
悔しい
俺が泣かせてしまった名前を、ギノが落ち着かせている情景に止めどなく悔しさが溢れてくる
何も出来ず去ろうとした俺の背中に
「....狡噛さん、本当に好きなんです」
そう涙に濡れた声が刺さった