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「....落ち着いたか」


その声の主と隣り合ってソファに座る

あのまま、もう何がなんだか分からなくなってただただ溢れた涙に気付いたら自宅だった

帰ってからもなかなか泣き止まなかった私を、伸兄はただ静かに手を握ってくれた


エレベーターの中で例の如く感じた不安は、狡噛さんが言葉を紡ぐ度に重くなって行った

でもどうしてなのか、どうしても分からない

"不安にならなくていい、信じてくれ"と言った狡噛さんは全く私の不安を解消しなかった

確かに、常守さんに負けるかもしれない、高校の彼女さんのように終わりが来るかもしれないと気にはしていた

それを真っ向から否定してくれたのは本当に嬉しい

でも、嬉しさよりも不安の方が増幅するスピードは速かった


「....うん」


その不安の重さに耐えきれなくなって、自分が少しずつ崩れていったのが分かった

こんなに好きなのに
こんなに愛されてるのに

何が私を....

もはや予知夢みたいなレベルで、潜在的に何を言おうと狡噛さんは何処かへ行ってしまうとでも思ってるのか



「....濁ったよね」

「....あぁ、75だ」

「あれ?5ポイントだけ?」

「....昨日は53まで下がった」

「....え!?なんでそれ言わなかったの!?」


私は驚きのあまり思わず立ち上がった

リビングでスキャンされた時かな?
まさか本当に下がってたなんて
しかも20ポイント近く

....なんでだろう

医務室での事が嬉しかったから?
常守さんの前で堂々とキスされて、初めて跡までつけられて、その強引さにドキドキしないはずがない

でもあの時だってやっぱり底知れぬ不安は感じていた
なんで昨日は下がって、今日は上がったのか

自分が一番分かるはずの自分の心を、自分で全く理解出来ない


「もうそろそろ教えてよ!だいたいなんで教えてくれないの!?」

「お前が狡噛に感じる不安の正体を、俺が教えてどうする」

「....だって、このままじゃ私のサイコパスも伸兄のサイコパスも良くならない!私だって下手したら犯罪係数100超えちゃうかもしれないんだよ?いいの?」

「心配するな、それだけは俺が絶対にさせない。お前はただ自分の心と向き合え」

「....なんで....なんでなの!私か狡噛さん、どっちでもいいから私の不安の意味を教えて、それを狡噛さんに解決してもらって、私も安心してサイコパス改善。私のサイコパスを心配しなくて良くなって伸兄も改善。皆ハッピーじゃん!」

「.....そんな簡単な話じゃない」

「私、.....本当は狡噛さんを選びたいんでしょ。それが伸兄嫌だから時間稼ぎしてるんじゃないの?」

「.....」


何も言わない伸兄は、ただ私をじっと見つめる
まさか....本当に図星....?


「伸兄が私と狡噛さんが一緒になるのを望んでないのは分かってる!それは私だって伸兄が誰かと一緒になるのを望んでないから、考える事は同じでしょ?」

「....あぁ」

「しかも狡噛さんに至っては伸兄が嫌悪する潜在犯。そんな狡噛さんと私が一緒になるなんて絶対嫌なはずなのに、今まで一回も伸兄は私を止めた事なかった。むしろいつでも自由にさせてくれた。それは、私の気持ちを気遣って、でしょ?」


あのすれ違った夜だって、いくらでも強引に私を止める事はできた
監視官権限で狡噛さんの部屋から私を連れ戻す事もできた
あのパーティーに戻さないで一緒に帰る事もできた

でも、私の為に自分を削る伸兄なら


「だから、今だって私の"狡噛さんを選びたい思い"を気遣ってるんじゃないの?伸兄の気遣いは、私にしたいようにさせる事。私が狡噛さんに会いたいなら会わせてくれる。でも逆に言えばそれだけ。わざわざ進展するのを手伝ってはくれない」


私が狡噛さんを好きだと言ってからも、口で時々反対だとか、あいつは潜在犯だぞだとか言っただけだった

私を止めない代わりに、背中を押しもしない
それが伸兄が出来る唯一の抗いなんだと思う


「私に"不安の正体"を教えないのは、そういう理由でしょ?私と狡噛さんの関係を押し進めちゃうから」

「.....」


変わらず手足を組み無言で私を見つめ上げる視線は、どこか悲しげで胸が痛む

私に思惑を気付かれちゃったから?
これで私は正々堂々狡噛さんを選ぶから?


「....黙ってないでなんか言ってよ!」


私は思わず叫ぶようにそう言った
静かなリビングにこだましたその声に、ダイムまで心配そうに歩み寄って来たが、私達の絡み合う視線はそのまま


「....俺が言う事は何も無い。ただお前のしたいようにしろ、それだけだ」


立ち上がり"着替えて来る"とだけ言い残した伸兄に、残された私は今度はダイムと見つめ合った





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