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「どうしたんすかね、名前ちゃん」

「喧嘩でもしたんですか?」

「そういうあんたは監視官として反対しないのか?」

「いえ!私は素敵だなと思いましたよ!」

「お!朱ちゃんマジ?いいセンスしてるじゃん!」


あれからもう5日は経ったか
退勤後に必ず刑事課に来ていた名前は、パタリと姿を見せなくなった

さすがにギノに聞くのも気が引け、全く状況が掴めない
そのギノは見たところ通常通りだ



今は食堂で縢と常守と昼休憩を共にしている


「もう直接人事課行っちゃえば?仕事には来てんだろうし」

「仕事中に迷惑はかけられないだろ」


それに避けられているのだとして、俺が会いに行ってまた泣かれでもしたら....


「....なぁ、好きな相手に不安を感じるのはどんな時だ」

「なんすかそれ?名前ちゃんに言われたんすか?」

「まぁちょっとな。考えて見てくれないか?」

「えー、やっぱり他の男と一緒にいるの見たら気になるんじゃないんすか?名前ちゃんからしたら他の女?」

「狡噛さん他に女性いるんですか....?」

「.....」

「す、すみません....」

「そういうあんたはどうだ?女の意見も聞きたい」

「そうですね....不安、ですよね?」

「あぁ」



あの日からずっと考えていたが全く答えが出ない
そもそもその張本人である名前は俺達には消息不明だ

....最後に聞いた言葉

好きだと言っていた事から、嫌われたわけではないと思うが
あいつの色相だって心配だ



「やっぱり自分が相手を思っているのと同等以上の愛情を相手から感じられない時.....じゃないですか?」

「それはあり得ないね、コウちゃんの名前ちゃんラブは溢れちゃってんじゃん」

「私が名前さんに連絡してみましょうか?」


そうごく自然に提案した常守に俺は手を止めた


「....あいつの連絡先を持ってるのか?」

「はい、初めて会った日に交換しました」

「マジ朱ちゃんナイス!」

「どうしますか?狡噛さん」


....安否確認くらいは確かにしたい
もし精神を病んでしまっていたらと思うと、罪の意識に自責が止まらない


「悪いな、頼めるか?」




常守は"せっかくだから"と、名前に今夜ご飯でもどうかと送信した

するとすぐに了承の返信が来た



「明日にでもどんな様子だったか教えてくれ。....元気にしてるといいんだが」

「いえ、狡噛さんはこの後外出申請を私に提出してください。私が監視官として狡噛さんの外出に同行します」

「....おい、本気か?」

「もちろんですよ!私はお二人を出来るだけサポートしますから!」


今までギノには提出する気すら起こらなかったが....


「....俺はホロを着よう。あいつはもしかしたら今は俺に会いたくないのかもしれないからな」

「それは自由にしてくれて構いませんよ」


常守が友人を1人連れてもいいかと送信すると、"大丈夫ですよ"とまた返信が来た


「コウちゃんもう嬉しそうじゃん」

「....そう見えるか?」

「ダダ漏れっすよ」











その後オフィスに戻り、外出許可申請を常守宛に提出するとすぐに受理された

そして午後の業務をこなし、報告書やら始末書やらとを片付けて行く中、予想外の出来事が起きた


「常守監視官」

「はい」





ギノが動いた

これまで疑問に思う程行動を起こさなかったギノがついに口を挟んだ


「狡噛慎也執行官を名字名前にあまり長く会わせないでもらいたい」


名前が常守に誘われたと連絡したのだろう

そして常守によって受理された俺の外出許可申請で、俺も行く事に気付いた、という事か



「....何故ですか?」

「それは君の知るところじゃない、21時には切り上げるように」

「な、納得できません!監視官を伴った執行官の外出は正式に認可されたものです。私が同伴する以上なにも問題は無いはずです」

「君に問題が無くとも、あの二人が一緒にいる事に問題がある。何かあった場合君に責任は負えない」

「俺が責任を負う」


俺は自分の席からそう言葉を差し込んだ

ゆっくり睨み付けてくる眼鏡の奥の視線に俺も動じはしない


そのまま数秒間だろうか
オフィスを張り詰めた沈黙の空気が満たすと、ギノは何も言わずにまた常守に顔を戻した



「.....常守監視官、これは要求ではなく命令だ」

「....依然として納得できません!確かに私はまだ新人ですが、執行官一人を監督する事くらいは出来ます!それに、狡噛さんが名前さんに危害を加えるはずがありません!」

「君に何が分かると言う」

「宜野座さんこそ、何故狡噛さんと名前さんの事に口出しをするんですか!?宜野座さんには関係無いじゃないですか!」

「あぁ!朱ちゃん!ストップストッ


そう縢が慌てて止めるも遅く


「いくら監視官でも、執行官の恋愛事情にまで首を突っ込む資格はありません!ましてや名前さんは、宜野座さんの部下でもないただの一般市民です。宜野座さんには、そんな名前さんに関与する権利はありません!」





「....やっべ、朱ちゃん地雷踏んじゃったよ....」

"ギノさんすごい顔してるよ...絶対怒ってんじゃん"と俺に縋ってきた縢に、常守はギノと名前の関係を知らないのか....と悟る

俺達執行官にはもはや常識だったために、誰もわざわざ常守に教えなかった


そしてやはり教える気になれないのは、俺はよっぽどずるい男だな

常守なら、ギノが名前の"保護者"だと知れば俺よりもそっちを優先しそうだ
せっかく味方してくれる監視官の存在を失うのは大きい



「....え、ぎ、宜野座さん!どちらに行かれるんですか?」

「君に報告する義務は無い」

「ちょ、ちょっと!まだ勤務時間は....」



振り返りもせずに、開かれたドアから出て行った監視官

ギノは名前を止めはしないだろう
常守にこうして突っかかってきたのがその証拠だ
ギノなら直接名前に"ダメだ"とでも言えばいい
それをあいつはいつもしない


「大丈夫だ。あいつは仕事はきちんとやる奴だ。少し休憩に行くだけだろう」

「やばいね、ありゃ絶対怒ってるね」

「....わ、私何か間違った事を言ったんでしょうか....?」

「そりゃねぇ、ギノさんに権利が

「いや、あんたは何も悪くないさ」

「え、こ、コウちゃん?」


少し俺の顔を見た縢は、すぐに察したのか


「....相変わらずコウちゃんは大胆だねぇ、いいよ、乗った!」


そう俺に親指を立てた





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